愛するあなたを失いたくないけれど、今のままでは辛すぎる

蔵前

文字の大きさ
上 下
34 / 87
取りあえず一歩前進するべき

チクタクチクタク

しおりを挟む
 ポーチドエッグは美味しかった。
 涙が零れるぐらいに。
 胸が詰まるぐらいに。
 ダンのポーチドエッグを無駄にしちゃいけないと二個も食べちゃったからよ。
 そう。
 現実に押しつぶされそうだからではないわ。

 あの青年はジュリアンの妹である私の立場が羨ましいと言ったが、私としては彼の立場の方が羨ましい。

 彼は私の知らない二人の時間を知っているし、先輩とダンと兄を呼ぶならば彼も軍人であり、一年の内の半分は宇宙港に勤務する計算となる二人と彼は一緒のはずだ。ということは、恋がかなわなくとも、一蓮托生の船や基地の中で一緒に働いていく事が出来るのだ。

 違う。

 今は地上勤務で同じ基地に出勤しているが、兄とダンは宙港勤務シフトを互いが重ならないようにと、私の為に変えてくれているじゃないか。
 ああ!本当に、私は二人の邪魔ばかりだ。
 それなのに無理矢理な形で私は名ばかりの妻になって、そしてその妻の座にしがみ付こうとして愛する夫の幸せを台無しにしているだけじゃない。

 私は戻って来ない夫と、夫が愛する私の兄がいるだろう部屋のドアを見つめた。
 見つめるのは何度目だろう。
 いつもは直ぐにどちらかが、いや、ダンが兄の部屋から出て来るのに、今日は一時間以上経っているのに兄の部屋から彼は出てこない。

 涙でじわっと風景が歪んだ。
 歪んだ世界はドアさえも開いたよう、あら、開いた。
 ダンはバスローブを纏った姿で兄の部屋から飛び出してきて、あら、ソファに座っている私を見つけるや顔をしまったという風に歪めた。

「あ、あああ。ええと、その!」

「ダン?どうしたの?ジュリアンが酷い状態なの?」

 ダンはジュリアンの状態を答えるどころか頬を紅潮させ、半乾きでぼさぼさになっている髪を乱暴に右手でかき上げた。
 きゃあ!額が出たのにダンが幼くなって見える!
 じゃ無いでしょう、私!

「あ、あなたもどうかしたの?」

「いや。なんでもない。ああ、何でもあるか。あいつはちょっとひどい状態でね、で、どうしたの?どうして君が泣いているの!あのメイヤーが何かしたのか!」

 物凄くあたふたしていたダンが急に怒り出した。
 それも、私が泣いているからって理由で。
 私の胸の中は急にほんわかと温かくなり、私は兄へのダンの気持ちを知っていたはずだろうと自分を戒め直すぐらいに気力が戻った。

 何を泣いているの。
 ダンが私よりも兄なのは覚悟していた事でしょう。
 それでもダンの優しさが欲しいと、彼と離れたくないからと結婚を望んだのは私でしょう、と。

「な、何でもないの。ええと、誰もいなくて寂しかっただけ。子供みたいね。」

 私の視界は真っ白になって真っ黒になった。
 つまり、ダンが私を引き寄せたからバスローブの白しか見えなくなって、そして、彼の胸に顔を押し付けられてしまったから、私の視界が真っ黒になったという事だ。

 温かくて清潔な彼の身体。
 石鹸の匂いの中に、彼自身の匂いがほんのりと立ち昇る。
 私は彼の胸に顔を擦り付けていた。
 凄く幸せで。
 モモカが最期にダンの胸を選んだ気持ちがわかるわ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...