愛するあなたを失いたくないけれど、今のままでは辛すぎる

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愛を伴い夜が明けるまで何歩進めるかな?

俺を抱く男の腕

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 一晩だけの鬼畜は、きっちり仕事ができる副官らしく、自分の言葉をきっちり守る男であった。
 朝を迎えれば俺を襲う事はしなかった。
 俺をソファに括りつける場面もあったが、それも一人で自宅に戻れそうもない俺を送り届ける為である。
 俺は殆ど抱きかかえられるようにして高級アパルトメントの地下駐車場に連れていかれ、24になるだろう若者には不釣り合いなほどの高級車の助手席に乗せ上げられた。

「憎たらしいな。いい車だ。」

「あなたを乗せるにはそれなりの車でないと申し訳ないですからね。」

「はは、生活すべてが俺なのか?君は?」

「はい。俺の世界はあなただけです。」

「よく言うよ。君は真面目な顔をしているが、かなり遊んでいるとも同僚に聞いているよ。」

 運転席の男は妙に嬉しそうに笑い声をあげた。

「嬉しいですね!あなたは俺に興味はあったんだ。」

「付き合う女も男も俺が寝た奴らばかりだったな。そんな相手ばかりだと、自然と俺にご注進が来るんだよ。」

 俺は答えながら、メイヤーのストーカーめいたところを思い出し、さらに血の気が消えていくような怖気を感じた。
 彼は敢えて俺が寝た相手と寝ていた、のか?
 間接キスのような気持ちの悪いことを考えていたのか?と。

「ははは、必要だったんですよ。あなたを抱けるのは一緒に一度のチャンスしかないと思っていましたからね。あなたの望む愛撫をあなたにしたかった。」

「……。そいつらを抱いて、どうして俺の望む愛撫なんだ?」

「癖、ですよ。あなたがそいつらにした共通の行為。それはあなたこそそれが気持ちが良くてされたいからする愛撫でしょう?俺はそれを見つけたかった。それだけですよ。」

 間接キスの方がまだ可愛げがあると、俺は吐き気が口元に押し寄せて来た。

「どうしました?ああ、二度としませんから。ええ、あなたを抱いたら他の人なんて抱けませんから!」

 車が止まり、俺は自分のアパルトメントにもう着いたのかと思ったが、メイヤーが俺のシートベルトを外して俺を抱きよせたことでそれは違うと気が付いた。
 彼はダッシュボードを開けて紙袋らしきものを取り出して、それを俺の顔に当てたのだ。

「気にせずに吐いてください。シートなんか汚しても構いませんから。気持ちが悪いならば思いっきり吐いちゃってください。」

 メイヤーは俺に紙袋をあてがうだけでなく、俺の背中も吐きやすいように撫でさすり始めた。
 その手には性欲のせの字も見当たらない労わりしかなかったが、俺の脳みそはメイヤーが俺を感じさせた昨夜のその時の映像をフラッシュバックさせた。
 俺はメイヤーの手を感じ、恐怖ではない騒めきもぞわっと身の内で起きていた。

「いい。大丈夫だ。それよりも早く家に帰りたい。」

「わかりました。紙袋は持っていてください。」

「はい。メイヤー先生。」

「あなたは!」

 俺のふざけた言葉にかなり嬉しそうな声をあげたメイヤーを、俺は健気だと一瞬思ってしまった。
 だから、自宅に戻り、俺のくたびれ具合に驚いたダンが俺をメイヤーから奪った時、俺はかなりほっとしていた。
 俺が俺でなくなった感覚が、ダンの腕に戻った事で全て消え去った、から。
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