愛するあなたを失いたくないけれど、今のままでは辛すぎる

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愛を伴い夜が明けるまで何歩進めるかな?

愛する人が求めるのは愛する男の影だけ

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 ジュリアンはどうしてこんなにチョロい人なんだろう。

 抱き寄せて貰っている人間が思う事では無いが、散々痛めつけた人間が少々落ち込んだからと言って、慰めるために引き寄せて抱き締めてくれるという事に俺は衝撃ばかりである。

 いいのか?

 俺はあなたに憎まれたいと、散々に昨夜あなたをいたぶった男だぞ。

 大事なあなたの身体に傷をつけまいと気を付けてはいたが、あなたを翻弄し、あなたが涙を零すその様に恍惚としていた男なのですよ。

 しかし俺はわざわざジュリアンにそのことを気付かせるよりも、彼の肩に頭を甘えるように擦り付ける方を選んだ。
 実際にジュリアンの優しさに俺こそ泣き出しそうであり、今日からまたその他大勢の一人になるとしても、彼に慰められたこの一瞬は一生の宝になるだろうと出来うる限り身を寄せたのである。

 ジュリアンの身体はひんやりとしていた。
 昨夜の熱くとろけそうなほどにたぎっていた体は、朝ぼらけの光で冷静に戻ってしまった頭のように血の気が失せている。

 いや、貧血か?
 俺は慌てて身を起こすと、ジュリアンの額に手を当てた。

「なにを、メイヤー。」

「冷たいです、あなたは。具合が悪いのですか?」

 冷たいどころか、脂汗が額に滲んでいないか?

「水を持ってきます。ああ、何か口に入れるものも。」

 俺はベッドから飛び立つように飛び出し、ベッドルームからも飛び出してキッチンへ湯を沸かしに行った。
 ああ、温かい紅茶でも作って彼の体を温めねば。

 ガチャリ。

 俺が振り向けばジュリアンも寝室から出て来た所で、彼は、ああ、彼は再びあの汚れ切った服を身に着け始めたではないか!

「待ってください。俺の服を。シャワーだけでも浴びて!」

 彼は俺を見なかった。
 俺の言葉も聞こえていないかのように服を着て、そしてそのまま部屋を出て行こうとした。

「ジュリアン!」

 俺はコンロの電源を落とし、何も考えないままキッチンタオルを掴んでジュリアンに向かっていた。
 ジュリアンは俺が突進していく事でようやく俺に注意を払ったが、俺の方が頑強であり、俺の方が無体な事を人にできる男であった。
 根っからお人よしのジュリアンは俺を殴り飛ばせる一瞬を失い、俺に両腕を取られてその両手首をキッチンタオルで結ばれるという目に遭うことになった。

「すいません。俺もすぐに服を着ます。」

「ソファの足に俺の手首を括りつけたのに、君は俺に何もしないで服を着るというのか?」

 俺はジュリアンの身体を後から抱き寄せると、唇を乱暴に奪うように口づけ、彼のズボンの中に手を差し込んだ。

「お望み通り、このまま後ろから犯しましょうか?」

 しかし直に彼の下半身に触れた事で、彼にはもう一戦が出来そうもない事は俺自身が気付いていた。
 お願いだ、拒否をしてくれ。
 愛されないならば憎まれたいと考えていたが、あなたを傷つけることなど俺にはできやしないんだ。
 あなたに完全に拒否されたら怖いからと、俺はあなたの体のどこにもキスマークもつける事が出来なかったのだ。

「……お前こそ勃ってないのにね。服を着てくれ。俺にはもう何も残っていないよ。抗う事も感情を出す気力さえもね。」

「すぐに。地下駐車場に俺の車もありますから、それでお送りします。」

「ああ、君はお金持ちだったな。ダンとは違う。持ち物が古着と教科書だけだったあいつとは違う。」

「少佐?」

「君は違う。全く違うのに!」

 俺は完全に拒絶されたのだと認めるしかなく、悲痛な声をあげたジュリアンから離れるしか無かった。
 彼は俺に抱かれれば抱かれるほど、ダンの面影を求めてしまうようなのだ。
 俺の存在そのものを消してしまう、ダンの面影だ。
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