愛するあなたを失いたくないけれど、今のままでは辛すぎる

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ストーカーは二歩ぐらい先に

逃亡

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 メイヤーの腕の中で、俺は進退窮まっていた。

 こいつは今まで俺がひっかけて来た人間ではない。

 大体、俺はこいつを引っかけてなどいないのだ。
 軍から、副官だよ、と配属されたに過ぎない。
 それでも俺が好まなければ異動もさせる事も出来た筈だと考え、どうしてあの時にダンに惑わされてしまったのだと自分を責めた。

 ダンが恋心で欲しいなどというわけが無いだろう。

 彼が欲しいのはティナだけであり、十八歳になったからと俺が許可してやっても、彼は手をこまねいてティナを見つめるだけの男だ。
 俺がティナにオープンシーズンだと言い聞かせ、お前こそ好きな男を狩ってこいと色々とお尻を叩いてやってようやくのハッピーエンドだったじゃないか。

 そんな体たらくなダンだと知っていて、彼に欲しいと言われたメイヤーが羨ましかったと、俺はそんな一時の感情で今の危機を招いているのか。

「君はダンをどうして先輩と呼ぶの?俺には少佐としか呼ばないくせに。」

「あなたが先輩と呼ぶと嫌な顔をなさったからですよ。」

「おやおやおや。すごいな、君は!俺の気持ちがそんなにわかるのに、今の君は俺の気持ちをないがしろにしていないかい?俺はお家に帰りたいんだよ。」

「アークロイド少佐と妹様がくんずほぐれつのその最中に?」

 俺はむむっと口を閉じるしかなく、そんな俺の表情にメイヤーはふふっと嬉しそうに表情を崩し、ついでに俺への腕を弱めた。

「わあ、少佐!」

 俺は腐っているが少佐にもなっている男だ。
 それなりに現場の場数は踏んでいる。
 メイヤーは俺に腕を振りほどかれたどころか、足払い迄受けて座り込まされたことにきょとんとした顔をしているが。
 そして、俺は今のうちに……逃げた。

 こんなに必死に走ったのは何年ぶりだろう、でもないか。

 どちらかが宇宙港での勤務に入ると、俺とダンは賭けをするのだ。
 相手を呼び出して、どのぐらいの速さで交信に応えられるのか、という馬鹿なお遊びである。
 しかし、俺はこの遊びが大好きだった。
 ダンからの呼び出しに対し、俺の気持ちそのまま必死に駆けていても誰も俺がダンに恋しているとは気が付かない。
 どんなに必死になって、俺が彼の声が聞きたいと駆けているのか気が付かない。
 そして、ダンも。
 俺が呼び出せば、汗だくになって俺の前のモニター画面に現れるのだ。

――早かったな。君はそんなに俺の顔が見たいのかよ。

――ああ、見たいね。今回は俺の勝ちだぞ。地上に戻ったら奢ってくれ。

 恋人同士の様に錯覚できる、くだらないお遊び。


 俺は走り、メイヤーの部屋のあるアパルトメントを出て、そこで足を止めた。
 どこに帰るのか。
 メイヤーの言った通り、俺はダンとティナが抱き合っているその場所に帰れるわけが無い。
 空を見上げれば真っ暗で、俺達が働く宇宙空間を雲が完全に隠していた。

「先輩?いいえ、少佐様。逃げるのは止めたのですか?」

「……誰でもいいからめちゃくちゃにして欲しいと今夜は考えたのに、どうして君には出来ないと思うんだろう?」

「それは少佐が俺を特別に思っているからですよ。でもね、特別だからこそ今夜は俺に身を任せてください。付き合ってなど言いません。今夜だけです。」

 俺は思っていた以上に自信家な男に振り向くと、彼が俺に惚れただろう笑顔を、こんなのは社交用のものでしか無いが、それで彼を見返してやった。
 しかし、メイヤーは喜ぶどころか、ちっと舌打ちをしたように聞こえた。

 幻聴だろう。
 彼はいつもの従僕的な笑顔を、その整った顔に貼り付けているじゃないか。
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