愛するあなたを失いたくないけれど、今のままでは辛すぎる

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ストーカーは二歩ぐらい先に

心を供わない快楽は体を冷やす

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 ごん。

 湯の溜まり切っていない湯船だからではなく、俺が後ろに倒れると気が付いたメイヤーが俺に手をかけたがために、俺は湯船ではなくバスタブのへりに頭をぶつけてしまったのだ。

「あっつ。」

 俺の操はこの怪我で守ることができるか?

「大丈夫ですか?怪我を見せてください。」

 メイヤーは俺の頭を優しく包むようにして抱き上げて、赤ん坊の頭に触れるようにして俺の頭を触り始めた。

「たいして痛くなかった。瘤も出来ていないでしょうよ。」

「そうですね。でも、頭は危ないから、ええ、湯に浸かるのは止めてシャワーだけにしましょう。」

「結局、洗うんだ?」

「ゲロ臭いままがいいのですか?」

 俺はふらつきながらも立ち上がり、バスタブの中に自分で入った。
 シャワーを出し、その下に立ち、さも見せつけるようにして、体を撫でまわすようにして俺は自分の身体を洗った。
 顔から湯を浴びて、その湯を口に含み、湯が口から溢れるままにして口の中を清めたりもした。
 体を洗う手を下にやり、俺の性器が勃起することは今夜はないと安堵もし、メイヤーには別の方法で詫びを入れてやろうと考えた。

「わああ!」

 俺はバスタブの中でひっくり返りそうになった。
 尻をメイヤーに撫でられたのである。

「アナルも洗いましょう。俺にやらせてくださいね。」

 メイヤーも服を脱ぎ去っていて、俺よりも酒を飲んでいたはずの男のくせに男の証明のような物をおったててもいた。
 おい、君が手に持つそれは、ボディソープのボトルではなく、潤滑剤のローションボトルだよな。

「な、なにをする気だ。ハハハ、俺の為にお前がそれで穴を広げるっていうやつか?悪いな、広げて貰っても、ほら、俺の一物は使い物にならないらしい。」

「ええ!今晩はあなたは俺のものでしょう。俺の好きにさせてくださいよ。さあ、安心して。」

 彼は唖然とする俺に気安そうな笑みを見せつけながらバスタブを跨いだ。
 メイヤーは俺のすぐ後ろだ。

「安心してください。俺がしっかりと洗って差し上げますから。」

 メイヤーは俺を後ろから抱き締めると俺のうなじに顔を埋めて、首筋を舐めるようにしてキスをしてきた。
 俺は久しぶりに恐怖を感じていた。

 メイヤーによって引き起こされている混乱で、俺は忘れていたはずの遠い昔を思い出していた。

 俺は今や180近くの身長もある大男だが、十四くらいの年頃の時は美少年という言葉がぴったりの小柄で細い体をしていたのだ。
 天使のようだと褒められ崇められ、俺はそのうちに世界は自分の信奉者ばかりで、俺を傷つけるような人間などいないぐらいに思い込んでいた。

――痛い!止めて!

 十四歳の俺は、初恋だと思った上級生に押さえつけられていた。
 優等生で人望熱き生徒会の一員の彼は、最初からこれが目的だと笑った。
 女優の息子が貴族の子弟が集まる寄宿舎に紛れ込む事こそ不遜だとも言った。

 金のない伯爵家の三男でしかない男が!

 俺の思考を現在に引き戻すかのように、俺の尻タブにメイヤーのローションを塗られた手が当てられた。

「メ、メイヤー。」

「し、大丈夫です、あなたを傷つけたりは絶対にしませんから。」

「あっ。」

 メイヤーが俺のうなじを舐めるその舐め方も、指先での愛撫もで、俺に嫌悪感を与えるよりも先に性感を刺激し、俺はそのためにどんどんと力を失っていった。
 快楽を感じるからこそ、そんな感触など感じたくない心が疲弊して、どんどんと体が凍えていくのである。

 忘れがたいあの日々と同じだ。

 何度も呼び出され何度も繰り返される無理矢理な性交に俺は心が疲弊していき、愛していたと思っていたあの男にも何の感情も抱かなくなっていった。
 ただ、煩いと、そのうちに感じるようになった。
 邪魔なあいつをどうにかしないと、と。

「メイヤー、君は縛られるのは好きかな。」

「好きですけど、今日は遠慮します。あなたは上級生を全裸にしてトイレに縛り付けて放置したんですよね。」

「――知っていたんだ?」

「愛している人の事は何でも知りたいですから。」

「じゃあ、今の俺の気持ちも知ってくれ。君に触られるのは我慢がならない。」

 メイヤーは傷ついた表情一つ見せなかった。
 簡単に俺から離れ、俺にバスタオルを手渡した。

「残念です。」

「俺のやる気のない下半身を見ただろ?今日は抱けない。それだけだ。」

「本当に残念です。俺はあなたに抱いてもらいたくなど無いのに。」
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