愛するあなたを失いたくないけれど、今のままでは辛すぎる

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兄はドツボへの一歩を踏み出していた

親友と妹

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 俺の父は子爵だった。
 また、俺と同じぐらいに顔立ちの整ったろくでなしでもあった。
 彼は三回、いや、俺の母は単なる愛人であったから結婚は二回だ、そして二回目の若き妻とドライブ中に事故死をした。
 残されたのは爵位と十二歳の腹違いの妹。
 爵位は最初の結婚の賜物らしい長男様が喜んで引き受けた。

 では、妹は?

 金髪では無いが蜂蜜色に輝く薄茶色の髪の毛に露草の青、目の色の比喩についてはダンが言い出したのだが、まあ、とにかく妹は俺によく似た顔立ちの目が覚めるぐらいの美少女だった。
 さらに、彼女は残念なことに、性格が俺の好みでもあった。
 孤児となった自分を孤児院代わりに寄宿舎に入れる相談を目の前でされても、泣きもせずに顎をあげてしゃんと立っている所は健気で守ってやりたくなった。

「ねぇ、ティナ。俺と一緒に住まないか?俺とダンじゃ留守が多いだろ?ハウスキーパーが必要なんだよ。猫も飼いたいし。」

 ティナは俺の存在に初めて気が付いた、という風に俺を見上げ、俺に対して嬉しそうにして目を輝かせた。

「猫がお好きなんですか?」

 俺は答える前に咽ていた。
 ダンが俺の背中を強く叩き、お前は最高だと俺の耳に囁いたのだ。
 あいつは自分の声が背骨に響くぐらいに良い声だと自覚した方がいい。

「ねえ、ティナ!一緒に住もうよ!俺と居候仲間になってくれ!」

 ダンはティナの手を握った。
 手を握られたティナはダンを見上げ、彼女の世界がダンだけになった事に俺は気が付いた。

 それでもいい。
 ダンは最初は俺との共同生活に難色を示していたのだ。

 住む家が俺の持ち物、という所が彼の癪に障ったらしい。
 彼は笑いながら俺に彼の過去ともいえる自分の写真を見せて説明してくれたが、農場の季節労働者の両親の子供として成長した彼には、今もこれからも自宅と呼べるものが無いからだということだ。

「俺はさ、人の家に間借りする人生が嫌だからさ、身を立てたいと士官学校を目指したんだよ。」

「じゃあ、こっちで家を買うのか?金はあるのか?」

「いや、金は、……これから。」

「賃貸は高いじゃないか。官舎に行くか?寮生活の続きで俺はごめんこうむりたいけどね。俺の家で金を貯めて家を買えばいいじゃないか。そんときには君の家に俺の部屋も勝手に作るけどね。間借りさせてくれよ。」

 ダンはそこで笑ったが、それでも俺と一緒に住むとは言ってくれなかった。
 それがどうだ。
 たった十二歳の女の子を救うためならばと、俺と住むと断言したのだ。
 どこまで間抜けな正義の味方なんだろう。

 士官学校では、俺がメイヤーを小柄で弱いと錯覚したようにしてダンは俺を見誤り、俺を守ろうと盾になっていたのである。

 俺はお前にズタボロにされたいって、今もこれからも思っているのにね。
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