愛するあなたを失いたくないけれど、今のままでは辛すぎる

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兄はドツボへの一歩を踏み出していた

勝者と敗者

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 俺に抱かれたい志願者の戦いでの勝者は、なんとお子様メイヤーだった。
 顔色一つ変えずに、小さな杯をピラミッドのように積み上げていくメイヤーに、俺の背筋がぞっとしたのは言うまでもない。

「あいつ、寮長をあれで病院送りにしたよな。」

「急性肝炎と急性アルコール中毒で退学したんだっけ?」

 メイヤーの同期らしき青年仕官達のこそこそ話が聞こえた事で、俺はメイヤーはダンではなく俺に似ているのだと考え直した。
 俺も似たようなことをして、とある上級生を放校処分にさせたことがある。
 まあ、幼い頃の話だが。

「さて、あいつは愛しているらしき俺も酒で潰せるのかな。」

 俺は椅子から立ち上がり、勝者となったメイヤーの頭を掴むと、観衆の黄色い声の中でメイヤーに口づけた。
 深く淫靡に、舌で穿つように、俺が今まで誘った相手を堕として来たように。

 はあ!

 この息を呑んだ音は、恥ずかしいが俺自身のものだった。
 メイヤーは俺に襲われている振りをしながら、俺を堕とそうと舌を絡めて俺に快楽を与えようとしてきたのだ。
 俺は反射的にメイヤーを突き飛ばし、そして、この場を取り繕うために、空になったばかりの小さなグラスを持ち上げた。

「メイヤー。続きはしたくないのか?俺を酔わせて口説いて見ようか?さあ、俺達は勝負をしようか?これは君が提案した事だろう?」

 いくらウワバミでも、先だって酒飲み勝負をしていたメイヤーが飲み続けられるはずはないとの打算があったが、なぜか酒に強いはずの俺が負けた。
 あっさり負けたどころか、俺は勝者によってトイレに連れ込まれた。

「吐いてください。まったく、あなたを飲ませないためだったのに、何をそんな馬鹿飲みしてくれているんです!俺とは出来ないって言い切ればいいだけの話だったでしょうが!」

「うるさいな。酒場にいるのに酒を一滴も飲まして貰えないなんて拷問に耐えられなかったの。」

「あなたは自分がお酒に弱いって認識は無いんですか?」

「俺は強いよ。……おえ。」

 俺はその後は便器に顔を突っ込むほどのみっともなさで、しかし、メイヤーはそんな反吐塗れの俺の背中をさすり、時々水を飲ませてと、甲斐甲斐しい程に介助をしてくれた。
 ようやく俺の身体が落ち着いたが、空っぽの胃は不快感の熱さが残り、頭もガンガンと痛むという半死半生だ。
 メイヤーはそんな俺の脇に両腕を入れて、無情にも俺を立たせようとし始めた。

「君はそんなに俺に抱かれたいのか?」

「抱かれたくないから安心してください。横になった方がいいので俺の家にお連れしますよ。敗者なのですから、勝者の俺の言う事は聞いてくださいね。」

「君は!君には頭が下がる思いだよ!上司の俺を守るために酒飲み競争で優勝までしてくれて、その上、上司の反吐を手で受けてもくれるなんてね!」

「はいはい。あなたはもう少しご自分を大事になさってください。あの会場にいた奴らに安売りなんてなさらないでくださいよ。」

「君は、自分ならば俺を抱けると思っているのか?」

 しまった。
 俺に抱いてもらえるかと思っているのか、だろう?
 しかしメイヤーは俺の言い間違えに何も答えず、それどころか、上司の俺を軽々と支えてタクシーに放り込んだ。

「酒場に金を払って無いぞ。」

「そんなの、先払いしておきましたよ。関所を設けましてね、会費を払わなければ入れさせないと言ったら、全員払ってくれましたよ。まあ、後日追加の酒代もあるでしょうがそこはあなたがお持ちになるのでしょう?」

「今日は破産するつもりだったのにな。ありがとう、素晴らしきメイヤー准尉。君のお陰で、一、二か月分の給料分で済みそうだよ。」

「恐らく半月分にもなりませんからご安心を。」

 俺は今夜大失恋したというのに、めちゃめちゃに誰かに抱かれて破産するという、ありがちな破滅の道をメイヤーに閉ざされてしまったらしい。
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