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その後なふたり
二人がなかなか睦まじくできない事情
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利秋様は長く長く我が家に逗留されている。
仕事にも出掛けられるようになったのに、それでもぐずぐずと我が家に泊まり続けられている。
彼の副官らしき三井という青年が、深夜の我が家に利秋様を届けに来たり、早朝には利秋様を回収するために、海軍の紋章のある馬車を我が家の玄関口にまでまわすようにもなった。
利秋様は本気でこの家に住まわれるのではないのか?
大好きどころか大恩があるはずの利秋様に対して、その思い付きに背筋が寒くなったとは、私はどれだけ恥知らずで恩知らずな人間なのだろうか。
だけど、せっかく衛と私は本当の夫婦になれたのに、という思いが強い。
それなのに私と衛は、まるで禁じられた恋人同士のような逢瀬を我が家で行っているという有様なのだもの。
私は帰宅してきた衛を家の手前で捕まえると、道の暗がりに彼を引き込んだ。
私が彼を捕まえるのに何の躊躇も無かったのは、陸軍のコートを羽織った彼は凛々しく、何もなくとも抱きつきたい姿であったからであろう。
ああ、なんてあなたは素敵なの!!
「りま!お前は何を考えているんだ!」
もちろん、道端でこんな恥ずかしい真似をした私に対して彼は、かなりの怒りが籠っている声を上げた。そんな常識的な人だからこそ、近所に聞かれないように声をかなり押さえてはいたが。
「ごめんなさい。お疲れでいらっしゃるのに!でもでも、こうでもしないとあなたと二人きりでお話も出来ないじゃ無いの!」
「こん馬鹿者が!こげん冷となって!お前が風邪をひいたらどげんすっんだ。ああ、こげん冷となって。可哀想に可哀想に。」
「あなた。」
「こげな所で俺を待つんじゃね。俺と話したい事があったら、気兼ねなくな、俺を呼っちくっんだ(呼びつけるんだ)。俺はお前に呼ばれたらな、あの黒五が藤吾に呼ばれた時以上に尻尾を振ってお前のもとに馳せ参じるからな。」
「まあ!」
とっても嬉しいお言葉ですけれど、私の犬になる宣言はどうかしら。
でも、衛は自分が着ていたコートを素早く脱ぐや、それを私の身体に巻きつけ、あら、まあ、話し合いと言っていた私を腕に抱き上げてしまった。
「さあ、家に 帰っぞ。急いでお前を温めなければ!」
「そう、それをあなたに言いたかったの!私はしばらくあなたに温めて頂いていないじゃないですか!って、きゃあ!」
私を抱いていた衛の手ががくっと一瞬だけ離れ、私は彼の腕から落ちかけた。
しかし、私に怪我をさせたら死んでしまうらしい衛が私を落とすことはなく、彼は私を慌てながらも抱え直してくれた。
「す、すまんかった。」
「いいえ。あなたが私を絶対に落とすことは無いと信じておりますから。」
「ふふ。いやいや、 本気き 落とかすとこいじゃったぞ。りまが思いがけず可愛ぜ事ばっかい 言からな。」
まあ、衛様ったら、ふにゃけた、と表現していい表情になってしまわれている。
私は緊張感が無くなってしまった彼の眉間を、いつもも素敵な眉間に戻って欲しいと思いながら右手の指で軽く撫でた。
まああ、私の指が触れたせいで、さらにさらに彼の顔に締りが無くなった!
「ああ、 可愛ぜ。急いで 帰っか、帰ってお前を……。」
そこで衛の頭ががくりと下がった。
「おわかりになりましたでしょうか。」
「……わかった。」
「兄様とあなたの仲がよろしくなられて嬉しゅうございますが、妻である私こそあなたと仲良くしたいと思っておりますの。いい加減に、お兄様に自宅に帰られるようにお伝えいただけないでしょうか?」
「お前が出て行けって言えばいいだろう。兄妹なのだから。」
「あなたが兄様を匿うと言って引き込んだのでしょうが!」
あ、図星を刺された衛がとってもむっとした顔をした。
そして、私からぷいっと顔を背けると、私を抱いたまま歩き出してしまった。
「あなた、その方角に家は無くてよ。」
「まずはお前を温めねば、だろ?そんで考えるか。」
私はこれが妥協点なのかしらと納得しかねたが、けれど、衛に今すぐに温めて貰えるという提案は逃したくないと衛の肩に両腕をまわした。
頭だって衛の肩に乗せ上げた。
「歩く気は無いという事か。」
「離れる気が無いという事です。」
私から背けていた顔をまた私に戻したが、真っ黒い瞳を夜空のように煌かせた衛の顔は自信に溢れた男のそれであり、また、口元にほんの少し微笑を湛えている所がまた素敵だった。
ほけっと惚けてしまうくらいに。
「茶屋に着くまでに俺を疲労困憊させる気か!さ、降りよか?」
しかし私は、こんな素晴らしい顔を見せつけられた仕返しだという風にして、彼の肩にさらにしがみ付いた。
「りまは!」
「だって、あなたの笑顔で私の骨が溶けちゃったのですもの!歩けませんわ!」
「こん馬鹿が!ほんとうに可愛ぜなおなごじゃ。」
殆ど笑い声で私を罵った衛こそ、私を離すものかという風に強く抱きしめ直し、あらまあ!私を温められる場所へととっても早足で向かい始めたじゃないの!
「頑強な陸軍兵士様の妻になれて嬉しゅうございます。」
「こん馬鹿が!だがね、俺こそりまが妻で、まっこと嬉しいばかりよ。」
もう!あなたの言葉で、私のどこもかしこも本気で蕩けちゃいましたわ!
仕事にも出掛けられるようになったのに、それでもぐずぐずと我が家に泊まり続けられている。
彼の副官らしき三井という青年が、深夜の我が家に利秋様を届けに来たり、早朝には利秋様を回収するために、海軍の紋章のある馬車を我が家の玄関口にまでまわすようにもなった。
利秋様は本気でこの家に住まわれるのではないのか?
大好きどころか大恩があるはずの利秋様に対して、その思い付きに背筋が寒くなったとは、私はどれだけ恥知らずで恩知らずな人間なのだろうか。
だけど、せっかく衛と私は本当の夫婦になれたのに、という思いが強い。
それなのに私と衛は、まるで禁じられた恋人同士のような逢瀬を我が家で行っているという有様なのだもの。
私は帰宅してきた衛を家の手前で捕まえると、道の暗がりに彼を引き込んだ。
私が彼を捕まえるのに何の躊躇も無かったのは、陸軍のコートを羽織った彼は凛々しく、何もなくとも抱きつきたい姿であったからであろう。
ああ、なんてあなたは素敵なの!!
「りま!お前は何を考えているんだ!」
もちろん、道端でこんな恥ずかしい真似をした私に対して彼は、かなりの怒りが籠っている声を上げた。そんな常識的な人だからこそ、近所に聞かれないように声をかなり押さえてはいたが。
「ごめんなさい。お疲れでいらっしゃるのに!でもでも、こうでもしないとあなたと二人きりでお話も出来ないじゃ無いの!」
「こん馬鹿者が!こげん冷となって!お前が風邪をひいたらどげんすっんだ。ああ、こげん冷となって。可哀想に可哀想に。」
「あなた。」
「こげな所で俺を待つんじゃね。俺と話したい事があったら、気兼ねなくな、俺を呼っちくっんだ(呼びつけるんだ)。俺はお前に呼ばれたらな、あの黒五が藤吾に呼ばれた時以上に尻尾を振ってお前のもとに馳せ参じるからな。」
「まあ!」
とっても嬉しいお言葉ですけれど、私の犬になる宣言はどうかしら。
でも、衛は自分が着ていたコートを素早く脱ぐや、それを私の身体に巻きつけ、あら、まあ、話し合いと言っていた私を腕に抱き上げてしまった。
「さあ、家に 帰っぞ。急いでお前を温めなければ!」
「そう、それをあなたに言いたかったの!私はしばらくあなたに温めて頂いていないじゃないですか!って、きゃあ!」
私を抱いていた衛の手ががくっと一瞬だけ離れ、私は彼の腕から落ちかけた。
しかし、私に怪我をさせたら死んでしまうらしい衛が私を落とすことはなく、彼は私を慌てながらも抱え直してくれた。
「す、すまんかった。」
「いいえ。あなたが私を絶対に落とすことは無いと信じておりますから。」
「ふふ。いやいや、 本気き 落とかすとこいじゃったぞ。りまが思いがけず可愛ぜ事ばっかい 言からな。」
まあ、衛様ったら、ふにゃけた、と表現していい表情になってしまわれている。
私は緊張感が無くなってしまった彼の眉間を、いつもも素敵な眉間に戻って欲しいと思いながら右手の指で軽く撫でた。
まああ、私の指が触れたせいで、さらにさらに彼の顔に締りが無くなった!
「ああ、 可愛ぜ。急いで 帰っか、帰ってお前を……。」
そこで衛の頭ががくりと下がった。
「おわかりになりましたでしょうか。」
「……わかった。」
「兄様とあなたの仲がよろしくなられて嬉しゅうございますが、妻である私こそあなたと仲良くしたいと思っておりますの。いい加減に、お兄様に自宅に帰られるようにお伝えいただけないでしょうか?」
「お前が出て行けって言えばいいだろう。兄妹なのだから。」
「あなたが兄様を匿うと言って引き込んだのでしょうが!」
あ、図星を刺された衛がとってもむっとした顔をした。
そして、私からぷいっと顔を背けると、私を抱いたまま歩き出してしまった。
「あなた、その方角に家は無くてよ。」
「まずはお前を温めねば、だろ?そんで考えるか。」
私はこれが妥協点なのかしらと納得しかねたが、けれど、衛に今すぐに温めて貰えるという提案は逃したくないと衛の肩に両腕をまわした。
頭だって衛の肩に乗せ上げた。
「歩く気は無いという事か。」
「離れる気が無いという事です。」
私から背けていた顔をまた私に戻したが、真っ黒い瞳を夜空のように煌かせた衛の顔は自信に溢れた男のそれであり、また、口元にほんの少し微笑を湛えている所がまた素敵だった。
ほけっと惚けてしまうくらいに。
「茶屋に着くまでに俺を疲労困憊させる気か!さ、降りよか?」
しかし私は、こんな素晴らしい顔を見せつけられた仕返しだという風にして、彼の肩にさらにしがみ付いた。
「りまは!」
「だって、あなたの笑顔で私の骨が溶けちゃったのですもの!歩けませんわ!」
「こん馬鹿が!ほんとうに可愛ぜなおなごじゃ。」
殆ど笑い声で私を罵った衛こそ、私を離すものかという風に強く抱きしめ直し、あらまあ!私を温められる場所へととっても早足で向かい始めたじゃないの!
「頑強な陸軍兵士様の妻になれて嬉しゅうございます。」
「こん馬鹿が!だがね、俺こそりまが妻で、まっこと嬉しいばかりよ。」
もう!あなたの言葉で、私のどこもかしこも本気で蕩けちゃいましたわ!
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