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悪徳の実を齧ろと囁くのは蛇なのか、己の心そのものなのか

俺と組もうと悪魔が囁く

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 俺は今日の御仁との出会いまでも利秋の仕込みだったのかとぞっとし、また、喪失感も抱いていた。
 俺が認められたと思ったそれこそ幻影か、と。

「あの御仁も君が?俺を市ヶ谷に推薦するのも?」

「わお、凄い。私は君がえらいさんと面会する状況を作っただけだ。君ばっかり素晴らしき方々に謁見できる、なんて口惜しいってね。それだけなのに、君はあの方の心を掴んだんだ。それは君の実力だ、おめでとう。」

「貴様!」

 俺は思わず利秋に飛び掛かりかけ、しかし、そんな俺をひっつかんで座り直させたのは和郎だった。

「旦那様。聞きましょうや。この絡新婦のような嫌らしいお偉いさんのお考えとやらを。」

 俺は大きく息を吐いて、そして利秋を睨んだ。
 しかし彼は、なんてことないように微笑むと、どう思う?と尋ねて来た。

「どう思う、とは?」

「士族って必要かな?彼等は侍の矜持を捨てた。自分の士族という特権だけにしがみ付き、お国を守るという精神を失ってしまった。りまの誘拐がわかりやすいだろう?自分達の沽券の為に守るべき無力な者に平気で暴力を振るう。」

「お前は?お前こそ士族だろう。」

「血筋はね。そして私はそんなものはいらないと思っている。国を守るのに、あんなのはいらない。西郷さんが全部持って行ってくれるなら、軍部の隅々、いらない奴らを全部鹿児島に送りたい。ねえ、協力してくれるよね。君は二度とりまがあんな目に遭って欲しくは無いでしょう。」

「断れば、お前が、りまを?」

「いいや。私が守りきれないというだけだ。今回は私が関わったから、奴らの動向を読み、こうして救いに駆け付けられた。でしょう?」

 利秋はりまを救う時に使った短銃を懐から取り出し、ちゃぶ台の上のちょうど真ん中に置いた。
 それは外国製のもので、日本では簡単に手に入るものではない。

「坂本先生の持っていらっしゃるものと同じ銃だよ。S&Wの№2の方だ。弾が独特でそっちの入手の方が大変だね。さて、私はこれを君にプレゼントしたい。私の同士になってくれるというのなら、ば。」

「俺はりまが安全な方がいい。」

「じゃあ、士族を振りかざすだけで君を羨む奴らを鹿児島に送りなさいよ。」

結局つまいのはてはお前の言いなりか。」

 俺は利秋の銃を掴み、乱暴に懐に入れた。
 金属の冷たい感触が冷えている鳩尾をさらに冷たくした。

「お前の本心は国を守ることだけか?」

 利秋はようやく俺に言葉が通じたいう風に、嬉しそうににっこり笑った。

「最初から、最後まで。」
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