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悪徳の実を齧ろと囁くのは蛇なのか、己の心そのものなのか

失っていた温もり

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「鹿児島に行ってくれるか?」

 衛が軽い感じで初めて言葉にしてくれたのに、重くしか受け取れなかった私は、言葉を返すどころか体が固まってしまった。
 衛はそんな私を見て微かに微笑んだ、寂しそうに。

「詮無いことをてすまなかった。」

 私は申し訳なさばかりで彼に抱きついた。
 大きな広い胸板。
 幾晩もこの胸に押し付けられた、温かでも少し恥ずかしい記憶。
 あれがまた欲しいと、私は言ってもいいのかしら?

「何でもおっしゃってください。でも、あなたがこの世から失われる可能性が一つでもあるのは嫌でございます。」

「困ったな。お前のその物言いで俺は死にそうなのに。」

「嘘ばかり。あ、あの夜は、わ、私は死にそうな気持でしたのに、あなた様は受け入れてくださらなかったではありませんか。」

 ずっと胸にくすぶっていたあの夜の事を、ようやく私は衛にぶつけられたのだと思った。
 私が夫婦になることを拒んでいたから彼が抱かなかったのだと思っていたが、彼こそ愛する人でないと抱きたくないと思っていたという事実を突きつけられた夜。

 そして、その事実を突きつけられて、そこで初めて私は自分の中に芽生えていた気持ちに気が付いたのだ。
 利秋様に恋心を抱いたように、私は衛様にだって恋心を抱いていたのだと。

「あ、あの日あなたは好きな方じゃないと、とおっしゃって。」

 他に好いている方がいらっしゃるの?
 まだ藤吾のお母様の事を愛していらっしゃるの?

「なあ、りま。俺に抱かれたら、お前が本当に惚れた男の腕の中に、お前は飛び込めると思っているのか?」

「な、なんのお話です?」

「純潔を失った女は誰と寝ようが夫には素知らぬ顔が出来るという話だ。」

 私は衛の顔を引っ張叩いていた。

「あなたはご自分の言葉を無くされてから、ご自分までも失われています!」

 私はその場から逃げ出しながら、彼とのひと時を失った原因は私にこそあるのだと分かっていた。
 彼が変わったのではなく、彼の私を見る目が変わっただけなのだ。
 天女だと言ってくれた彼に対し、あんなにも浅ましい格好をしてしまったのだもの!
 花街の女性のもとに言って欲しくない一心で、あんな浅ましい事をしてしまったのだもの!

 ああ、時間はどうしたら取り戻せるのであろうか。
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