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イギリス式とフランス式

兄様がいらっしゃった!

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 加藤家に落ち着いて一か月ほど、私を訪ねてくる者があった。
 者、だなんて!
 様、でしょうに!

「兄様!よくぞいらしてくださいました!」

 着物の裾を蹴散らしながら早足で玄関に駆け付けたどころか、大声まで出した私に対し、利秋様は目を丸くしながらも叱るどころか腕を広げてくれた。

 これは初めての事かしら?
 いいえ、幼い頃はよくしてくださった振る舞いだわ!
 私は幼い頃に戻って利秋様に抱きついてた。

 上がり框にいる私と土間に立つ利秋様。
 段差はあるのに背の高い利秋様の方が背が高く、しかし、段差のせいで利秋様に両腕をまわした私の顔は利秋様の肩の上に丁度出てしまった。
 パズルのように密着してしまった私達!

「ははは。りまは全く昔のままだ。こんなに元気いっぱいで、加藤殿は良き旦那さまであったようだ。」

「ええ、ええ!素晴らしい方よ。お優しくて。さあ、お茶はいかが?」

 あ、男女席を同じにせず?
 いや、それよりも、離れようとしたところで、私は再び利秋様に抱き締められなかったか?だって、まだ利秋様に私は密着したままなのよ。

「いいよ。最近知り合ったエゲレスの商人からパウンドケエキというものを頂いてね。我が家では誰も食べられないから持って来た。」

「まあ。相変わらずの酷い物言い。あの、それで、あの。」

 利秋様に回した腕を解いて、私は密着している二人の間に入れた。
 利秋様の胸を押して離れようとして、ああ、私の両の手の平は利秋様の胸から外せなくなってしまった。
 温かいあなたの心臓の鼓動を感じてしまったから。
 けれど、驚く事に、利秋様の心臓も私と同じに早い鼓動を打っていた。
 いつもと変わらないお顔ですのに?

「兄様?」

「奥様?」

 私はヨキの声に驚いた。
 玄関口には私しかいないと思っていたし、彼女がこんなに気配を隠して近づいて来た事など一度も無かったからだ。

 いや、私は利秋様の姿で有頂天に大騒ぎしていたわね。
 そこで、自分がはしたない姿をしていた事を思い出した。
 私はかなり慌ててしまってどうしようかと思ったが、利秋様は次代の桐生家の当主らしく何事にも動じられないお方だ。
 それどころか、全ての出来事を自分の手の平に乗せて解決させてしまう素晴らしきお方なのだ。

「本当に、はしたなくてすいません。桐生家の面汚しね。」

「君がいるから桐生家は人でなし一族と言われなかったのだと思うよ。」

 利秋様は嬉しそうな笑い声を響かせると、彼は幼い子供にするように持ち上げ、私をそっと玄関の上がり框に立たせ直した。
 その上で、お転婆な妹ですまないね、と女性の心臓をその場で止める事が出来る笑顔をヨキに向けた。

「奥様?」

「ええと、ヨキさん。御覧のとおり兄が来て下さったのよ。甘すぎてご自分が食べられないお菓子を携えて。藤吾はどこかしら?あの子も甘いお菓子が大好きでしょう。」

 ヨキは利秋様の笑顔の爆撃を受けたはずなのに、爆撃を受けたからこそか?今まで見せた事のない能面のような表情で私を見返した。

「お坊ちゃまはお庭ですが、奥様がお声がけしないといらっしゃらないと思います。お庭の蛙と話し込んでいらっしゃいましたから。」

 私は首を傾げた。
 ヨキが呼んでも藤吾は来るはずだ。
 今日のヨキは一体どうしたものだろうか?

「では、お兄様、先におあがりになって。私は息子を捕まえに行ってまいりますわね。」

「いや。私も一緒に行こう。そうだ、君。これを妹とおチビ君の為に切り分けておいてくれないか?羊羹のように切ってくれればいいから。」

 利秋様は片手に持っていた箱をヨキに押し付けると、まだ下駄もしっかり履いていない私の腕をぐいっと掴んだ。

 利秋様?

 どうなさったの?
 そして、ヨキはどうしてそんな目で私を睨んでいるの?
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