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第十章 我が唱えるは愛する君の名前だけ

願い事を口に出してもいいんだよ

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 俺は揺り動かされて、重たい瞼を上げた。
 どうしてこんなに眠くて体が重いのか知らないが、それでも必死に目を開けると、美しい俺の愛しい人が俺に覆いかぶさるように俺を見下ろしていて、俺は努力したかいがあったと嬉しくなった。

 そう、努力したならば結果が伴わねばならない。
 苦労した者は全て報われねばならないし、耐え忍んだ者は全て幸せになるように報われねばならないのだ。

 裸の肌に俺のTシャツだけを羽織った姿で俺を見下ろしている、この無防備で美しいピスタチオの精は、なんと!この俺の恋人なのだ。
 最高に報われていると言えるんじゃ無いのか?

「俺は本当に幸せだな。」

 重い体に鞭打って伸ばした右腕が抱えたもの、それはヴァクラの細い腰であり、彼が夢でも幻でもなく自分に帰って来た証である。
 俺がしみじみ声を上げたのに、当のヴァクラは、本当に?と聞き返して来た。

「本当だよ。君がいるならば俺は何もいらない。」

「本当に?俺はもうずっとお前といる事になったんだよ?若いお前は本当に何も望まないと言えるのかな?」

 揶揄うような言い方に対し、俺は牛みたいな唸り声をあげると、彼を自分に引き寄せて、自分に覆いかぶさるようにして抱きしめた。
 俺の布団になった彼は、クスクス笑いを上げながら俺に小鳥のようなキスを与え、俺は小鳥に喰らいつく猫みたいにして彼の唇に喰いついた。

「何もいらないよ。朝も昼も夜も、俺は君を抱ければいい。」

「ハハハ。仕事はいつするんだ?」

「親父は金持ちなんだろ?食い潰してやるさ。」

「それで、俺はお前に抱きつぶされるだけの恋人か?」

 俺はヴァクラの言葉が皮肉めいているとハッとして彼を見返せば、彼は皮肉そうな顔どころか少々悲しそうな表情を見せていた。

「どうし、あ、前戯をしていないな!」

 ぴしゃっと額を叩かれた。
 いつもよりも強く叩いたなとヴァクラを見返せば、ヴァクラが鼻を啜った。
 泣いている?

「どうした!お前はどうしたんだ。」

「だって、お前は婚約者だった女には美亜を任せようかと悩んだのに、俺にはそんな事を一欠けらも考えないんだもの。俺は抱くだけの相手なのか?」

「そんなわけは――!」

 言いかけて、俺はハッとした。
 自分の今の身の上に。
 俺は海自を辞職したはずだったのに、なぜか休職中の扱いだった。
 海自に連絡もして確認したので間違いはなく、戻った所で以前の船に乗れるか分からないが、俺はいつでも海に戻ることができるのだ。

 そう、親父とヴァクラが消えてからは考える事こそ放棄していたが、二人が戻った今ならば復帰することを考える事が出来る。
 それなのに、俺はヴァクラを取り戻しても、いや、取り戻したからこそ考えるのは明日にしようと考える事を放り投げたのだ。

「俺はお前にとって夢を捨てさせる存在か?」

 俺は悪魔でもある恋人を見つめ、いいのか?と尋ねた。

「数か月俺に会えなくてもいいのか?」

 違う。
 俺が戻れるのに戻ることを考えないようにしていたのは、俺こそヴァクラから離れたくないと考えていたからだ。

「海に出たら、俺は数か月はお前を抱き締める事が出来ないんだよ?」

 ヴァクラは俺を抱き寄せて、俺の顔を彼の胸に押し付け、俺の耳に悪魔のささやきを流し込んだ。

「ほんとうに、まるまる数か月間、この俺がお前に会えないと思うのか?」

 綺麗な緑色の瞳は、きらりと人間にはありえない煌きを見せた。
 俺は恋人を頼もしく見つめながら、再考させてください、と言った。

「最高をさせる?」

「ああ、そうだ!最高をしよう!」

 俺は薄いTシャツの上からヴァクラの乳首を齧り、きゅっと引き締まった尻に指先を這わせて弾力のある瑞々しい肌を探り始めた。

「ああ、ちょっと、大事な話が!」

「お前は俺を海に蹴り出すつもりだろう?だったら俺が海で寂しくならないように、お前を堪能させてくれ!」

「おや、いいんだよ?ここで一生を過ごしたって。」

「いや。言っただろう?お前を前にすると夢を見てしまうって。俺が陸に上がった時、お前と美亜が俺に腕を振ってくれる夢を見てしまったって。」

「ああ、言った。だから俺はその夢を叶えてやりたいのさ。悪魔だからじゃなくてね、深く深くお前を愛しているから。」

 俺の心は天にも上る歓喜に震えたが、俺は恋人に嘘をついてしまった。
 しっかりと前戯をしてやると約束していたはずなのに、指先が引き当てた彼の源泉、そこが俺を求めるように緩んでいた事で、俺はそこに自分のモノをそのまま突き込んでしまったのである。

「あ、ああ!お前って奴は!前戯がどんどんおざなりになっていくな!」

「あとで、この後に頑張るから!」

 俺は腰を突き上げた。
 きっと次も前戯ができないまま突っ込んでしまうだろうと考えながら。
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