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第六章 三人で暮らすと言う事

婚約者の風の噂と

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 俺は最近ヴァクラのせいで、自意識過剰になっているのかもしれない。
 あんなに可愛い悪魔に、お前はハンサムだいい男だと囁かれていれば、どんな不細工の唐変木だったとしても、自分が俳優か何かに錯覚するものなのだ。

 そう、これは錯覚で、俺の考え違いだ、と俺は自分に言い聞かせた。

 気さくな 吉永真愛よしながまな先生は、純粋に自分の生徒のことを心配していただけであり、また、保護者として半人前以下の俺に他の家庭の保護者達と触れ合いさせたかっただけのはずなのだから、と。

 だよな?

 次週の週末の夜に予定された天体教室の説明が終われば、保護者は当たり前のように座談会となるのはわかるが、俺と吉永だけ一つのテーブルで向かい合わせに座らせられているとはどういうことだ?
 いや、俺と同じ新顔らしき保護者は、もともとの企画の会員である保護者達に囲まれる形で、三人~五人のテーブルに別れていた。

「最近美亜さんは明るくなって、ふふ、女の子達に囲まれるようになったのですよ?今日だって、ほら。」

 吉永は子供達だけのテーブルを手で示したが、俺は美亜の現状を確認して、あれは仲が良くなっているどころか、子供に囲まれた美亜がうんざりしているだけだな、と理解した。

「瀬戸さん、ふふ、私の提案した通りだったでしょう。あなたの決定が美亜さんとの垣根を崩したからこその今です。」

 俺は吉永に向かってそうですね、と微笑んだ。
 すると、吉永は自分の隣に置いてあったバッグから、角2サイズの茶封筒を取り出して、それを俺の方へと差し出した。
 学校の大事な書類かと茶封筒の中身を取り出してみれば、この集まりの母体団体であるらしき分厚いパンフレットだった。
 俺は別に男として狙われていたわけでない、どころか、唐変木な俺が若くて可愛らしい女性に簡単に靡くカモに思われていただけだったらしい。

「ああ、勧誘、ですか?」

「違います。そうですね、この団体は宗教団体ですけれど、美術館などを所有して学術の周知に努めています。私の趣味は美術館巡りなんです。このパンフレットには団体が所有している近隣の美術館や博物館の情報も載っていますから、美亜さんを連れ出す時にはどうかなって。割引コードもついていますでしょ?」

「ああ、すいません。とても失礼な物言いになって。」

 俺は吉永に微笑み、吉永は顔を伏せてから真っ赤になった。
 それから彼女はぽつりと呟いたが、俺の耳が調子が悪いのか、聞こえた言葉が俺の脳みそで理解することが出来なかった。

 私も案内できますから。

 え?

 俺が見守る目の前の女性は、俺から目を逸らしてはにかんでおり、何か期待もしているような表情もしている。

 子供の担任に誘われた時、下手に断ったら美亜の学校生活に関係しないか?

 俺は美亜に無意識的に振り返っており、美亜はパグみたいな顔、いや、俺が与えた餌が最悪だと顔を歪めたさび猫と同じ表情を返した。
 努力しろよ、お前、って奴だ。

 お前を想ってお断りの言葉が出てこないんだろうが!

 こんな時、ヴァクラは?

 あ、そうだ。

「嬉しいお申し出ですね。俺は武骨なだけの男ですから、あなたのような教養のある方と美術館をご一緒できると知れば恋人も喜ぶでしょう。」

 けれど、吉永は俺に労わり?慰め?の目を向けると、俺の左手の甲に自分の右手を重ねた。これは担任と保護者では親密すぎると彼女に言いかけたその時、彼女の方が先に俺を爆撃してしまった。

「 綺夏あやかは別の方と結婚しちゃったじゃないですか。それで東京で面白おかしく生活していると聞いています。大体、婚約の破棄の理由はあの子の二股でしょう?忘れましょうよ?」

「 綺夏あやかって、あいつとあなたはお知り合いでしたか?」

 披露宴の綺夏側の友人席には吉永の名前が無かったと思い返しながら、俺は俺の実情をしっかり知っていたらしい妹の担任を見返していた。
 吉永は今までの気さくな表情を辛辣なものに変え、ふんと鼻を鳴らした。
 それから忌々しそうに口にしたのだ。

「高校が一緒なだけです。ここは田舎町ですもの。」

「ああ、ここが綺夏の故郷だったのですか。いや、全く知らなかった。いや、経営者だった親族の建物の警備仕事なのだから、考え無しは俺か。」

「まあ!綺夏がこちらの出だとご存じなかった?」

「ええ。上司の紹介で知り合いまして、その時は彼女の御一家は東京住まいでした。ですからずっと東京生まれの東京暮らしの人だと思っていましたよ。」

「まあ、あの人らしい。」

「その物言い。嫌っていましたか?」

「二面性がある子でしたから。美亜さんは綺夏とは面識がありましたか?二人きりにする事がありましたか?」

「え、ええ。女同士だと言っては、綺夏の方が美亜を連れまわしていましたね。俺は美亜とどう接して良いか分からなかった唐変木ですから、ずいぶん彼女には助けられましたよ。」

 答えながら俺はヴァクラの言葉が脳裏に蘇った。

「趣味が悪い女だな!いや、性格が悪い女なのかな!」

 綺夏は性格に難があった?

 俺はそんな事も知らずに、美亜を綺夏と二人きりにさせていた?

 当時の俺にとって、綺夏と美亜が打ち解けてくれれば全てが丸く収まり、いや、自分は自分の世界に無責任に戻りたいだけだった。

「美亜さんは綺夏にきっと酷い言葉の一つや二つは受けたはずです。」

 吉永は断定し、俺はそれでも婚約者だった女を庇った。

「綺夏が美亜に酷い言葉を言ったとして、それは全部俺の不徳からの事です。俺はあいつに美亜を任せて、自分は海に帰れればいいって思っていた馬鹿者ですから。ですからね、俺を振るのも仕方がない事なんですよ。」

 俺は吉永の右手からそっと自分の左手を抜き去ろうとしたが、俺の手の甲はぎゅっと吉永に掴まれてしまった。
 吉永はまっすぐな目をして、俺を見つめた。

「どんな状況でも、あなたを振るなんて馬鹿な人です。」

 え?

 俺はもう一度美亜に助けを求めた。
 俺が視線を送った丁度その時、美亜は同じ席の女の子によって、ヴァクラ特製のワンピースにハンバーグソースをかけられたところだった。
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