カゼノセカイ

辛妖花

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3話

夜の世界

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  あれから体力の限界だったのと、夜になってしまったので、スマートフォンで検索した宿屋に電話をして、宿泊する事にした2人。

「あ~後もう少しだったのに···早く祓ってやらないと、自我が無くなって1番執着してる人を呪うってのに···」

  ボヤく強羅。宿屋の部屋に案内された後、どっかりとソファに腰掛け項垂うなだれる。それを見た甲斐は溜息をつきながら心配していた。死んだ他人の事を身内の様に感じて熱くなる強羅なので、また無茶をしないか気が気ではない。協力しようと言ってるのに、短気をおこして突っ走るのはやめて欲しい、と思って薄目で強羅を見る甲斐だった。
  備え付けのポットから、湯呑みにお茶を入れながら口を開く甲斐。

「明日あの家の聞き取りして、帰ってから花城さんに被害者の情報もう一度聞いて整理しないか?」

  姿勢を正して目を丸くし、じっとこちらを見る強羅。

「へー。甲斐のクセに冴えてるな」
「クセには余計だよ」

  憎まれ口を叩けるくらい、冷静さを取り戻した様だ。ホッとし、片方の口の端を上げる。

                                         
  次の日の朝早く、宿屋を足早に後にする強羅と甲斐。昨日の引っ越した女性の近所に来ていた。

「ああ聞いたかい?あそこの古い家に誰か引っ越してきたみたいだね」
「そうみたいね~、挨拶も無いよ。なんか旦那が捕まったとか、いい噂は聞かないね~」
「関わらん方がいい」
「そうだな、子供が亡くなっているそうだが···」

  噂話をしている男女の横を何も言わず通り過ぎる強羅。それを不思議そうに首を傾げながらついて行く甲斐。何か考えがあるのだなと思い、小声で聞いてみる。

「なんであの人達から、事情聞かないんだ?」
「 ······怪しまれるだろ。よそ者が、あんな噂の引っ越してきた女性の素性探ったら」

  確かに、と納得した甲斐を横目に、昨日バイクを隠してあった林に向かう。

「あー強羅?」
「なんだよ、気持ち悪い」

  突然甲斐がオドオドしながら話し始めた。

「さっきの噂話の後に、例の女の人の家から、昨日見た小学生位の男の子の幽霊が家から飛び出して行ったのチラッと見えた気がする···」
「そうか···、それも何かあるかもな···」

  何か考え込んで黙る強羅。さっきの男の子の幽霊は、噂話の死んでしまった子供だろうかと考える甲斐。しばらく歩いて、林の奥の方にバイクを発見する。2人は、昨日甲斐が話していた通り、一旦事務所に帰って出直す事にした。
  


  あれから数日、児童相談所や保護施設に送っていた調査結果の整理と、花城さんから貰った資料の整理に追われていた。それに合わせて日々、本業の探偵の仕事もこなしていると、あっとゆう間に3週間が過ぎてしまった。
  しかし、不幸中の幸いか、女の子の悪霊が田舎町に行って以来あの虐待者の不審死は無くなっていた。
  花城さんいわく、

「理由はともあれ、事件が無くなったのはいい事だよ。どうせ犯人が幽霊じゃ逮捕出来ないしな、ははは」

  自分が昔から探している別件の犯人でも無かった為、興味が無くなったなと思った強羅。依頼はこれで終了となったが、やはりこれで「はい終わり」とはならない強羅であった。

  連日、中々手強い浮気調査をしていた強羅と甲斐。本当ならば、あの田舎町に行って女の子の悪霊を祓ってやるはずなのに、とギリギリと歯を鳴らす強羅。
  そんな殺伐とした雰囲気の「強羅探偵事務所」に、いつもの様に元気な甲斐が缶コーヒー片手に現れた。

「もう、この浮気調査置いといて、あの町に行こうぜ!」

  無邪気な甲斐の申し出に、眉間のしわが深くなる強羅。

「あのな、俺だって行きたいのは山々だが、これを片付けて休みにしてからじゃないと、ここの家賃だって払えないんだぞ!」
「祓う前にオレらがここから払われる~···なんちゃって」

  舌を出しておどける甲斐に、強羅は机を両手で強く叩いて立ち上がり、甲斐の眉間を両手の拳でグリグリと手首を捻り力を入れた。その両手を叩きながらギブアップする甲斐。

  すると、強羅のスマートフォンが鳴る。

「はい。なんだ陸斗りくと。珍しいな電話なんて···どうした?」

  珍しく優しい声の強羅に驚く甲斐。その視線に気付いて隣の部屋に行く強羅。開いたままのドアの向こうから微かに強羅の声が響いていた。
  はーっと溜息をつきながら、机の上に僅かに残る缶コーヒーを飲み干した。
  そしてしばらくして、甲斐の居る部屋に戻って来た強羅が話し出した。

「あの田舎町に行くぞ」
「はあ?!」

  どういう事だよと、怒り心頭の甲斐をバツの悪そうな顔でなだめ、外出準備をする。今度は宿泊も予定していると言う。

「で?なんで急に行く事にしたんだ?」

  まだむくれている甲斐は、バイクのハンドルを握りしめながら言う。

「さっきの電話、俺のいとこからで、今あの田舎町に住んでるんだ」
「えぇー?!」

  驚く甲斐は言葉を失う。それを見た強羅は、困り顔で溜息をつき、仕方ないといった素振りで話し始めた。

「隠す気は無かったが、あまり良い思い出が無かったから何となく話さなかっただけだ。実は俺も昔はあそこに住んでた事がある」
「ええーー!!···早く言えよ!」

  近所中に響き渡る様な声を上げて驚く甲斐。そう言えば、出会ってからあまり自分の事を話さなかったなと振り返る。しーっと言いながら、右手の人差し指を口の前で立てる強羅。鞄からバイクインカムを取り出し、1つを甲斐に渡す。これで、バイク走行中でも会話が出来る。大きな溜め息とともに肩が項垂うなだれる甲斐は、それを付けヘルメットを被る。バイクに大きな溜め息と強羅を乗せ走り出した。


  住宅街を抜け、ビルがひしめく街中を抜けて、強羅が口を開いた。

「いとこの陸斗が、男の子の幽霊を見たって電話してきたんだよ」
「それってまさか、オレが見た男の子の?」

  かもしれない、とうなずく強羅。



  「はい。なんだ陸斗。珍しいな電話なんて···どうした?」
月彦つきひこ兄ちゃん!大変だよ!男の子の幽霊が傘とか盗むんだ。俺ちゃんと見たのに誰も信じてくれないし···。これ以上おかしな事が起こらないように何とかして!」

  月彦兄ちゃんと呼ばれた強羅は、昔その町に居た時の、同じ様な嫌な体験の記憶を思い出していた。

「分かった、詳しく教えて」

  勿論、と言って話し始める陸斗。

  10日程前の学校の休み時間、みな各々で遊んだりおしゃべりしたりしていた。陸斗は仲の良い男女の友達と教室の窓側でお喋りをしていた。
  ふと、陸斗が窓の外に黒い丸いものを見る。それは男の子の頭で、目から上を出し覗いていた。咄嗟にそれに指を指す。すると友達2人が振り向く間に、その男の子は居なくなってしまう。

「あ、いなくなっちゃった···」
「おい、昼間からやめろよ」
「そうよ、ここは3階だよ···」

  窓を開け、思わず3人が身を乗り出して確認した。が、誰も居るはずは無かった。


  そしてまた別の日、雨の激しく振る午後。
  陸斗は自分の家に帰って来た時、既に玄関に水溜まりがあり、傘が無くなっているのを見る。他にも、玄関に置いてあった傘が無くなると言う事が、3軒の家であった。玄関には身に覚えの無い水溜まりとともに。
  次の日の朝、陸斗は学校に行こうと玄関に向かう。すると、無くなっていた陸斗の傘が玄関に置いてあり、青い小ぶりの傘と黒い傘を抱えた男の子が玄関を出て行く所だった。
  驚き固まる陸斗。それに気付いた男の子は慌てて謝罪とお礼を言って玄関の戸を閉め帰る。
  
  そしてまたある日には、歩道のコンクリートの間に錆び付いたつるはしが刺さったままになっていて、傍らにはあの男の子が持っていた傘が2つ落ちていた。
  また別の日には、あぜ道を歩いていたその畑の持ち主の男性が、ふと後ろから声をかけられたと思い振り返る。その先にしなびた人参の葉を見て慌てる。しかし、声の主は居なかった。
  または、小屋の板が剥がされていたり、挨拶をされるが、そこには誰も居なかったと言う話も沢山出ていた。
  はたまた、林道の不法投棄のゴミが一夜にして一掃されていたり、と毎日何か不思議な事が起こっていた。


「色々な人に聞いたり、風の噂で聞いたりしたんだ。そしたらその後、あいつが居たんだよ!ハッキリ見たし、こっちの話も分かるみたいだった」


  夕暮れのある日。
  小さい稲荷神社の隅に座って、どんぐりので遊んでいる男の子を見つける。

「お前の仕業なんだろ。お前どこの子だよ?」

  そう陸斗が声を荒らげると、男の子は驚いて立ち上がり、何か言いたそうにもじもじしていた。


「で、そこで親父に怒鳴られて、向き直ったらもうあいつは居なかったんだ」
「なるほど···、もしかしたら今調べている事とも関わりがあるかもしれないから、これからそっち行くよ」

  陸斗の声が弾み、ありがとうと言われた強羅。電話を切ったあとすぐ、陸斗の父親に電話をする。勿論、幽霊退治なんて説明はせず、探偵の仕事だと説明して。



「とまあ、そんな事で、陸斗の家に泊まらせてもらえる事になったから、まず挨拶と陸斗に目撃した場所の案内を頼もう」
「なるほど。運が良かったらその幽霊の男の子···司だっけ?のお姉ちゃんにも会えるかもなんだな?」
「珍しく冴えてるな」
「だから、珍しくないだろ!」

  満面の笑みの強羅に対し、むくれっ面の甲斐。
  あの田舎町から事務所に帰った後、花城さんから貰った資料に書いてあったのだ。

  引っ越しをしていた女性の事が書かれた箇所を思い出す強羅。

重兼しげかね陽子、前の旦那の名字は大山、旧姓は小林。虐待され死亡したのが重兼司、当時小学5年生。虐待したのが護送中の事故により死亡した義理の父親。
  以前、大山姓の時にも真奈美と言う当時小学5年生の娘を、父親の虐待で亡くしている。

  引っ越しの時の、あのやつれた顔の陽子を思い出し、胸騒ぎを覚える強羅。

「早く行かないと、母親の陽子さんが危ない··。司君が知らずに取り憑いているとしたら、衰弱死する事になる」
「あの悪霊の女の子の真奈美ちゃんが取り憑いてるんじゃなくて?」

  そう言われた強羅は、真奈美が母親の陽子から一定の距離を保っている事を思い出し、それを甲斐に説明する。それに、この間のやり取りでも話しているので、今は取り憑いてる心配は無い。

「多分無意識に気付いて、距離を保っていたんだろう。だから離れた場所の虐待者を殺せたんだ」
「なるほどね···」

  そうして話し込んでいたら、いつの間にかあの町の入口まで来ていた。林が立ち並び、両側には低いが連なる山々があり、道路沿いには小川が流れる。
  出発した時間が遅かったので、もうすぐ夕暮れだった。
  ふと気になって、陽子の家の近くの林に寄るように甲斐に頼む強羅。悪霊になってしまった真奈美と争った場所だ。

「匂うな···」
「まだ飯前で良かったな」

  ギロりと睨まれ萎縮する甲斐。心配だ、と言わない様にしているが、やっぱり心配で、怒られると分かっていても何か言葉を口に出さずには居られない。
  すると、甲斐の見ている精霊達が一斉にいなくなった。強羅はお経が書かれたマスクを取り出し付ける。珍妙な姿に、思わず甲斐が目を細めて口を開く。

「それ、意味あんの?」
「···無いよりはマシだ」

  悪霊の放つ独特の怨念の匂いが強くなって来た。甲斐の左耳が熱くなる。と、同時に強羅が「来たぞ」と呟いた。


「真奈美今地獄に状態って何?」

  以前の燃え盛る怨念は無く、可愛らしい女の子が左側の林から現れた。ただ悪霊である証拠に、体全体を覆う、薄透明の赤い小さな怨念の炎は残っている。何か真奈美の心境の変化を感じ、嫌な予感がぎる強羅。

「ちょっと難しいかもしれないけど、地獄に行くんではなく、魂が地獄にんだ。簡単に言うと、心が地獄の様に憎しみや苦しみで満たされて、それ以外考えられなくなる、みたいな事だよ」

  沈黙が続く中、そよ風が3人を包む。

「ふ~ん···」

  あまり理解した様な返事では無いなと思う強羅。しかし、真奈美の顔がみるみる悲しい表情になり、とうとう大粒の涙を流して泣き出してしまった。

「···母さんを···助けて···」

  悲痛な叫びは、2人の耳には届かなかった。
  甲斐には真奈美はうっすらしか見えていなかったが、周りにいた木々の精霊達が、木の影から心配そうに真奈美を覗いている。その視線で、真奈美の居る場所を見つめる甲斐。右前には真奈美の涙を見て、少したじろぐ強羅が居る。

「どうしたら地獄じゃなくなるの?こんなに離れてるのに、母さんの具合いが悪いのも私のせいなの···?」
「残念だけど、悪霊になってしまったらもう戻れないんだ。お祓いを受けて在るべき場所に帰るしか···」

  その時、真奈美は顔を上げて強羅の両目をじっと見つめた。その瞳を見て、昔出会ったある事を思い出す。

「そう言えば、司君はどこに居るの?」
「母さんと家に居る。今は遊びに出かけてる」

  心配そうな顔で見つめる甲斐と木々の精霊達。その視線を感じる強羅。脂汗を流し、強い悪霊の匂いに耐えながら続ける。

「司君も亡くなっているんだね」
「そうだよ」
「多分、真奈美ちゃんのせいでお母さんの体調が悪いんじゃなく、今は司君がそばに居るからだと思う。悪霊じゃなくても、死んだ人間がそばに居るとタイヤの空気漏れみたいに、少しづつ元気が無くなっていくんだよ」

  そんな、と唇だけが動いて驚き落胆する真奈美。それとは対照的に、何か閃いた明るい顔で話を続ける強羅。

「この町には不思議な桜の木があって、死者を安らかな心にしてくれるんだ。司君はきっと助かると思う」
「助かる?」
「あ、悪い。助かるってのは、無に消えるお祓いとは違って、風の世界へ行く···風に事が出来て、心が幸せな気持ちに満ち溢れるって事なんだ」
「苦しみから開放されるって事だよ」

  見えなくなって来た真奈美に声をかける甲斐。強羅も少し驚いた顔をする。

「どうすれば良いの?」
「それは、真奈美ちゃんが俺に祓われてくれるって約束してくれたら、教えるよ」

  何だか酷いなと思った甲斐は、表情が曇る。仕方のない事だと分かっていたので、余計な事は言わないでいた。悪霊は風の世界には行けない、風にはのだ。

  「分かった」

  そう言った真奈美の目は、全てを覚悟した力強い目になっていた。それを見た強羅は最後の力を振り絞り、真奈美に桜の木の秘密を教えた。

  辺りはいつの間にか日が沈み、薄暗く、街灯が付き始めていた。

  


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