カゼノセカイ

辛妖花

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3話

風と夜の狭間

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「あの、桜の木の話って本当なのか?」

  甲斐がいぶかしげに尋ねてきた。下を向いていた強羅は、甲斐の方を向き少し考え込んだ。
  あの後、陸斗の家に辿り着いた2人は、陸斗の両親に挨拶をして、空いてる部屋に通され一息ついていた。6畳くらいの和室に小さいテーブルと、その上にはお茶のペットボトルが2つ、部屋の隅には布団が2組置いてあった。
  陸斗は風呂に入っていて、まだ会っていない。

「多分···な。前にも言ったが、俺は夜の世界側しか感じ取れない性質だ。風の世界は見た事が無いから、確証が無い」
「だったら······、嘘ついたのか?」

  険しい顔の強羅に、まさかと思いながら聞く甲斐。時計の針の音が響いている。

「···嘘では無い。だから、それをお前が証明してくれないか?」
「は?どういう事だ?」

  口をへの字にして考え込んでいる強羅を、困惑した顔で見つめる甲斐。

「ん~、掻い摘んで話すと、この町には昔からずっと言い伝えられてきた昔話があって、山の中腹にあるデカい桜の木の下に、亡くなった人を埋葬すると、体は土に還り桜の木にめぐり、魂は風になって世界を廻る、って言われている。だから俺が勝手に風の世界って言ってる」
「なるほど、オレが言った苦しみからの解放も案外正解だったのか」

  ふむふむと1人納得している甲斐。おいおい、テキトーかよと呆気にとられてしまう強羅。しかし、甲斐らしいななどと思いながら短い溜息をつく。

「それで、お前に桜の木の精霊に会って、話しを聞いて欲しい。本当にそんな事が出来るのか」
「本当かどうか分かんない様な昔話をあの子にしたのか!?」

  段々と声を荒らげる甲斐に、人差し指を口の前で立てて静かにと合図を送る。落ち着く様促し、困り顔で話し出す。

「いや、何回か試した事があって···飼ってた猫とか死んでた鳥とかで。ただ人間は無いから···」
「なるほど、それで多分だったんだな」
「そういう事。で、明日は頼むぞ」

  分かったよと、笑顔で返事をする甲斐。疲れきった様子の強羅は、畳んで置いてある布団に横向きに倒れ込む。深いため息が出る。それを見た甲斐は鼻で笑う。
  と、突然ノックも無くドアが開いた。パジャマ姿の男の子だった。

「月彦兄ちゃん!何か分かった?」

  元気よく部屋に入って来た男の子は、強羅に勢いよく飛びついた。目をキラキラ輝かせて、驚いた顔の強羅を見つめる。

「陸斗、夕方頃来たばかりだよ。そんなにすぐは無理だよ」

  陸斗と呼ばれた男の子に、横向きになっていた上にのしかかられ、少しくぐもった声で答える強羅。それを微笑ましく見つめる甲斐。しかし、歳の頃は小学5年生と聞いていた甲斐は、司や真奈美と同じ歳かと感慨深かった。

「こんばんは。お邪魔してます!甲斐竜也たつやっていうんだ。よろしく」

  そう言って微笑みながら、右手を差し出す甲斐。強羅から降り、甲斐の手を恐る恐る握りしめる陸斗。

「よ、よろしくお願いします···」

  すごい金髪だね!と、陸斗は直ぐに甲斐とも打ち解けていった。
  そして、地図を開いた甲斐は、陸斗から聞いた男の子の幽霊が出た場所に印を付けていった。それを横目に、睡魔に襲われそのまま眠りにつく強羅。



  翌日、強羅と甲斐は陸斗を学校に見送った後、昔話にある山の中腹の桜の木を目指し、バイクを走らせていた。途中、陸斗が教えてくれた場所に寄って見ると、言っていた通りコンクリートの隙間につるはしが刺さったままになっていた。

「おお!凄いな!しかも、···抜けないぞ!」

  甲斐が力を入れて、思い切り引っ張るが抜けなかった。それを見た強羅は表情が曇り、焦りを見せる。

「···甲斐、これは急いだ方が良い」
「え?どういう事だ?」
「ただの幽霊はせいぜい物を一瞬動かす位しか出来ない。ここまでこの世に干渉出来るのは、悪霊位だ」
「な、じゃあ司君も悪霊になってるって事か!?」
「まだ匂いがしない。ただ、今は大丈夫だとしても、これから可能性が高いって事だ」

  やべーじゃん!と言いながらヘルメットを被り直し、バイクにまたがる甲斐。その後ろに強羅が乗ると、バイクは急発進して山の方へと走って行った。

  町中を越え、舗装が切れ砂利道になっている林道でバイクを降りる。砂利道から上は、徒歩で山の中腹に向かう。
  しばらく歩いて行くと、砂利道から獣道の様に草が生い茂り木々も密集し、薄暗くさえ感じる程鬱蒼うっそうとしてきた。
  そこから直ぐに視界が開け、原っぱの真ん中にポツンと大きな桜の木がある。満開の桜は、そよ風に揺られ、陽の光に輝いている様に見えた。
  少々息を切らしている強羅を横目に、桜の木に近付きながら言う甲斐。

「これがその昔話に出てくる桜か~。すげー綺麗だな」
「そうだな。ところで、精霊は見えるか?」

  強羅もとても美しい桜に感動したが、今はそれどころでは無い。甲斐の顔を覗き込む。そんな強羅には見向きもせず、桜の木に近付く。
  すると、その木の影から白く長い髪で、白色の着物姿の女性が現れた。

「あれが、精霊?」
「何か見えたのか?」
「ああ、···でも、今まで見た事ないよ。人間と同じサイズの精霊なんて···。人間じゃないの?」
「なら俺も見えてるはずだろ」

  狼狽うろたえる甲斐の肩を叩きながら言う強羅。そうかと納得する甲斐。
  それを見ていた桜の木の精霊が微笑みながら、陽の光の下に出てきた。

「おや、強羅の坊ちゃんが珍しい者を連れて来たねェ」

  甲斐には、あまり聞き馴染みの無い訛りで喋る桜の精霊。それよりも、強羅の名を口にした事が気になった。

「こんにちは、オレは甲斐。強羅の事知ってるのか!?」
「えェ、まだほんの小さい時に。ふふ、そんな事を聞きに来たのかェ?」

  くすくす笑われ、恥ずかしくなる甲斐。横から物凄い圧力の視線を感じるが、そちらは見ずに話を続けた。

「あの、聞きたい事があるんですが···」
「どうぞ」
「ここの町に伝わる昔話で、桜の木の下に亡くなった人を埋めると、風の世界へ行けるっていうのは本当ですか?」

  ニヤニヤと笑いながら甲斐を見ている桜の精霊は、袖を掴んだ手で口元を隠しながら言う。

「風の世界ねェ。強羅は面白い事を言う奴さ」
「だから、行くんじゃなくて、んだよ。風に

  桜の精霊と強羅が同時に喋り出した。

「わっかんね!」
「だから、風の世界ってのは、精霊や幽霊とかが事の名前で付けただけだよ。あ~だから、そのまま言うなら、風の世界から風自体にって事」

  桜の精霊と同時に喋り出したとは知らず、自分の言葉を理解して無いと思い、説明をする強羅。
  それを見ていた桜の精霊は、更にくすくすと笑っている。顔が赤くなる甲斐は慌てて訂正する。

「いやいや、分かった!オレが言い間違えたよ。ってか、2人同時に話し出したら分からんだろうが!」

  顔を赤くして怒っている甲斐の言葉に目を丸くする強羅。そんな2人を大笑いしている桜の精霊。風が強く吹き、桜の花を揺らし数枚の花弁はなびらが舞う。

「まあ、おおむねあっているよ。但し、にえが必要さ。私も力が必要だからねェ」
「にえ?強羅!にえが無いと、風にはなれないって···、桜の精霊も力が必要だって。っていうかにえって何だ!?」

  甲斐は、桜の精霊の前と強羅の前を行ったり来たりした。その右往左往する様を見てまたくすくす笑う桜の精霊。

「落ち着け甲斐。神に捧げる供物くもつの事だよ。お供え物。生け贄じゃないからな!」
「何だ、そうか。なるほど」

  贄として何が必要か聞けよ、と急かされる甲斐。ずっと笑っている桜の精霊に向き直りまた聞く。

「簡単に言うと、はくだ」
「はく~?」

  また素っ頓狂な声を出す甲斐。おでこに手の平を打ち付けて下を向き、やれやれと言った表情を浮かべる強羅。

「多分、魂魄こんぱくの魄の事だろ。魂は心を司る気の名前で、魄は体を司る気の名前だ···って事は、死体が必要だってか!?」
「えぇーー!!」

  オホホと今までで1番大きな笑い声を上げながら、袖を掴んだ手で目からはみ出した涙を拭う。こんな愉快な漫才を見たのは初めてだと、また泣き笑いしている桜の精霊。何でだよと言いながら頬を膨らませている甲斐。まだ眉間に皺を寄せてたじろぐ強羅。

「やれやれ、本当に面白い事を言う奴ねェ。甲斐とやら、強羅にはこう言うと良い。体は無くとも魄を持つ者は?と」

  全く分からなかったが、そのまま強羅に言う。と、強羅はハッとして、何かに気付いた様だ。慌てて来た道にきびすを返して走り出した。
  訳も分からず、桜の精霊に挨拶もそこそこに、走り去って行く強羅を追いかける甲斐。



  理由の説明も無く、2人を乗せたバイクは陽子の家の近くにある林に着いた。昨日、真奈美が居た場所だ。強羅がバイクから降り、ヘルメットを置き、2・3歩前に出る。

「真奈美ちゃん!居るんだろ!出てきてくれ。司君が危ないんだ!」

  そう叫ぶ強羅。それを不安そうに見つめる甲斐。

「···どういう事?」

  甲斐は背中全体が熱くなるのを感じ、咄嗟に振り向いた。そこには怒りで燃え上がる様な赤い気の流れをまとう真奈美が居た。
  それと同時に、強羅も怨念の匂いを感じ振り返る。

「真奈美ちゃん、そこに居るんだね。やっぱり司君が原因でお母さんの具合いが悪い様なんだ。司君が悪霊になりかけてきている。あまりこの世に留まりすぎると危険だ。お母さんを傷つける前に俺が祓うか、桜の木に頼んで風になるか···どうする!?」


  口早にそう問い掛ける強羅の表情は、苦悶に満ちていた。真奈美もまた苦渋の選択を強いられ、悲しい表情を浮かべる。泣きながら真奈美が言う。

「分かった···、どうしたら司は悪霊にならなくて済むの?」

  甲斐がそれを強羅に伝える。それを聞いた強羅は、良し、と声を上げ安堵し、真奈美にこう告げる。

「体は土に還り桜の木にめぐり、魂は風になって世界を廻る。真奈美ちゃんが司君を連れて、桜の木に行き、真奈美ちゃんが桜の木に触れれば、それが桜の木を廻り、司君が風になれる筈だ」

  急いだ方が良いと、念を押す強羅は必死だった。大人からの理不尽な暴力で命を落とした上に、大好きな母親にまで不幸が訪れるなんて、考えるだけで悔しく辛い。そんな情が深い強羅に甲斐も幾度となく助けられたな、等と強羅を見つめて思う。
  返事もそこそこに、真奈美は甲斐と強羅の横を通り過ぎ、反対側の林へと消えていった。




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