カゼノセカイ

辛妖花

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3話

強羅のセカイ

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  山林を背に、大きな県の海側の田舎町に、小さな事務所を構える30代前半の男がいた。黒髪の顔色が悪いが端正な顔立ちのその男は、机の上にある沢山の資料に硬い視線を向ける。

強羅ごうら、次は何だ?随分書類まみれだけど?」

  金髪で短髪の、肌が焼けて健康的な背の高い20代後半の男が、のっそりと部屋へ入って来て言った。強羅と呼ばれた男は、不機嫌そうな顔で一瞥いちべつしただけで、また資料に目をやる。

「甲斐、少しはニュースを見ろよ。次の依頼は花城さんからで、今連続してる容疑者の謎の死の解明だよ」
「ああ、児童虐待の容疑者が拘留中とかに死んでたやつか」

  甲斐と呼ばれた金髪の男は、あっけらかんとそう言った。

「じゃあとりあえず、資料見てたって分かんないから、現場行こうぜ」

  げんなりした顔で甲斐を見る強羅。手にしていた資料を乱暴に鞄の中に仕舞いながら言う。

「はいはい、バカに色々言っても無駄そうだから行きますよ」

  関連性が有るかとか、特徴が無いかとか色々調べて対処方が見つかったりするのに、とかぶつぶつ呟きながら甲斐の前を歩き、事務所を後にする。片方の口の端を上げて、その後をついて行く甲斐。事務所の扉がパタンと閉まる。そこには「強羅探偵事務所」と書かれていた。



  強羅と甲斐はこの県の中心部の大きな街に、黒いバイクに2人乗りで来ていた。大きなビルが立ち並ぶ中に小さな交番所があり、そこにバイクを止める。それを運転していた甲斐は、裏にある専用の駐車場にバイクを止めに行く。そして、2人はその小さな交番所に入って行った。

「初めまして、強羅探偵事務所の強羅です。花城さんから連絡はきていますか?」
「花城さん?からですか?」

  正面の受付にいた若い警察官の男は、不思議そうな顔で聞き返してきた。しかし、ハッと何かに気付いた様で、慌てて2人に待つように言って隣の部屋に声をかける。中から体格の良い警察官の男が愛想良く出てきて言う。

「花城刑事から連絡もらってるよ。もう片付けて何も無いけど、こっちの部屋がそうだよ」
「失礼します」
「ども···」

  案内された部屋に入ると、強羅が顔をしかめ、口元を右腕で覆い隠した。それを見た甲斐が心配そうに言う。

「匂うのか?」
「ああ、かなり···な」

  そうか、とため息混じりに言う甲斐。強羅が悪霊の匂いを感じる特殊な能力を持つのを、ずっと不憫に思っていた。何故なら、悪霊の力が強い程匂いも強く感じ、そのせいで食事もままならない時があるからだ。しかし、その特殊な能力が無いと、この「悪霊の払い屋」なんて仕事は出来ないな、等と考えていた。
  すると、肩を強く2回強羅に指でつつかれる。

「次行くぞ」
「ああ、大丈夫なのか?」

  そう聞いた甲斐に、強羅は眉間に皺を寄せて怒りを抑えて言う。

「お前が現場に行かなきゃ分からないとか言ったんだろう」
「あは、そうだったな」

  警察官の男2人に挨拶をして、裏の駐車場のバイクに向かう。強羅がスマートフォンを取り出して、画面に映る花城さんの表示に触れる。次の変死事件の現場に向かう為の連絡であった。

「この近くで、まだ情報公開されてない現場がある様だから、先にこっちに行こう」
「おう。って事は残留してる匂いも追えるかもな」
「ああ、そういう事だ。何だ、たまには頭使えるじゃないか」
「うるせえな」

  笑いながら甲斐をからかう強羅。甲斐も笑いながら強羅を肘で小突く。
  しかしその笑顔も一変し、真剣な顔つきになった2人は赤と黒のヘルメットを被りバイクに乗る。そして、大きな音を残し、走り去って行く。


  着いたのは、警察の護送車が止められている場所だった。右側から声がかかる。

「おー!強羅、早いな。こっちだこっち」
「花城さん。直接居ると言う事は、発生したばかりでまだ捜査中ですか?」
「ああ、昨日の14時頃にな、容疑者を乗せて護送車で地検に向かう途中、トレーラーと正面衝突事故を起こして、容疑者は即死だった」
「また虐待容疑の、ですか?」

  そう花城を覗き込んで聞く強羅。頷く花城。それを見ている甲斐は、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「しかし、妙なんだ。頭部を強打して亡くなったんだが、同乗していた奴が、容疑者が頭を何回も護送車のドアに打ち付けているのを見たと言うんだよ」

  困った顔で腕を組み、首を傾げる花城。

「自殺···?」
「じゃ無いって言う花城さんの勘があったから、俺達を呼んだんでしょう」

  甲斐の言葉に被せて、強羅が自信満々で言う。はははと豪快な声で笑う花城。

「まあ、とりあえず見てくれよ」

  そう花城に案内されたのは、中破した護送車の前だった。すかさず強羅が凄い形相で、口元を右腕で覆い隠し後退りする。

「大丈夫か?」

  心配して、眉毛を八の字にして聞く甲斐。近づいてきた甲斐の手をうっとおしそうに払い、言う強羅。

「いつもの事だ。いちいち心配するな」
「···そうか、まあそうだな。で、追えそうか?」
「いや、駄目だ。溜まっているだけで、匂いの帯は無い」

  強羅いわく、悪霊が悪意を持って移動する時、それが匂いの帯の様に白くもやのように繋がっているのだそう。いつもはそれをたどれば、元凶の悪霊にたどり着くのだが、どうやら今回は強敵らしい。そう思っていた甲斐の肩を、2回指でつつく強羅。

「夜まで待つ。その間はお前の出番だ甲斐」
「はいはい」

  花城への挨拶もそこそこに、バイクにまたがり何処かへ去って行く2人。花城はそれを見送り、自分の車に乗り込む。
  晴れ渡る空には、飛行機雲が一筋描かれていた。




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