ツクモ!〜俺以外は剣とか魔法とかツクモとかいう異能力で戦ってるけど、それでも拳で戦う〜

コガイ

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第三章 森の中の医者

診断結果

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 日が沈み、一日の終わりを告げる夕暮れ時、周りは赤で染まり、まるで火で焼けたかのようだ。
 そんな時間に、ようやく噂の医者を連れ帰ることができたルディア、カリューオン、そして善明。彼らはリルの待つ家へと帰る。
 騒々しい街から一転、メティスの黒孔を通ると、森の中の静かな一軒家。帰ってきたという安心感が彼らを包む。

「ほう、ここがあの……ずいぶん質素というか、田舎くさいというか」

 医者であるマリソンが家について早々に口にした言葉がそれだった。

「田舎くさくて悪かったわね」

 ルディアはムッと眉を潜める。

「そうカッカすんな。私も農村出身でな。ただ懐かしくなっただけだ」

 それに対し、マリソンは悪気はなかったかのように、その強面の表情を崩し、笑ってみせる。

「……そう、なら気にしないわ。
 ついてきて。部屋に案内するから」
「ああ……その前にちょっと待ってくれ」

 しかし、その笑顔はしかめっ面に戻る。

「なに?」
「誰かタバコ持ってないか? 今頃なんだが、最後に吸ってからかなり間が開いてんだ。
 イライラして仕方ねぇ」

 医者であるはずの彼女はタバコを求め、全員を見渡す。

「アナタ、医者よね? タバコは百害あって一利なしと言われてるけど?」
「それとこれとは別だ。おい、そこの賢者さんよ。お前なら、そういう嗜好品を溜め込んでんじゃねぇのか?」
「残念ながら、私の嗜好にタバコはありませんわ」
「ちっ、じゃあ、そこの犬耳」
「私もだ。メティス様の使い魔として、そういう物に頼ってはいない」
「誰も持ってねぇのか。ちっ、しゃあねぇ」

 目星をつけた人は誰も持ってないとわかり、彼女は余計にイライラしだし、足を揺らす。
 禁断症状でも出てきたのだろうか。

「落ち着かねけど、診察するか。病人の所へさっさと連れて行け」
「その状態でするつもり?」
「安心しろ。正確にやってやる」

 その言葉に信じられないルディアだったが、ここでタバコを用意する気も、時間もなく、連れて行くしかないと判断する。

「はぁ……ちゃんとやってよね。こっちよ」

 溜息をつきながらも、彼女はマリソンと共にリルの部屋へと移動する。もちろん他の三人もその後をついて行く。

「そこのベッドに寝ている彼よ」
「聞いたところによると筋肉痛が三日間続いてるって話だったな」
「……お前が、医者か?」

 寝ていなかったリルは首だけを動かし、医者であるマリソンをなんとか視界に入れる。

「ああ、ワタシがお前を診てやる医者、マリソンだ。お前は確か……リルーフだったな」
「そうだ」
「応答はできる、か。
 とりあえず診察にあたってだが、一人は残って他は全員部屋を出てくれ。はっきり言って人数が多いと邪魔だからな」
「なら、私が残りましょう」

 メティスが一歩前にでる。

「アンタ、ずいぶんと彼に熱心ね」
「あら、いけませんか? 彼に期待しているということですよ」
「数日前は、あれだけ目の上のタンコブのように、厄介がってたのにね。まあ、いいわ。よろしくね」
「はいはい」
「イーサン、でるわよ」
「……あ、俺のことか。分かった」

 メティスとマリソンを残し、ルディア達は部屋の外にでて、リビングへと移動する。

「診断の結果が出るまで待つだけか……」

 そして、イーサン達にできる事は待つしかないと思われる。だが、ルディアはそう思っていないようで、溜息をしながら頭を振る。

「アンタねぇ、そんな呑気にしてる場合じゃないのよ」
「どうしてだ?」

 きょとんとした顔で、イーサンは無自覚に見つめ返す。

「リルがなんでメティスに追いかけられてたか、覚えてる?」
「え? ええっと、なんか素性不明で、大きな力を持っているからって……」
「で、アンタ、森の中で何やった?」
「ええっと……分からない」
「分からないって、あんだけ山火事を起こしといて、それだけで済むと思ってるの?」
「だって! 本当に分からないんだもん!」

 まるで駄々っ子のように手足をバタバタさせるイーサン。しかし、それを許すルディアではなかった。

「まあまあ、そう怒るなルディア」

 しかし、その二人の間に割って入るカリューオン。

「メティス様も大方察しているはずだ。しかし、あの方は今なお黙認しておられる。
 彼の一件のように警戒しているなら、すでに行動に出ているはずだからな」
「……そう、かもね」

 カリューオンのフォローにより、とりあえずは怒りを収めるルディア。しかし、彼女の懸念は続いたままのようで、難しい表情となっている。

「けど、イーサン。あの力についてはちゃんと話してもらうわよ。なんで隠し持ってたかについてね」
「いや、そう言われてもなぁ……隠し持ってたわけじゃなくて、いつの間にか持ってたんだよ。
 なんか、変な男に渡されたらしくて、気づいたら剣が変わってて、ムラクモってやつが……」
「ムラクモ? それって……」
「おう、俺のことだ!」

 イーサンの背中に背負われた剣、それが霊と共にガチャガチャと動く。

「アンタ、まさかツクモを手に入れたの?」
「おう、嬢ちゃんの言う通りだ! 俺はこいつのツクモなんだぜ!」
「え、これがツクモなのか!?」

 本人自身はどうやら気付いてなかったようで、驚きの声を上げ、目を見開く。

「どう見てもツクモでしょ。霊のような姿、それが剣の周りを漂う。ツクモの特徴そのものよ。
 ただ、数時間しか持ってない剣にツクモが宿るのはどうかと思うわね」
「そう言われても……なんか、急に変な男が現れたと思ったら、力をくれるって言い出して、気がついたら、ツクモ? がついてたんだ」

 イーサンは頭の後ろをかきながら呑気に話す。しかし、ルディアはそれをいぶかしむような目で見る。

「そんな上手い話があるわけ……」
「しかし、実際に起きている。理由は分からんが、それを容認するしかないだろう。
 ルディア、君も感じているだろう? 今までのイーサンからは考えられないほどの、気迫が放たれている」
「確かに……」

 『へ?』と言わんばかりのイーサンの無自覚な顔。その身から放たれているのは、魔力という名の威圧感だ。

「その剣、ちょっと見せてもらっても良い?」
「良いけど……はい」

 ルディアに言われて、イーサンは背中から剣を引き抜き、彼女たちに見せる。

「……やっぱり。森に入る前とは全然違う形になってるわね。
 刀身も違うし、そもそも基本構造すらも変わってるような……」
「初心者用に、と渡した物が片手剣にしては異様な大きさまでになっている。それをイーサン、君は片手で振り回していたな」
「いや、重さとかはそのままだと思うけど。というか、ツクモが宿ったら武器の形って変化する物じゃないのか?」
「そんなことないわ」

 その証拠に、と言わんばかりにルディアは腰の短剣を彼に見せる。
 イーサンの剣とは違いシンプルで装飾のないそれは、だからこそ無駄のない洗練さを感じさせる。

「なんか……普通だな」
「だからこそ使いやすいのよ。私はこれを五年間使ってきた。ツクモが宿り始めたのは三年ぐらい使ってから。
 普通はそれぐらいの時間をかけないとツクモは宿らない。その間にも武器が壊れたりするかもしれないから、整備をしたりして、扱いにも十分注意した。そうしてできたからこそ、努力の結晶とも呼べる」

 それを語るルディアの姿はどこか過去を懐かしんでいるようにも見える。
 研鑽を積み重ね、その果てに生まれし物、それがツクモだ。

「とは言ってもなぁ……なんとなくで、できたんだし」

 けれども、彼はそれをあっさりと否定するような言葉を放つ。

「……いいわ。とにかく、その力に振り回されないようにね。
 何に使うかはアンタの勝手だけど、もし……」

 ルディアが何か言いかけた時、廊下からアリアナが出てくる。

「お前ら、あいつの診察が終わったぞ」
「意外に早かったな」
「まあな。それで、あいつの症状なんだが……筋肉痛だ」

 その瞬間、風の音が聞こえてくるぐらい、シンッと静まり返る。

「え、ちょ、アンタ、本気で言ってる?」
「ああ、普通の筋肉痛よりもひどいだけだ。
 お前ら、なんか心当たりがあるか? 普段とは桁違いな動きをしてた、とか」
「あるといえば……あるけど」
「なら、それが原因だろ。
 筋肉痛ってのは、今までよりも激しい動きをして筋肉が壊れてるから起こり、それが治るまでの時間は、どれだけ激しい動きをしたかによる。
 三日も掛かったのはそれだけあいつが無茶な動きをしたからだ」

 あれだけ森の中で苦労をした結果、分かった事は以前と変わらないまま。
 それゆえに、ルディアとイーサンは肩をガックシと落とす。骨折り損のくたびれもうけだ、と。

「なんだよそれ~……。結局、おんなじことじゃないか」
「しょうがないわよ……。こういう事もある。割り切っていくしかないわ」
「ちっ、勝手に期待して、勝手に落ち込みやがって。
 安心しやがれ。明日には動けるように治療は施しといた。他の医者には真似できん医療魔法でな」
「貴女、そんなのが使えたの?」
「まあな。そういう事だから、ガッカリすんな」

 振り出しに戻ったわけではない。そう分かったところで、どんよりとした雰囲気は少しだけ明るくなる。

「まあ、貴方には礼を言わないとね。ありがとう」
「……医者として当然の事をしただけだ」

 少し照れくさいのか、目を逸らすマリソン。その声色もどこか優しくなる。

「さて、メティスはまだ部屋にいる?」
「あ? ああ」
「そう。ちょっと私は用事があるから」

 そう言って、ルディアは廊下へと向かう。その言い草からメティスと話があるのだろう。

「……あいつ、何故」

 そして、マリソンは先ほどの診察に疑問を持っていた。小声で誰も聞こえない声でつぶやく。

「何故、あいつは嘘をつけと言い出したんだ?」

 ーーーーー

 場所は変わり、ルディア家の裏。
 そこにはルディアと彼女に連れられて来たメティスがいた。
 前は村長との対談が行われていたが……

「こんなところに呼び出して……告白かしら?」
「ふざけないで。こっちは真剣なのよ」

 ルディアの声色は重く、これ以上の冗談は許さないと、言わんばかりのものだ。

「単刀直入に聞くわ。私の兄はどこへ行ったの?」
「そんな人いないわ」
「嘘をつかないで!」

 周りを震わせるような怒声。それはリルに浴びせた物と似ていた。

「私の肉親は、もう兄さんしかいない。
 その兄さんが何処へ行ったか、それを知っているのでは貴女のはずよ」
「……前にも言ったけれど、もう一度言うわ。
 アナタに兄はいない。それはただの記憶違いよ」

 その話の何が真実なのかは判断しかねる。
 だが、もし他に人がいたなら、ルディアが正しいと思うだろう。
 そこまでして、追い求める人物が幻想とは思えないのだから。

「兄さんはいないって言い張るのね。
 良いわ。私は明日、わ。兄さんを探しにね」
「そう……私はいないと言ったわよ」
「居場所は教えてくれないのね」

 ルディアは少し寂しそうな顔をする。期待していた答えを聞けなかったからだろう。

「リルやイーサンはどうするのかしら?」
「リルは……多分、私と行くことになる。彼が本当に記憶を取り戻すつもりならね。
 イーサンはアンタに任せる。彼は別世界の人だから、アンタなら帰る方法を見つけてくれるでしょ?」
「あらあら、私、また殺そうとするかもしれませんわよ?」

 わざとらしい言い方で挑発するメティス。しかし、ルディアはそれを流す。

「カリュが言ってたわ。もしそうならとっくに行動してるって」
「もう、勘のいい子も考え物ね」

 困ったような顔をするが、その次にはその猫被りを止め、真剣な表情をするメティス。
 それはルディアの想いに応えるかのようだ。

「ルディア……行くのね」
「ええ。これはもう決めたことなの。アンタが言ったことが嘘でも本当でも、私はこの村を離れなければならない」

 覚悟を決めた様子。これにメティスは止める言葉などなかった。

「……せめて、これだけは言わせて。私には何もできないけれど、」

 しかし、代わりに彼女はまるで母親のように優しく、語りかける。

「——アナタの旅路が良き物となるよう、祈っています」
「……ええ、ありがとう」

 この会話が何を意味するのか。
 その一部は、すぐわかるようになる。
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