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(十)
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「やれやれ。強引な奴じゃな」
「ごめん。ごめん。竜胆の反応が楽しくて、ついね。しっかし、お頭も罪なことをするよね。あんな可愛らしく見えるように育てちゃうんだからさ」
「育てる? なんじゃ、父上が自ら竜胆に指導しておったのか? 珍しいこともあったものじゃのう」
一夜の長である幻之丞の役目は、一夜の里の忍び衆の統括。さらには忍び衆の代表として、主君と接することが役目。
里の若衆に指導する者は他にいる。
竜胆のことをそうとう気に入っていたということだろうかと、千之助は首を捻る。
確かに、これまで垣間見た実力の一端を考えれば、幻之丞が自ら育てたくなってもおかしくはない。
「ああ。いいの、いいの。気にしなさんな。そんなことより大事な話をしよう」
「大事な話……おお、此度の敵のことじゃな。まったく、この霧も精汁とは。敵は面妖な術を使いおる」
「まあ、おかしな術だってのは同意見だけど、もっと大事な話。千之助様の嫁取り」
彼が嫌そうに顔をしかめる。
「なんじゃ、本当にそんな話が持ち上がっておるのか」
「里でそういう噂になっていただけ。あたいたち、若い女衆の中では優秀だからね。お頭が千之助様を次の長に据えたがっているのはみんな知ってる。だから今回の仕事は嫁取りも兼ねているんじゃないかって」
千之助の顔がさらに歪む。
「噂でも迷惑な話じゃ。わしにはそんな心づもりなどないというに」
「まあ、そう嫌な顔しないでさ。話を聞いてよ。今回の任務が成功した時の千之助様の褒美を、期限付きから永遠にする方法なんだからさ」
「な、なんだと! そんなことができるのか!」
身を乗り出し、牡丹の肩を掴む。
「ちょっと落ち着いてよ。あたいはか弱い乙女なんだからさ」
千之助の手を簡単に振り払い、得意げな顔をして見せる。
「方法は簡単。あたいを嫁にすればいい」
「お主を嫁に?」
期待に満ちていた千之助が、またもや顔をしかめ、胡散臭げに牡丹の顔を見やる。
「なぜそんなことが、拙者の自由につながる?」
牡丹が胸を張り、自慢げに語りだす。
「あたいが嫁になれば、千之助様の旅には、嫁の権利としてあたいがお目付け役を買って出る。千之助様は今までずっと寝ていたんだから、飯とか銭とか、どうしたらいいかわからないだろう?」
「うむ。それは否定できん」
仮に忍びをやめることができたとして、自由の身になっても今の千之助には生きる術はない。
「そこで、あたいが生き方を仕込んであげる。代わりに千之助様はあたいに……」
にんまりと笑って言葉をきる。
仕方なく、千之助が問う。
「わしがお前に?」
「子種を仕込む」
思わず千之助は吹き出した。
「じょ、冗談はよせ」
「冗談なもんか。この子供が、千之助様が一夜衆から解放されるかどうかの鍵を握っているんだよ」
「どういうことだ?」
敵のことはそっちのけで、牡丹の話にくいついていく。
「お頭は自分の血を継ぐ者を跡継ぎにしたい。だったら、千之助様以外にもいればいいんだよ。お頭の血を引いてる子供がさ。あたいが子供を、……できれば男が最高だけど、まあ、過去に女の首領もいたらしいから、女でもなんとかなるかな。とにかく、あたいが無事に子供を産んだら、そのまま行方をくらましちまえばいいんだ。代わりがいれば、お頭だってわざわざ探したりはしないさ」
自信ありげに彼女はいう。
だが千之助は、いささか考えが甘いように感じる。
なぜなら、彼には夢神楽の術があった。
あの忍び第一主義の父が、他に誰も使えぬ夢神楽の術を持つ千之助を、簡単に手放すだろうか?
今回の一件で、夢神楽の新たな利用価値を見いだした可能性もある。
知見の旅の監視の目も緩いものではないはずだ。二重三重に監視をつけるのが、彼の知る父である。
「夢神楽の術を使う才能だって、受け継がれるかもしれないしさ」
話しに乗ってこない千之助を見て、なにを危惧しているか気づいたのだろう。少し慌てたように言葉を付け足しす。しかしながらその言葉はいささか的外れではあるまいか?
夢神楽を使えるようになったのは、彼の才能によるものばかりではない。
それもあったのは確かだろうが、一番の要因は、自身の生まれに対する絶望だったと千之助は考えている。その絶望に心が押しつぶされないように、現実逃避というかたちで、夢神楽の術を身につけることができたのだと、彼は結論付けていた。
「ごめん。ごめん。竜胆の反応が楽しくて、ついね。しっかし、お頭も罪なことをするよね。あんな可愛らしく見えるように育てちゃうんだからさ」
「育てる? なんじゃ、父上が自ら竜胆に指導しておったのか? 珍しいこともあったものじゃのう」
一夜の長である幻之丞の役目は、一夜の里の忍び衆の統括。さらには忍び衆の代表として、主君と接することが役目。
里の若衆に指導する者は他にいる。
竜胆のことをそうとう気に入っていたということだろうかと、千之助は首を捻る。
確かに、これまで垣間見た実力の一端を考えれば、幻之丞が自ら育てたくなってもおかしくはない。
「ああ。いいの、いいの。気にしなさんな。そんなことより大事な話をしよう」
「大事な話……おお、此度の敵のことじゃな。まったく、この霧も精汁とは。敵は面妖な術を使いおる」
「まあ、おかしな術だってのは同意見だけど、もっと大事な話。千之助様の嫁取り」
彼が嫌そうに顔をしかめる。
「なんじゃ、本当にそんな話が持ち上がっておるのか」
「里でそういう噂になっていただけ。あたいたち、若い女衆の中では優秀だからね。お頭が千之助様を次の長に据えたがっているのはみんな知ってる。だから今回の仕事は嫁取りも兼ねているんじゃないかって」
千之助の顔がさらに歪む。
「噂でも迷惑な話じゃ。わしにはそんな心づもりなどないというに」
「まあ、そう嫌な顔しないでさ。話を聞いてよ。今回の任務が成功した時の千之助様の褒美を、期限付きから永遠にする方法なんだからさ」
「な、なんだと! そんなことができるのか!」
身を乗り出し、牡丹の肩を掴む。
「ちょっと落ち着いてよ。あたいはか弱い乙女なんだからさ」
千之助の手を簡単に振り払い、得意げな顔をして見せる。
「方法は簡単。あたいを嫁にすればいい」
「お主を嫁に?」
期待に満ちていた千之助が、またもや顔をしかめ、胡散臭げに牡丹の顔を見やる。
「なぜそんなことが、拙者の自由につながる?」
牡丹が胸を張り、自慢げに語りだす。
「あたいが嫁になれば、千之助様の旅には、嫁の権利としてあたいがお目付け役を買って出る。千之助様は今までずっと寝ていたんだから、飯とか銭とか、どうしたらいいかわからないだろう?」
「うむ。それは否定できん」
仮に忍びをやめることができたとして、自由の身になっても今の千之助には生きる術はない。
「そこで、あたいが生き方を仕込んであげる。代わりに千之助様はあたいに……」
にんまりと笑って言葉をきる。
仕方なく、千之助が問う。
「わしがお前に?」
「子種を仕込む」
思わず千之助は吹き出した。
「じょ、冗談はよせ」
「冗談なもんか。この子供が、千之助様が一夜衆から解放されるかどうかの鍵を握っているんだよ」
「どういうことだ?」
敵のことはそっちのけで、牡丹の話にくいついていく。
「お頭は自分の血を継ぐ者を跡継ぎにしたい。だったら、千之助様以外にもいればいいんだよ。お頭の血を引いてる子供がさ。あたいが子供を、……できれば男が最高だけど、まあ、過去に女の首領もいたらしいから、女でもなんとかなるかな。とにかく、あたいが無事に子供を産んだら、そのまま行方をくらましちまえばいいんだ。代わりがいれば、お頭だってわざわざ探したりはしないさ」
自信ありげに彼女はいう。
だが千之助は、いささか考えが甘いように感じる。
なぜなら、彼には夢神楽の術があった。
あの忍び第一主義の父が、他に誰も使えぬ夢神楽の術を持つ千之助を、簡単に手放すだろうか?
今回の一件で、夢神楽の新たな利用価値を見いだした可能性もある。
知見の旅の監視の目も緩いものではないはずだ。二重三重に監視をつけるのが、彼の知る父である。
「夢神楽の術を使う才能だって、受け継がれるかもしれないしさ」
話しに乗ってこない千之助を見て、なにを危惧しているか気づいたのだろう。少し慌てたように言葉を付け足しす。しかしながらその言葉はいささか的外れではあるまいか?
夢神楽を使えるようになったのは、彼の才能によるものばかりではない。
それもあったのは確かだろうが、一番の要因は、自身の生まれに対する絶望だったと千之助は考えている。その絶望に心が押しつぶされないように、現実逃避というかたちで、夢神楽の術を身につけることができたのだと、彼は結論付けていた。
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