精成忍夢

地辻夜行

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(六)

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「すでに同じ騒ぎが五件も起きていること、皆様もお聞き及びでございましょう。姫に同じことが起きれば、あなた様が腹を斬ったところで、問題は済みませぬぞ」
「だ、黙れ。まだ姫様が、かの者たちと同じと決まったわけではないわ」
「同じでないとも決まっておりませぬ。もし姫様が正気を取り戻されたおり、ご自身が懐妊されているとお知りになられたれら、あなたはいったいどのように申し開きなされるおつもりか」

 幻之丞と警護役の問答を聞きながら、千之助は騒動とは無縁のように寝息を立てている姫の寝顔を見つめた。
 羨望すら抱いてしまう、穢れを知らない可憐な顔立ち。今年で十五になると聞いている。
 寝てばかりであった彼は国内外の情勢に詳しくはないが、それでも強国ではないこの国が盤石でないことは知っていた。姫の歳であれば、国が生き残るために、すでに嫁ぎ先が決まっていてもおかしくない。
 生まれながらに自身の生き方を決められてしまっていることに関して言えば、忍びも姫も似た者同士。 
 ただでさえままならぬ人生を歩む娘が、なんの目的かは知らないが、誰かにいいように利用され、相手のわからぬ子供を孕ませられる。
 家臣としてでも忍びとしてでもなく、人として、それは憐れに思う。
 まだ間に合うならば、なんとか身籠ることだけでも防いでやりたい。

「ここに殿の許可状がありまする。これ以上邪魔立てすることは、殿のご意向に逆らうことになりますぞ」

 幻之丞が懐より一巻の書簡を取り出すと、警護役が「ぐう」とうめき声をあげて引き下がった。
 そんなものがあるのならば、最初から出せばすぐに済んだものを、まず理を説くことで、自分たちの正当性を主張しようというのは、実に父らしい。
 幻之丞が彼を振り返り、始めよと顎で指図する。
 千之助の細くなった指が、姫の額に触れた。姫の呼吸。命の鳴動が伝わってくる。夢を見ていた。彼にはわかる。
 夢神楽の術。やるなら今。
 姫の寝息に自分の呼吸を合わせていく。
 幾ばくもしないうちに、千之助の目に映る風景が変わった。城の一室から、瞬時に一面花畑の世界へと運ばれる。
 姫の夢の世界にうまく入り込めた。
 入った時点で、すぐに異変に気付く。
 夢の世界がはっきりしすぎていた。夢の世界は本来、本人の記憶のもとに造られている。であるから印象の強くない細部はぼやけている。そこを千之助の夢神楽の術で、はっきりした形に整えてやるのだが、今回はその必要がないほどしっかりとした世界だ。
 もしかして、すでに誰かがはいりこんでいるのかと周囲に注意を向けてみるが、そのような気配は感じない。もっとも、これまで他者の夢の中で、他の侵入者になど出会ったことはないので、実際に先に誰かが夢の世界にいると、どう感じるかはわからないのだが。今も夢の形がはっきりしていることを除けば違和感はない。
 これは名残りではないかと当たりをつける。何者かによって、何度も夢を補強された名残り。
 夢の風景を見ながら思案にふける。
 実体をもたないはずの夢が、術により血肉を与えられた。
 それは夢であるがゆえに、姫にとって都合のよいもので、血肉を持ったがゆえに、実体験として、たやすく信じる。
 術者は、そうして夢と現実の境界線をあやふやにしてみせたのではなかろうか? 
 夢神楽の術を繰り返し使えば、千之助にも同じことができるだろう。
 だが、それは相手をいかようにでも壊すことのできる鬼の所業。 
 背筋が寒くなる。
 術の使い方はもちろんだが、夢神楽の術の使い手が、他にもいたことが恐ろしかった。
 決して易しい術ではない。相手の眠りの波長を読み取り、それに合わせる才能。生まれた時から己を縛り付ける運命からの脱却を望む心。それらがあったからこそ彼は習得できた。
 この術者は、いったいいかなる業をもってこの術を得るにいたったのであろうか?
 大きく首を振った。
 今はそのことを考えるべき時ではない。
 今現在、ここにいないのであれば好都合。
 姫から事情を聞きだす、またとない好機。
 姫を見つけるため夢の奥へと歩みを進めた。
 たいして苦労もなく姫は見つかる。
 見つけた千之助は、口を阿呆みたいに開いたまま、その場に固まってしまう。
 姫は男と交合の真っ最中であったのだ。
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