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(四)
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半ば感心、半ば呆れた気持ちで、三人の姿が小さくなるのを見届けた千之助は、自分の前に一人残った竜胆に視線を移した。
小さい。だが、美しい。
まだ、成長しきっていないであろう体こそ貧相であったが、三人の中でも顔の造りは、一番美しいのではないかと彼は思う。
だが、その顔立ち以上に目を引くのは、喉にある傷痕。なにか杭のようなものを打ちこんだような大きな傷痕だ。今思えば、幻之丞に名前を呼ばれたときに返事をしていなかった。この傷のせいで、声を失っているのかもしれない。
彼女と目があう。
竜胆は恥ずかしげにはにかんだ笑みを見せながら、目を伏せる。とても愛らしい姿だった。
歳の離れた妹を見ているようで、微笑ましく感じた彼の手が自然に伸び、彼女の頭を優しくなでる。
すると竜胆が心地よさそうに目を細め、自分からも頭を押しつけるようにしてきた。千之助の頬が弛む。
「さて、竜胆。拙者はどうすればよいのだろうな?」
やはり口がきけないらしい彼女は、自身の頭を撫でる彼の手が離れると、名残惜しそうにしながらも先ほどから置かれている葛籠に歩み寄り、端をぽんぽんと叩く。
よく見てみれば、葛籠には背負うための紐が取りつけられていた。
「いや待て。まさか、拙者にそれの中に入れと申すのか? それをお主が背負うと?」
竜胆が我が意を得たりと、嬉しそうに何度も頷く。
「いやいやいや、それは無理であろう」
自身と彼女の体を見比べる。
竜胆の背丈は千之助の胸のあたりまでしかない。おまけにかなり痩せていた。
いくら彼がお菊の術で痩せたとはいえ、彼女にどうにかできるほど軽くなったとは思えない。
途方に暮れそうになった千之助の前から、竜胆の姿が忽然と消える。
驚いて瞬きをする間もなく、彼の体がふわりと浮く。
「お、おお!」
彼女が千之助の背後に回り、軽々と担ぎ上げたのである。
そのまま壊れ物を扱うように、丁寧に彼の体を葛籠の中に収めた。
背にしていた刀を千之助に手渡し、先ほどのお返しといわんばかりに、満面の笑顔で彼の頭をなでる。
心配ない。問題ない。そう言いたいようであった。
千之助が呆気にとられたまま大人しくしていると、竜胆はなでるのをやめ、葛籠を背負って狭き道へと駆けだしていく。
「おお!」
葛籠から顔だけを出した彼の口からは、もはや感嘆の声しか出ない。
千之助を背負って横歩きをしているにも関わらず、彼女の足は速かった。先にこの道を渡った三人よりも明らかに速い。
だというのに、彼の入った葛籠は少したりとも揺れないのだ。葛籠は道の外側。葛籠を支える紐が切れれば激流へと落下していくことになるのだが、そのような不安がまったく頭をよぎらないほどの快適さ。竜胆はなんの問題もなく険しき道を乗り越え、三人が待っていた森の入り口へと到達する。
「とんでもないですな。このような可愛らしい娘が……」
千之助が葛籠に入ったまま、幻之丞に話しかける。
「無論だ。わしを含めたとしても、身体能力だけならば竜胆に勝る者は里にはおるまい。お前を担ぐだけならば、痩せさせずとも竜胆であればできたであろうが、流石に、あの体は道を通るのに邪魔であったからのう」
幻之丞の言葉におおいに納得し、彼は深く頷いた。
彼女は全く息を乱すことなく、千之助の入った葛籠を背負ったままでいる。
魅惑的な体で男を引き寄せ、干からびさせるのがお菊の戦法であり役目ならば、この身体能力をもって、敵を正面から打ち砕くのが竜胆の戦法であり役目なのであろう。
では最後の一人。牡丹はなにをもって、今回の任務に選ばれたのか?
彼女と目が合う。
牡丹が並びのよい歯を見せ笑いかけてくる。
日に焼けた健康そうな肌。引き締まっていながらも柔軟そうに見える手足。見た目だけでいえば、竜胆よりも牡丹の方が、腕がたちそうに見える。
「千之助様。結構似合っているよ、その場所。まさしく箱入り息子だね」
彼女のからかうような言葉に、彼は苦笑するしかなかった。
小さい。だが、美しい。
まだ、成長しきっていないであろう体こそ貧相であったが、三人の中でも顔の造りは、一番美しいのではないかと彼は思う。
だが、その顔立ち以上に目を引くのは、喉にある傷痕。なにか杭のようなものを打ちこんだような大きな傷痕だ。今思えば、幻之丞に名前を呼ばれたときに返事をしていなかった。この傷のせいで、声を失っているのかもしれない。
彼女と目があう。
竜胆は恥ずかしげにはにかんだ笑みを見せながら、目を伏せる。とても愛らしい姿だった。
歳の離れた妹を見ているようで、微笑ましく感じた彼の手が自然に伸び、彼女の頭を優しくなでる。
すると竜胆が心地よさそうに目を細め、自分からも頭を押しつけるようにしてきた。千之助の頬が弛む。
「さて、竜胆。拙者はどうすればよいのだろうな?」
やはり口がきけないらしい彼女は、自身の頭を撫でる彼の手が離れると、名残惜しそうにしながらも先ほどから置かれている葛籠に歩み寄り、端をぽんぽんと叩く。
よく見てみれば、葛籠には背負うための紐が取りつけられていた。
「いや待て。まさか、拙者にそれの中に入れと申すのか? それをお主が背負うと?」
竜胆が我が意を得たりと、嬉しそうに何度も頷く。
「いやいやいや、それは無理であろう」
自身と彼女の体を見比べる。
竜胆の背丈は千之助の胸のあたりまでしかない。おまけにかなり痩せていた。
いくら彼がお菊の術で痩せたとはいえ、彼女にどうにかできるほど軽くなったとは思えない。
途方に暮れそうになった千之助の前から、竜胆の姿が忽然と消える。
驚いて瞬きをする間もなく、彼の体がふわりと浮く。
「お、おお!」
彼女が千之助の背後に回り、軽々と担ぎ上げたのである。
そのまま壊れ物を扱うように、丁寧に彼の体を葛籠の中に収めた。
背にしていた刀を千之助に手渡し、先ほどのお返しといわんばかりに、満面の笑顔で彼の頭をなでる。
心配ない。問題ない。そう言いたいようであった。
千之助が呆気にとられたまま大人しくしていると、竜胆はなでるのをやめ、葛籠を背負って狭き道へと駆けだしていく。
「おお!」
葛籠から顔だけを出した彼の口からは、もはや感嘆の声しか出ない。
千之助を背負って横歩きをしているにも関わらず、彼女の足は速かった。先にこの道を渡った三人よりも明らかに速い。
だというのに、彼の入った葛籠は少したりとも揺れないのだ。葛籠は道の外側。葛籠を支える紐が切れれば激流へと落下していくことになるのだが、そのような不安がまったく頭をよぎらないほどの快適さ。竜胆はなんの問題もなく険しき道を乗り越え、三人が待っていた森の入り口へと到達する。
「とんでもないですな。このような可愛らしい娘が……」
千之助が葛籠に入ったまま、幻之丞に話しかける。
「無論だ。わしを含めたとしても、身体能力だけならば竜胆に勝る者は里にはおるまい。お前を担ぐだけならば、痩せさせずとも竜胆であればできたであろうが、流石に、あの体は道を通るのに邪魔であったからのう」
幻之丞の言葉におおいに納得し、彼は深く頷いた。
彼女は全く息を乱すことなく、千之助の入った葛籠を背負ったままでいる。
魅惑的な体で男を引き寄せ、干からびさせるのがお菊の戦法であり役目ならば、この身体能力をもって、敵を正面から打ち砕くのが竜胆の戦法であり役目なのであろう。
では最後の一人。牡丹はなにをもって、今回の任務に選ばれたのか?
彼女と目が合う。
牡丹が並びのよい歯を見せ笑いかけてくる。
日に焼けた健康そうな肌。引き締まっていながらも柔軟そうに見える手足。見た目だけでいえば、竜胆よりも牡丹の方が、腕がたちそうに見える。
「千之助様。結構似合っているよ、その場所。まさしく箱入り息子だね」
彼女のからかうような言葉に、彼は苦笑するしかなかった。
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