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妖魔山編

1886.熾烈を極める死闘の始まり

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「い、一体何が起きて……、ぐっ!?」

 ヌーの『多次元防壁マルチディメンション・アンミナ』によって、ソフィの放った『絶殲アナイ・アレイト』と『絶殲アナイ・アレイト』の相殺で巻き起こる大爆発の爆風に吹き飛ばされた煌阿こうあは、何度目かの地面との激突の後、ようやくその場に止まった身体を起こして何が起きたのかと口にした瞬間、自分の腕の先に鋭い痛みが走り、苦悩に歪んだ表情と声を上げた。

 慌てて右腕に視線を向けると、ぷつりと切断されて血飛沫をあげながら、断面を露わにしている自分の腕が視界に入った。

 そしてそれをやったであろうスオウが、煌阿の斬り飛ばした腕を掴んでそのままその場から離れると、更に爆発で生じた砂塵の中から、煌阿の左右を挟むようにキョウカとヒノエが姿を見せた。

 どうやら煌阿が呆然としている間に、このまま勝負を決めてしまう腹積もりなのだろう。

『青』を纏った妖魔退魔師幹部両名が、煌阿の首と胴体を同時に狙って刀を振り切る。

 ――が、流石にスオウの攻撃をまともに食らった直後にそのまま煌阿も呆然と突っ立っているだけの筈もなく、直ぐにキョウカとヒノエのやろうとしている事に気付いて表情を変化させた。

「調子に乗るなよ、人間共! あの化け物に殺られるならいざ知らず、貴様ら人間風情にくれてやる程に俺の命は安くはないわぁっ!!」

 何と煌阿はそう啖呵を切ると、迫って来ているキョウカの長太刀の切先を『青』のオーラで纏われた左手で掴んで見せると、強引にそのまま胸の内に手繰り寄せるのだった。

「!?」

 すでに刀を思いきり振り切っている反動を止められず、キョウカはされるがままに自分の身体ごと煌阿に引き寄せられると、そのまま煌阿はくるりと反転させると、遠心力をそのままにもう片側から煌阿を斬ろうと狙ってきていたヒノエに向けて掴んだ刀ごとキョウカを投げ飛ばすのだった。

「――ちっ!」

 このままだとキョウカの身体を真っ二つにしてしまいかねず、仕方なくヒノエはその恐ろしい腕力にモノをいわせるかの如く、すでに振り切っている刀の勢いを強引に止める。

 強引に振り切る刀を握る手を止めた事で、ズルリと手の皮が少し裂けたヒノエだが、そちらに意識を向けずに何とかキョウカを抱き留めるのだった。

「さっさと消え失せろ、人間風情がぁっ!!」

 どんっ! という衝撃と共に煌阿の『魔力圧』によって、ヒノエとキョウカは入り込んでいた煌阿の間合いから吹き飛ばされていく。

 しかし砂塵が晴れる前、入れ替わるように『瑠璃』を纏ったミスズが『霞の構え』から、煌阿に向けて刀ごと身体をぶつけるように全体重を乗せて刺突を狙う。

 煌阿はその恐ろしい速度で刺突を狙うミスズに対して、キッチリと速度と間合いを目測して下から無事な左腕に『青』を纏わせたまま、ミスズの刀を目掛けて掬い上げた。

 その煌阿の繰り出された腕によって、衝撃波と見紛う程に圧縮された風に巻き込まれたミスズは、煌阿に刀を突き立てる事が叶わずに、その場から真上に吹き飛ばされてしまう。

 二回転、三回転と空の上に身体ごと巻き上げられたミスズだったが、上手く両足を揃えて前に押し出すと、腕を水平に伸ばして反動を器用に殺した後、見事に地面に着地を果たすとそのまま後ろへと跳躍をしながら後退る。

 そして今度はその離されたミスズと入れ替わり、先程煌阿の右腕を刎ね飛ばしたスオウが、冷酷な視線を煌阿に向けながら迫っていく。

 更にその駆けてくるスオウの背後から、ヒノエが刀に思いきり力を込めながら再び迫ってきていた。

 どうやらスオウの攻撃に対処した直後を狙って、手痛い一撃を入れてやろうとヒノエは二段構えのつもりで考えているのだろう。

 ミスズ、スオウ、ヒノエ、キョウカの四名の妖魔退魔師の幹部達は、それぞれが味方の動きに合わせて柔軟に連携となる動きを構築し、見事な波状攻撃を生み出していく。

 更に今の煌阿はスオウによって片腕を失っている状態であり、そこを突いた副総長と組長達はこの機を逃すまいとばかりに、押し返されようともひたすらに、何度も煌阿に襲い掛かっていくのだった。

「調子に乗るなと言っているのだ!!」

 煌阿が蟀谷に青筋を立てながら怒号を発すると同時、煌阿の目の前に赤い真四角の『結界』が展開されたかと思えば、その目の前まで迫って来ていたスオウの小柄な身体をその結界の中に閉じ込めるのだった。

「こ、これは……」

「な、何だ!?」

 目の前を走っていたスオウを覆う『魔』の技法を間近で見たヒノエは、草鞋を履いた右足で思いきり地面を蹴り飛ばして勢いを殺してその場で止まる。

 もう少し気付くのが遅ければ、彼女もスオウと同様に赤い真四角の『結界』の中に幽閉されてしまっていた事だろう。

 スオウを閉じ込めた事で勝ち誇った顔を浮かべた煌阿は、更に追撃を掛けようとばかりに『魔』の技法を用いようとしたが、その詠唱を最後まで完成させる前に、頭上に降り注ぐ光に気づいて見上げるのだった。

「この光はまさか、あの卜部の血筋シギンが放っていたものか……!」

 ――それこそは、対象の全能力の弱体化を促す『もう』と呼ばれる、シギンが好んで妖魔に対して用いていた『魔』の概念から発生する技法であった。

 慌ててこの場にシギンが出てきたのかとばかりに、煌阿がこの『魔』の技法の『魔力』の残滓からその詠唱者を探り当てると、視線のその先に赤い狩衣を着たの姿が目に入るのだった。

「何だあのじじいは……?」

「ふふっ、いつまでもそのようにワシを見ておると後悔するぞい」

 そして煌阿がゲンロクに意識を割いていると、スオウを閉じ込めていた赤い真四角の『結界』がふいに消失して、中に居たスオウは見事に着地を行った後、そのまま距離を取り始めた。

 ゲンロクが囮となっている間に、ミスズ達の近くに立っていたエイジが『僧全』で弱体化が行われた『結界』に向けて、こちらも『魔』の概念技法である『透過』の魔力干渉領域が用いられたようであった。

 訝しむようにゲンロクの方に意識を向けていた煌阿だが、その言葉を聞いた直後、背後から視線を感じて勢いよく背後を振り返った。

 そこには彼と同じ妖魔にして、七尾の妖狐である『七耶咫なやた』が立っていた。

「王琳様の命令により、を頂戴します」

『青』を纏った七耶咫が、信じられない速度で煌阿に襲い掛かった。

……か。どいつもこいつも舐めやがって。たとえ片腕を失っていても、貴様ら如きにくれてやるほどに俺の命は安くはないぞ」

 妖魔退魔師組織の最高幹部達であるスオウやキョウカ達でさえ、その目で追う事が至難といえる程の速度を見せた七耶咫だったが、煌阿はその残された片腕でしっかりと七耶咫の腕を掴みあげると、そのまま捻り折ってみせるのだった。

「ぐっ……!?」

 七耶咫も『青』を纏っており、本来の身体よりも遥かに力を増している筈だというのに、煌阿に摑まれた腕を引きはがす事が出来ずに、苦悩の表情と声を上げるのだった。

「少しは力の差というものを思い出せたか? 貴様如きに後れを取る俺ではないわっ!」

「あぐっ……!!」

 煌阿に腕を思いきり手前に引っ張られて勢いよく額に頭突きを食らわされた七耶咫は、眩暈を起こしたかのようにフラフラと身体を泳がせてしまう。

 そしてそんな七耶咫を思いきり蹴り飛ばすと、あっさりと七耶咫は『青』のオーラが消失させられて、そのまま意識を失ってしまうのだった。

 どうやらソフィという存在を目の当たりにして、一度は冷静さを欠いてしまった煌阿だったが、スオウやミスズ達との戦闘や、七耶咫とのやりとりのおかげで普段通りの意識を取り戻したようで、あっさりと妖魔ランクが『9』以上はあるであろう七耶咫を沈めてしまうのだった。

「な、七耶咫さま!!」

「よ、よくも……っ!!」

 五立楡ごりゆ六阿狐むあこは煌阿によって意識を失わされた七耶咫を見て、衝動に突き動かされるように、その場から殺意を孕んだ視線で睨みつけながら煌阿に向かっていった。

「全く、愚か者どもめが。?」

 五立楡の右拳をさっと受け流しながら、返しの左脚で蟀谷辺りを蹴り飛ばすと、そのままくるりと反動を利用して半身を返しながら後ろを向くと、今度は背後から襲い掛かろうと迫って来ていた六阿狐の鳩尾を失っていない方の腕で思いきり突き上げてみせた。

「かっ……!」

「ぐっ、うぇっ――」

 そしてそのまま煌阿は六阿狐の首を掴むと、そのまま前のめりに倒れそうになっている五立楡ごと、まとめて『魔力圧』でその場から吹き飛ばした。

 彼女達はまるで並ぶように、そのまま七耶咫の直ぐ傍で白目を剥いて倒れてしまうのだった。

 最早、ミスズや組長格達が相手をしていた時の煌阿よりも、片腕を失った今の煌阿の方が強敵といえる状態になってしまい、完全にスオウやヒノエ達の勢いも消失し、そのまま七耶咫達の方を見つめながら苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべ始めるのだった。
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