上 下
1,894 / 1,906
妖魔山編

1877.泡沫の幻と最強の大魔王

しおりを挟む
「クックック……! ハーッハッハッハッハ!!!」

 煌阿の生み出した『次元の狭間』の空間の中で、唐突にソフィの笑い声が響き渡るのだった。

「笑い声だと……?」

「ふふっ、どんな幻覚を見たのかは知らぬが、遂に奴も精神を正常に保てなくなったというところだろう」

「……」

 王琳もまたその煌阿の解釈に納得を仕掛けたが、そこで少しずつソフィを包む紫色の煙が晴れて行き、その姿を視界に捉えた瞬間にぞくりと震えが走った。

「素晴らしい! さぁ、次はどこまで耐えられる? クックック! もう手加減などせぬぞ!!」

 目の視点がまだ正確に定まっていないソフィの目を見た王琳は、直ぐにこの後に起こる出来事を予測し、直ぐにその場から離れてヌーを守ろうと手に力を込めて抱き寄せているテアの前へと飛び退さってくる。

「――」(わぁっ!?)

 ヌーの安全の事ばかり考えていたテアは、急に目の前に現れた王琳に驚きの声を上げた。

「少し黙っていろ。そいつをしっかりと抱きしめたままでいいから、俺の傍から動くな! さもなくばそいつ諸共死ぬぞ!」

「!?」

 ――次の瞬間。

 ソフィがその場で振り切った拳によって巻き起こる衝撃波が、真っすぐに前方を突き抜けていくと『次元の狭間』にあっさりと亀裂が入って、その亀裂から外の光が漏れ始める。

 煌阿は右頬を滴り落ちていく何かを感じて慌てて右手で拭うと、その右手にはべっとりと赤い血が付いていた。

「あ、ああ……?」

 王琳と違って煌阿はソフィの近くに立っていた為、その振り切られた拳の衝撃波に少しだけ掠ってしまったのだろう。ただ血が流れた原因を理解出来ても、何故そんな事が起きたのかの要因が煌阿には見当たらない。

 今のソフィは『呪い』によって幻覚に囚われている筈であり、何より『オーラ』や『魔』の技法その一切を『隔絶空地入法かくぜつくうちにゅうほう』によって『封印』されている状態なのである。

 そして更にいえば、ここは『次元の狭間』という煌阿が作り出した空間の中であり、動くどころか意識を保つ事すら不可能に近いのだ。

 そんな空間の中で『封印』されている筈の目の前の存在は、嬉しそうに笑いながら何かと戦っている様子で拳を次から次へと振り切っている。その度に生まれる衝撃波によって空間に次々と亀裂を入れられているのであった。

(何故動けているのか、それはこの際どうでもいい……。それより『オーラ』などを封じられていて、何故この空間に穴が開く程の衝撃波を放つ事が出来る? 奴は今生身の状態の筈であり、更にこの制限のかかった『次元の狭間』で穴を開ける事など不可能な筈だ……)

 ――信じられない光景に驚いていた煌阿だが、この後に更にその表情を驚愕色に染める事になる。

「今の攻撃にも平然と耐えて反撃を行うか……! 素晴らしいぞ、魔神よ!! もう遠慮は要らぬな? 次は本気で行くぞ!!」

「なっ……!?」

隔絶空地入法かくぜつくうちにゅうほう』の『結界』の内側のソフィの体内から『魔力』が爆発的に膨れ上がっていく。

 隔絶空地入法は『魔』の概念や『魔』の技法に対しては『封印』を施す事は出来るが、その技法を使う為の燃料となる『魔力』そのものには干渉出来ない。

 しかしだからといって、その燃料を用いて『魔法』を使えば、その『魔法』を司る『ことわり』の影響で生み出される『魔』の技法そのものが細分化されて、別の空間に保存されて封印される為に使えない筈である。

 そして今のソフィは確かに『三色併用』といった、爆発的に力を上昇させる『魔』の技法を使ってはいない。

 つまり今の魔力の高まりも本来の大魔王ソフィが持っている、そのままの『魔力』を使っているだけに過ぎない。

 だが、幻覚に囚われて存在しない『力の魔神』に対して、大魔王ソフィがこれまで使ったことがない自分の本当の力を使おうと試みた場合、

 過去、大魔王ソフィは大賢者エルシスや、現実の『力の魔神』、そして大魔王レキに、大魔王ダルダオスといった強者と戦ってきたが、その戦いでは一度たりとも例外なく、ソフィは潜在する自身の出せるであろう力の半分すら出していないのである。

 そんな彼が今回、幻覚に囚われてしまった事で泡沫の『最強の存在』を出現させてしまった。幻覚の中でソフィと戦っている『力の魔神』は、もはや現実世界の『力の魔神』を軽く凌駕してしまっている。

 ――そう。まさに恋焦がれるように、自分と全力で戦ってくれる存在を待ち続けていた大魔王ソフィの前に、幻覚とはいえその存在が現れてしまったのである。

 現実の世界であっても過去にあのまま『力の魔神』が、表情を一切変えずにソフィを消滅させようと向かっていたならば、この展開になる事は十分に有り得たが、しかし実際には起こり得なかった出来事であった。

 しかしの『呪いまじな』が想像以上に強力なものであったせいで、幻覚の中で自分に届き得る存在を生み出してしまった。

 その存在と戦う為だけに大魔王ソフィは、これまでに自身も経験したことのない『力』の体現を許してしまおうとしている状態にあるのだった。

「どうやら卜部の子孫が言っていた言葉も、あながち嘘ばかり並べ立てていたわけではないようだ……」

 煌阿は静かにそう独り言ちると、現在の『隔絶空地入法かくぜつくうちにゅうほう』の更に外側から『結界』でソフィを覆い始める。その『結界』は『赤い真四角』で出来た『結界』で、妖魔召士シギンの編み出した『結界』であった。

 この『結界』の堅守さは確かなものであり、妖魔神である鬼人の『悟獄丸』が、全力で振り切っても壊れる事なく維持出来た程であった。

 今回はそれに加えて『隔絶空地入法かくぜつくうちにゅうほう』で『オーラ』や『魔法』などで増幅させる事そのものを封じている状態にある。つまり生身で妖魔神の『悟獄丸』を上回る腕力でもなければ、決して破壊する事は出来ないだろう。

「ちっ! まさか『卜部』や、その子孫を相手にした時以上の周到な準備をさせられるとは思わなかったぞ」

 舌打ちをしながら忌々しそうにソフィを見て、そう告げる煌阿であった。

 この時の煌阿はまだ、一体誰を相手にしているのかの理解の本質に頭が追いついていなかった。

 天上界に存在する『魔神』達の中でも、更に最上位に位置する『力の魔神』を相手に、たった三割程度しか出していなかったソフィが今、その潜在する力の全てを出そうと試みている状態にあるのだ。

 ――それが一体どういう事なのか。彼はこの後に身をもって知る事になるのであった。
しおりを挟む
感想 259

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...