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妖魔山編

1876.箍が外れる

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 王琳やヌーにテアが入り込んだ『次元の狭間』では、煌阿の放った鵺特有の『呪いまじな』によって紫の煙に包まれてしまい、外側からはそのソフィの様子が窺い知れない状況にあった。

(何て禍々しい『』なの……)

 テアはヌーとの約束通り、この空間内では意識を保つ事が出来ない彼の代わりに、何が起きているかをしっかりと観察しようとソフィを覆う煙に目を凝らすが、どうやら煌阿の『呪い』の効力が強すぎて死神のテアでさえ、視界にその姿を映す事が出来ずにいるようであった。

 王琳の方もソフィの方に視線を向けてはいたが、こちらは『呪い』には意識を向けず、ソフィの『魔力』を感知しようと試みている様子だった。

「ふふ、無駄だ。あやつの『魔』の技法の一切を使えなく封じているといった筈だ。それに残された『耐魔力』では確実に俺の『呪いまじな』に耐え得ることは出来ぬ。今頃は自我が崩壊して自ら命を絶とうとしているかもしれぬぞ?」

 この『煌阿こうあ』や『真鵺しんぬえ』、それに『本鵺ほんぬえ』などの上位の鵺達が放つ攻撃に使われる『呪いまじな』の多くが、死に直結させる程の力を有している。

 確かに耐魔力が有れば有る程、その『呪いまじな』の効力を薄める事を可能とするが、それでも明確に『解除』を行わなければ、いつかは死に至らしめる程に鵺の『呪いまじな』は強力なのである。

 それも単なる上位の鵺ではなく、この『呪いまじな』を放ったのは『本鵺』や『真鵺』を上回る程の『魔力』を持つ『煌阿』という最上位の『鵺』である以上、オーラなどといった『魔』の技法を封じられている今のソフィの耐魔力では、抵抗出来る筈がなかった。

「……」

 だが、王琳は煌阿の言葉に何も反応をせず、ただジッと煙に包まれたソフィを見続けていた。

 確かに今の感じられるソフィの『魔力』は微弱なものであり、山の中腹付近でみせた時のような『魔力』の持ち主と同一だとは思えぬ程ではある。

 しかしそれでも王琳は、拭えぬ違和感を視線の先に居る存在から感じるのだった。

 ……
 ……
 ……

『魔』の概念の一切を『封印』されて、煌阿の『呪いまじな』をまともに浴びてしまったソフィだが、残された『耐魔力』では当然に防ぐ事が出来ず、彼は包まれている煙の内側で幻覚を見させられてしまっていた。

 朦朧とする意識の中、ソフィの眼前には憤怒の視線を自身に見せている『』が映っていた。

 ――それは今から数千年前に現実に起きた『力の魔神』との戦闘の光景の一部分だった。

「――」(残念な事だが、強すぎる力を持ち過ぎたお前は『執行』の対象とされた)

「……」

「――」(ふとした瞬間に生じる『力』だけで、世界そのものを崩壊させてしまう恐れがある以上、その危機を回避する為に、今この場でお前には消えてもらうぞ『超越者』!)

「……」

 ――かつての一幕にして本当に起きた光景。

 数千年前に現れた『力の魔神』が、超越者と認定されたソフィを消滅させようと彼の前に現れた時の出来事。

 その時の光景は、今のソフィも明確に覚えている――。

 この唐突に現れた『力の魔神』に、理不尽な現実と言葉を突きつけられたこの時のソフィが抱いた感情は『焦燥感』でも『恐怖心』でもなかった。

 ――その抱いた感情の正体は『』。

 現れたその『最強の存在』を相手に、本当の自分の力を余すことなく使って全力でぶつかり、そして力及ばずに敗北を経験させてくれるかもしれないという『』。

 しかし一度は抱いたその『』も、過去に一度ソフィは打ち砕かれてしまっている。

 天上界という聞きなれない『世界』から現れた『魔神』という名を冠する執行者が、自分を消滅させてくれると嬉しい言葉と行動をソフィに向けて示してくれたが、結局は期待外れに終わってしまった過去の出来事。

 ソフィは幻覚の内側で何処か懐かしい既視感に抱かれながらも、徐々にこれが夢なのだと実感していく。

(ああ、これはあの時の夢で単なる追体験なのだろう。この後に『力の魔神』は、我に殺され続けて消滅を繰り返す。我は早い段階で想像していたものより大した事のない攻撃を行う『魔神』に不安が募ったが、しかし再生を繰り返す『魔神』に、今すぐは無理でもいつかは我を殺してくれるだろうとまだ期待感を持って戦い続けた。こちらも無尽蔵に『魔力』があるわけではないし、再生すれば完全に体力も回復する様子を見せている魔神であれば、何日も何か月も経てば、こちらがやられるだろうとまだ期待が持てたのだ。何よりこちらがある程度力を込めて手を出して直ぐに壊れないというだけでも初めての経験だったのだ。それだけでも期待は残されていた)

 ――だが、現実は思っていたよりも残酷であった。

(戦う前には憤怒に染まっていた魔神の表情が、徐々に焦燥するモノに変わっていき、やがて怯えや恐怖に変わり、最後には諦観する表情に変わるのだ。我はまだ全力でぶつかるどころか、まだその準備段階にすら入っていないというのに、もうこの『執行者』とやらは、すでに打つ手なしと理解してしまったようだった)

 ――もうこの後の展開は分かっている。

『力の魔神』が、これまで抱いていた自分に対する絶大なる自尊心が大魔王に打ち砕かれてしまい、彼女はもう天上界に戻る気すら失ってしまうのだ。

 ……
 ……
 ……

 まだソフィの目の視界には、憤怒の表情を浮かべている魔神が映っていた。どうやらまだ、幻覚が続いているようだったが、先が見えているソフィにはこの光景は苦痛でしかない。

 幻覚が途切れるのを待つしかないのかとソフィが失望に陥る最中、目の前の『力の魔神』が振り下ろす拳がソフィの頬を殴り飛ばした。

(!?)

 その『力の魔神』の一発は、想像していたものとは明らかに違う程の速度と攻撃力だった。

 何が起きたのか分からずのまま、ソフィがゆっくりと立ち上がったところに、再び『魔神』からの追撃が行われてまた身体を吹っ飛ばされる。

 今度は倒れたままのソフィの前に、転移してきた『魔神』が攻撃を繰り出してくる。

 地面に転がされているソフィはその次から次に振り下ろされる拳の一打一打に、痛みとダメージが蓄積されていく感覚を覚えたが、決してそれだけではなく、過去の経験やこの後に起こる想像そのものも一緒に壊されるようなイメージを抱いた。

 ――それは過去にはなかった光景。

 ソフィが自衛を図ろうとする動きを見越した先手を取るような攻撃、想像にある魔神の攻撃以上の速度と威力。

 何よりも今の『魔神』の目には、かつてソフィにみせた焦燥や恐怖に染まったモノではなく、絶大なる自信に満ち満ちたモノが宿っていた。

 ソフィにはこれが『幻覚』なのだという事も分かっている筈だった。しかし目に映るこの光景や、伝わってくる痛みが真実に感じられていて、もしかしたらと徐々に消失していったかつての『期待感』が再び彼の中に募っていくのだった。

(少しだけ……、少しだけ我も手を出していいだろうか? これだけの動きを見せるこやつであれば、我が手を出しても、あの時のような、見たくない表情を面に出さないでいてくれるのではないだろうか?)

 ――少しだけ、少しだけ……。

 床に転がされて一方的に殴りつけられていたソフィは、意を決して身体を捻り下から思い切り拳を振り上げた。

『魔』の技法など、一切加えずに振り上げたその拳は、更にソフィを殴ろうと迫っていた魔神の顔に直撃する。

 ソフィは不安そうにその顔を見上げる。

 自分の攻撃を受けた魔神の表情が、恐怖に染まっていないかどうかを不安に思っているのだ。

 そしてその直後、ソフィの顔に更なる痛みが届いた。

 しかし殴られてじんじんと痛みが感じられたと同時、ソフィは大きく口角を吊り上げて笑った。

 ――魔神の表情が、憤怒をしたままだったのだ。

 思わぬ下からのソフィの反撃を受けた事で驚きも少し混じっているようだったが、何よりまだ抵抗を続けてくるソフィに苛立ちを見せたのだろう。

 だが、その表情を見たソフィは逆に安堵したのである。

 ――ああ、まだ大丈夫だ。もう少しだけ力を入れてもいいだろうか……。

 そして更に振り下ろされた魔神の拳を左手であっさりと掴むと、返しの右拳を先程よりも少しだけ強く振り上げてみせる。

 どかんっという衝撃音と共に、ソフィに摑まれていた右腕だけが引き千切れて魔神は吹っ飛んで行った。

 再びソフィは魔神がどんな表情を浮かべているかを確かめようとしたが、その顔が魔神の姿を捉える前に、ソフィを痛みが襲った。

 いつの間にか腕ごと再生を果たした魔神が、左拳でソフィの顔を殴り飛ばしたのである。

 その瞬間、ソフィは感じられる痛みを忘れる程の高揚感に包まれていくのだった。

 ――もう大丈夫だ。こやつは我を消滅させるまで何度でも付き合ってくれる事だろう。

「クックック……! 素晴らしい……! 今度こそ、今度こそ我の期待に応えてくれ、魔神よ!!」

 煌阿の作り出した『呪法じゅほう』の幻覚の中――。

 大魔王ソフィは、かつて思い描いた死闘の再現を果たし始めるのだった。

 ……
 ……
 ……
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