上 下
1,847 / 1,915
妖魔山編

1830.妖魔召士シギンの最後の抵抗

しおりを挟む
 殿鬼の身体を乗っ取っていた煌阿だが、その殿鬼の身体はシギンとの戦闘で粉々に砕け散ってしまい、再び精神体の姿となった後、改めてこの場で神斗の身体を奪ってみせるのだった。

「やれやれ……。前の鬼人とは違い、神斗の奴は『魔』に理解を示していただけあって少々厄介だな」

 神斗の身体のままでそう独り言ちた煌阿は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 どうやら煌阿に乗っ取られる前の神斗は、煌阿の『呪いまじな』で『魔』の概念を封じられた上に動けなくさせられていたが為に、抵抗が出来なかったようだが、煌阿に乗っ取られる事で『呪い』が解けたようで、その瞬間を見計らって『魔力』干渉領域の『透過』を用いて、強引に精神意識だけを失わせずに煌阿の精神の裏側で同居するように滞在させる事を可能としたようであった。

 つまり今の神斗の身体の支配権は間違いなく煌阿にあるが、同時に自分の身体に何が行われているかを神斗自身も認識が出来ている状態にあるのだった。

 神斗はまだ何が起きているかを正確に理解出来てはいないだろう。

 あくまでいちかばちか自分が一番頼りにしている『透過』を乗っ取られる寸前に無意識に発動させただけに過ぎないと思われる。

 しかし今の神斗の状態こそが、先程の煌阿や七耶咫に乗り移ったシギンの時のような『精神体』と呼ばれる精神を維持したままで身体を剥離させる『魔』の効力を持った状態なのであった。

 つまり本人が今の状態がどのようなものなのかを自覚した時、この『魔』の技法に限っては煌阿やシギンの居る領域に到達したといえるだろう(もちろん今の精神体となっている神斗が、再び煌阿から身体を取り戻せた時に今の精神体となっている感覚をしっかりと覚えていた時に限る話だが)。

「ふふっ、どうやらお前は他者から『魔』の技法を奪う事には優れているようだが、奪った後の扱い方は非常に雑なようだな。そうやって他者の力を奪う事に長けていても、身の丈に合っていないお前自身の粗末な『魔』の理解力では、いずれ扱いに困って手に負えなくなるだろう。大きすぎる力に呑まれて後悔するお前が今から楽しみだ」

 神斗の身体を乗っ取った煌阿は、背後から聞こえてくるシギンの言葉に振り返ると薄く笑みを浮かべた。

「ククッ……、言ってろよ? お前がどんな言葉を吐こうが、俺には哀れな敗北者の戯言にしか聞こえぬわ」

「そうか? では遠慮をせずにもっと言わせてもらおうか。かつて俺はお前の『魔力』を感じ取った時、その膨大な量にどれだけ『魔』の概念に対する理解が深いのかと恐れと呼べる感情と関心を抱いたが、こうしてその内側を知った今では、何も恐れる必要などなかったのだと断言が出来るようになった。煌阿よ、お前に一つだけ忠告しておこう。今、この山にはお前如きではどうにも出来ない『存在』が最低でも三体程存在している。その神斗の身体を乗っ取った事でお前はこの山を支配した気になっているのかもしれぬが、その存在達が居なくなるまでは気付かれぬように陰で怯えて過ごしている事だな。万が一にも見つかればお前はあっさりと消されてしまうぞ?」

 ――そのシギンの言葉は、当然に煌阿を心配しての発言ではない。

 その忠告の言葉の真意と呼べるものは、煌阿という妖魔の性格をある程度理解した上で、今シギンが出来る最大限の煌阿に対する抵抗する意志が孕んでいたのであった。 

「ハッ! 何を言うかと思えば。馬鹿が……。負け惜しみもそこまでいけば大層なものだな人間。まぁ、確かに天狗共の縄張り付近に入り込んできた連中の事は俺もある程度は把握している。洞穴に『結界』が施されていたために、どのような『魔』の力が使われているかなどは曖昧にしか伝わってこなかったが、それでもあの程度ならば何も問題はないな。俺に懸念を持たせようと精一杯考えて口にしたのだろうが、それも無駄な事だぞ? 残念だったな、卜部の血筋の者よ」

(馬鹿はお前だ、煌阿。お前は彼らの力を把握したつもりかもしれぬが、それはあくまで洞穴の中で感じた『魔力』程度の事に過ぎぬ。あの場には実際に近くに立って、その目で見てみなければ中の様子が分からない程の『結界』が張り巡らされていたのだ。あの中で黒羽を生やしていた青年が行った『魔』の技法や『魔』の概念領域を知れば、今のように余裕を見せてはいられなかった筈だ)

 この時にシギンが考えた通り、九尾の『王琳』や七尾の『七耶咫』も実際に現場に来た時にようやく、山の頂に居た頃とはあまりにも違いすぎる『魔』の力に気付く事が出来ていた。

 あの場所にはシギンや卜部が用いる『理』とは違うが、それでも明らかにこの世界のものとは違う『理』と『結界』が用いられていた。それもシギン程の『魔』の理解者が、決して侮れないと感じられる程の『魔』の概念の力が用いられていたのである。

 それは天上界の中でも最上位とされている『力の魔神』が張った『聖域結界』なのだが、確かにその魔神の結界の外側からしっかりと中の魔力そのものを感知出来た点については、煌阿もとても優れているといえるが、それでもあの大魔王ソフィの『魔』の力が結界外に齎したものは、所詮末流と呼べるものに過ぎない。

 あの『帝楽智ていらくち』を倒した直後、結界の内側からこの山全域に放たれた天狗族を絶滅させるだけの『魔力』をしっかりと見ていたならば、今のシギンの言葉に対して、平然と言葉を返すことなど出来よう筈がない。

 ――だからこそ、シギンは更なる言葉を煌阿に放つ。

「煌阿よ。別に信じなくても構わないが、よく覚えておけよ。彼らに刃向かえばお前は今度こそ『封印』などという生易しいものではなく、この世から消滅させられるだろうさ。それは卜部官兵衛を祖先に持つ俺が、実際に直接お前と手を合わせたからこそ、断言が出来る言葉だという事をな」

 ぴしゃりと言い放ったシギンの目を見た煌阿は、先程まで浮かべていた笑みを掻き消すのだった。

 その目は冗談や負け惜しみで言っているのではなく、本当に本音でそう口にしていると理解した為であった。

「面白いじゃないか、卜部の血筋よ。その挑発にあえて乗ってやろう。お前には俺の近くで結末を見せてやるから、その時を楽しみに待っているがいい」

 その言葉を最後に煌阿は『空間魔法』を展開し始める。どうやら、あの洞穴に『結界』ごとシギンを転送させた様子であった。

 その場に神斗の身体を乗っ取った煌阿だけになると、彼は何かを考え始めるのだった。

 ……
 ……
 ……
しおりを挟む
感想 259

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

処理中です...