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妖魔山編

1795.やるせない感情

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 自分の所属する組織の長に対してその座を降りるように告げたサイヨウは、この後にシギンに何を言われようとも覚悟を決めていた。

 しかしそれでもサイヨウにとっては、シギンは死なせたくない大事な師であり、組織の長として命を狙われるくらいなのであれば、その前にその座を降りてもらい、何としてでも生き延びてもらいたいと考えていたのであった。

「サイヨウ」

 やがて少しの間の後、視線の先に居るシギンが自分の名を呼んだ。

「はい」

「近い内に『妖魔山』へ行くぞ、お前も付いて来い」

「はい」

 シギンのついて来いという言葉に、間髪入れずにサイヨウは了承する。

「即答だな……。いいのか? あの山は妖魔達の総本山だ。ここに居ても命を狙われるような俺が行くならまだしも、お前達は殺されに行くようなものだぞ?」

「貴方が居れば、小生達は安全なのでしょう?」

「もちろんだ」

「では、何も問題はないでしょう。それまでにこちらもある程度は数を絞っておきますよ」

「ふっ、ふふふっ! はっはっは!」

「ふふっ……」

 互いに再び『シギン』と『サイヨウ』の二人は笑い合うのだった。

「全く、とんでもない奴を勧誘しちまったもんだよ。よし! そうと決まったらノマザル達も誘おう。そうだ! どうせならゲンロク達も連れて行こう!」

「ノマザル殿や、コウエン殿達はまだ分かりますが、ゲンロクにはまだまだ早いでしょう? アイツはエリートと言われて周りから囃し立てられていますが、実際の実力的には妖魔ランク『5』程度の鬼人達といい勝負が出来る程度です。あの山に連れて行ったところで足手まといにしかなりませんよ?」

 シギン達の世代からはかなり離れた世代ではあるが、そのゲンロクの資質は、このように苦言を口にしているサイヨウでさえ本当は認めている。

 それを分かっているからこそ、シギンはあえて自分から連れて行こうとサイヨウに告げたのであった。

「足手まといになりそうであれば、。いいだろう? 『妖魔召士』の長である俺のだ。最後くらいは後続の為に力を注いでやる。よし、そうと決まったら、名目上は『禁止区域』の調でどうだ?」

「分かりました。そういう名目であるならば、小生ら『四天王』が上手く話を纏めておきますよ」

「ははっ、すまないな」

 そう言ってサイヨウの徳利に笑みを浮かべながら、酒をなみなみと注ぐシギンだった。

 この時にはもうシギンは、妖魔召士の長の座を退いて次代へ託そうと考えてはいたが、まさかその最後に選んだ『妖魔山』という場所で、この時のシギンには知る由もなかった。

 …………

 結局シギンは『妖魔召士』となってから三十代半ばを迎えて尚、幼少期から向き合ってきた『魔』に対しての疑問の全てを晴らす事は出来ず、そちらに傾倒し続けた事で組織の長としての立場を忘れて、全てを『役職』についているサイヨウ達に任せっぱなしになってしまった。

 元々シギンは『妖魔召士』の長になりたいと思ってなったわけではない。

 先代の『妖魔召士』達から、誰よりもシギンが『魔』の概念の理解者であると判断されて抜擢されたからこそ、シギンは『妖魔召士』組織の代表となったのである。

 前時代の『妖魔召士』組織は、長として『魔』の強さが要求されていた為、流石に十代半ばで組織の中で『最上位妖魔召士』の最優秀退魔士となったシギンを本人の意思に関係なく、組織の長に選ばざるを得なかったのだろう。

 シギンもそれが分かっていたからこそ、早々と『四天王』なる『役職』を作ってそちらに政を託していた。

 本来、彼は『魔』の探求に忙しく、そもそも一つの組織を運営する暇など与えられなかったのである。

 しかし組織に所属する以上、そしてその長となったからには、そちらに尽力するべきであり、それが出来ないのであれば、最初から組織を抜けて『はぐれ』として『魔』の探求を続けるべきだったのだろう。

 何もかもが思い通りに行くはずはなく、何かを得ようとするのであれば、その他の何もかもを諦めなくてはならない。

 それだけシギンが求めているモノ達は大きかったのである。

 そして結局は『魔』の探求の道を選び、組織の長の座を諦めたシギンだが、その『魔』の疑問に対しても十分な解を示す事が出来ず、中途半端に『魔』の概念に詳しくなり、そしてその詳しくなったと自覚するも比較対象が居ない為に、自分はいったい本物の『魔』の理解者から見れば、どれくらいの立ち位置に居るのか――。

 その指標すらも分からぬまま、ぶつけようのないモヤモヤを抱えたまま、一縷の望みを抱いて『妖魔山』へ向かう事となるのであった。
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