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妖魔山編

1783.妖魔山に封印されていた存在

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 洞穴の外からもシギンはその中に居る『存在』の『魔力』の残滓を感じ取れてはいたが、その洞穴に一歩足を踏み入れた瞬間からは、全く異質な空間に迷い込んだかと錯覚する程であった。

(これは前回にここに来た時に感じた『結界』とは全く違う。これはどうやら元から張ってあった『結界』を模倣していちから作り変えられた『結界』で間違いなさそうだな。そもそも俺が張った別の阻害の『結界』が完全に効力を消失させられている。形骸的けいがいてきな『』が今も洞穴の天井付近に吊るされてはいるが、ただの飾りに過ぎなくなっている)

 シギンが感じた通り、少し前にこの洞穴へと逃げ込んできた『殿鬼でんき』によって、シギンの用意した阻害の呪符は消失させられて、更にはその殿鬼の体当たりによって、外側からであれば一定の強さを持つ存在が触れることであっさりと効力の役目を終わらせられるかつての『封印術式』は、もうその意味を完全に為さなくなっている。

 今も一応は妖魔の存在くらいであれば、抜け出す事が出来ない『封印』効果がある『結界』がこの洞穴の内部に張られているようだが、あくまでそれは何者かが模倣して作り出した児戯に等しい作りと呼べる代用に過ぎず、この中に封印されていた存在を閉じ込められる程の効力は当然にない。

 そもそもがこの中に居た存在が作ったのだろうから、その効力がないのは当たり前だろう。自分で自分を外に出さぬように封印の『結界』を施すわけがないのだから。

 ――そして、遂にシギンが洞穴の最奥が見える場所にまで辿り着くと、その『存在』がシギンを出迎えた。

「!?」

 シギンはその『存在』と相対した瞬間に、外に漏れ出てしまうという事も忘れたかのように一気に『魔力』を高め始めるのだった。

 どうやら無意識に防衛本能が働いたのだろう。

 自分自身でようやく自分の『魔力』の高まりを感じた時、直ぐに洞穴の外へとこれ以上『魔力』が漏れ出ないように『結界』を施したが、一定以上の実力者であればすでに気付かれてしまったかもしれない。

 シギンは明らかに自分らしさを失っている状態だと自己分析を速やかに行うと、視線は前に向けたままで深呼吸を行いながら冷静さを取り戻そうとする。

「ふっ、変わらんな卜部うらべ。ここに俺を閉じ込めた時もそのように『外界』と切り離しながら俺と戦っていた。そこまでして他の連中を守ろうとする理由は何だ? この山に居るのはお前のような人間じゃなく、俺と同じ妖魔しか居ない筈だろう?」

 目の前に居る『存在』は、確かに自分に話し掛けているという事は間違いないのだろう。しかしシギンは目の前の『存在』の質問内容よりも、自分の事をと呼んだ事の方に疑問を抱くのであった。

「何を勘違いしているのか知らぬが、俺は別にこの山に生きる者の安否を気にして『結界』を張ったわけじゃないぞ。単に俺の居場所を探っている輩から身を隠す為に『魔力』を外に出さぬように施しただけに過ぎぬ。それで俺からもお前に質問があるんだが、その身体は一体どうしたのだ? 前に見た時は本体が衰弱しきって、精神体でなければこの現世に維持が出来ない程に、だったと記憶しているが?」

 この薄暗い洞穴の中で長年強引に閉じ込められていたその『存在』には、そのシギンの煽るような物言いが存外に効いたようで、鬼人族の身体をしたその『存在』は、先程までの飄々とした表情から一転し、憎々しげにシギンを睨みつけるのであった。

、よくもそのような事を口に出来るものだな。これだから人間は嫌いなんだ! お前達人間は、俺達妖魔を野蛮だ何だと口々に貶して文句を言うが、お前達人間の方がよっぽど残忍で酷い事を平気でする生き物だ! それもやった事に対して少しも罪悪感などを抱かぬのだから手に負えぬっ!」

 ――その『存在』はシギンを睨みつけてはいるが、実際にはもうシギンを見てはいない。

 どうやら先程の内容を口にしていた時点で、その目の奥には過去の人間の事を映している様子であった。

「なかなかにを吐露するではないか。誰の身体を乗っ取ったのかは知らぬが、その鬼人の姿も相まってなかなかにお前の嫌っている人間らしさのようなモノが感じられているぞ?」

 シギンが皮肉ぶった言い方をすると、その『存在』は今度こそシギン本人をしっかりと睨みつけたのだった。

「さて、ようやくちゃんと俺という人間を認識してくれたようだな? 色々と御託を並べ立ててはいたが、過去の出来事を俺に言っても仕方あるまい? そういうのはこれからも長く居る事になるであろうこの洞穴の中で、いつまでも自分に言い聞かせていればいい」

 シギンはあえてきつい言葉を口にすることで、しっかりとシギンという妖魔召士に意識を向けさせる事が目的だったようであった。
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