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妖魔山編
1779.守旧派の同志達が掲げる最後の目標
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「それは出来ぬ。王琳様の命令は主らを山の麓へ送り届けろとの事じゃった」
「然り。妾達はあくまで主の命令でお主らをこうして守っているに過ぎぬのじゃ。主らは黙ってわっちらに従っておればよい」
コウエンの同志である妖魔召士達が、再びコウエン達の居た場所に案内してくれと『妖狐』である五立楡と六阿狐に頼んだのだが、返答は否定の言葉であった。
どうやらこうして丁寧に山の麓まで案内してくれている妖狐達だが、それは別にここに居る彼らに向けての親切心ではなく、あくまで彼女達の主である『九尾』の『王琳』の命令があったからこそのようであった。
「頼む! お主らもワシらとコウエン殿の最後に交わした会話を聴いておったのじゃろう!? ワシらはコウエン殿に託されたこの呪符をエイジに渡さなくてはならんのだ」
「その通りだ! ワシらはもう組織には戻れぬ。コウエン殿に託されたものを渡すには、直接エイジに取次が行える幹部以上の者に頼む他ないのだ。お主らが感じた高い『魔力』を持つ人間とは十中八九、妖魔召士で間違いない。後生だ! ワシらを妖魔召士達の元に案内して欲しい……!」
彼らの言う通り、このまま山を下りて妖魔召士の居る里に向かったところで待ち受けるのは牢獄行きか、たとえそうはならずとも精々が門前払いだろう。
すでに前時代の守旧派の妖魔召士達が組織から離れてしまっている以上、彼ら守旧派の話を聞いて、コウエンから呪符を受け取っているから渡して欲しいと頼み事をされたところで、そんな怪しい代物を何も疑わずにほいほいと受け取るような愚か者はいないだろう。
この山に入る事の出来る程の幹部であれば、そんな守旧派との繋がりもまだ残している可能性が高く、もしかすると暫定とはいっても長を務めている筈の『ゲンロク』が直接この山に居る可能性もある。
前時代ではゲンロクを呼び捨てに出来たこの同志達であれば、直接ゲンロクに事情を話してコウエンから預かっている大事な呪符をエイジに渡してもらう事も高確率で出来ると考えられる。
この機を逃す手はないと鬼気迫る表情を浮かべながら、彼らは自分達より格上である妖狐達を臆せず思いの丈をぶつけるのであった。
「仕方がない奴らじゃな……、分かった。少しだけ考えてやるから、そこで待っていなさい」
「「お、おお! こ、心得た……!」」
…………
二体の妖狐は人間達にそう言い残すと、少しだけ距離を取って妖狐同士で会話を始める。
「ね、どうする? どうする?」
「う、うーん。このまま山の麓に置いていっても、こやつらは勝手にまた山を登ってきそうね。もし私達がそれを無視して勝手に山の中で死なれたら、あとでその事が王琳様に伝わったら妾達は相当叱られちゃうかも……」
妖狐達は二人だけの会話になると、自信満々であった表情とそれまでの人間達に向けていた言葉遣いとは別なものに変わり始めるのだった。
どうやら今の言葉遣いが素で、威厳を出す為に言葉を意識的に変えている様子であった。
「そ、それだけは絶対に駄目よ! せっかくここまで王琳様に気に入られる為に努力してきたのに、こんなところで評価を下げるような事をすれば、私達は他の妖狐達に後れをとっちゃう!」
「特に七耶咫様なんか、絶対私達がミスをすればこれまで以上にマウントを取ってくる筈よ! それに七耶咫様だけじゃなくて八尾の『耶王美』様や、他の王琳様を慕う女狐達にも隙を見せる事になってしまう!」
「これはもう仕方ないんじゃないかしら……。そ、それに私達が人間の頼みを渋々聞いてあげたと王琳様に伝われば、もしかしたら人間を好ましく思う王琳様の私達の評価が上がるかも!?」
「そ、それは良い考えかも! 二重マルよ、五立楡! 普段は王琳様の命令に背いたことがない私達が、人間の頼みをきいてあいつらに感謝されるところを直接見て頂けたら、私達の評価も爆上がりして、も、もしかしたら側近にもしてもらえるかもしれないわよ!」
「そ、側近に!? な、七耶咫様みたいな!?」
「ええ! きっと何処へ行くときも同行を許してもらえるわよ! そ、それにそれだけじゃなくて……! ね、閨にも呼んでもらえるかも!!」
「きゃー!」
六阿狐はツヤのある長い髪を手櫛で整えた後に、赤らめた頬を隠すように両手で顔を覆いながらそう言うと、その言葉に想像を浮かべた五立楡も顔を真っ赤にして黄色い声を上げるのだった。
…………
多少は離れたとはいっても、そんな風にヒートアップしていく会話に甲高い声まで上げれば、妖魔召士の二人の耳にも届いてくる。
どうやら妖狐達は自分達の会話に夢中で、彼ら人間達が傍に居る事を忘れてしまっている様子であった。
「ど、どうやら妖狐達にも色々とあるようじゃな……?」
「う、うむ……。ま、まぁ、先程のように頭ごなしに否定をされるような事はなくなりそうで何よりだ。我々はコウエン殿の最後の想いを無碍にする事だけはしてはならぬ。これはエイジに必ず渡さなくてはならぬ……」
「然りだな。それにエイジはヒュウガとの一件があってからは、ゲンロクと共に行動をしておるようじゃし、もしかすると守旧派の種がまた組織に芽吹く事になるかもしれぬ。そうなればワシらが居なくなったとて、いずれはワシらの意志を継ぐ者が組織に再臨し、再びシギン様が居た頃の守旧派が盛り返すかもしれぬ!」
決して彼らは妖魔召士組織自体を憎んでいたわけではない。
反旗を翻して同志達と謀り事を考えていたのも『妖魔召士』組織を『彼らの考える正当な道』へと戻そうと考えていただけなのである。
その『正当』な道が守旧派と改革派では認識が異なり、こうして袂を分かつ事となってしまっているが、元は同じ妖魔召士組織に属する同胞達であり、彼らが許容する組織に戻るのであれば、こうして組織には求められていなかった活動にも多大な意味があったのだと納得する事が出来る。
今ではコウエンの最後の頼みであったエイジに呪符を渡す事。それこそが彼ら同志達の、いや、守旧派としての最終目標に掲げられる事となったようであった。
……
……
……
「然り。妾達はあくまで主の命令でお主らをこうして守っているに過ぎぬのじゃ。主らは黙ってわっちらに従っておればよい」
コウエンの同志である妖魔召士達が、再びコウエン達の居た場所に案内してくれと『妖狐』である五立楡と六阿狐に頼んだのだが、返答は否定の言葉であった。
どうやらこうして丁寧に山の麓まで案内してくれている妖狐達だが、それは別にここに居る彼らに向けての親切心ではなく、あくまで彼女達の主である『九尾』の『王琳』の命令があったからこそのようであった。
「頼む! お主らもワシらとコウエン殿の最後に交わした会話を聴いておったのじゃろう!? ワシらはコウエン殿に託されたこの呪符をエイジに渡さなくてはならんのだ」
「その通りだ! ワシらはもう組織には戻れぬ。コウエン殿に託されたものを渡すには、直接エイジに取次が行える幹部以上の者に頼む他ないのだ。お主らが感じた高い『魔力』を持つ人間とは十中八九、妖魔召士で間違いない。後生だ! ワシらを妖魔召士達の元に案内して欲しい……!」
彼らの言う通り、このまま山を下りて妖魔召士の居る里に向かったところで待ち受けるのは牢獄行きか、たとえそうはならずとも精々が門前払いだろう。
すでに前時代の守旧派の妖魔召士達が組織から離れてしまっている以上、彼ら守旧派の話を聞いて、コウエンから呪符を受け取っているから渡して欲しいと頼み事をされたところで、そんな怪しい代物を何も疑わずにほいほいと受け取るような愚か者はいないだろう。
この山に入る事の出来る程の幹部であれば、そんな守旧派との繋がりもまだ残している可能性が高く、もしかすると暫定とはいっても長を務めている筈の『ゲンロク』が直接この山に居る可能性もある。
前時代ではゲンロクを呼び捨てに出来たこの同志達であれば、直接ゲンロクに事情を話してコウエンから預かっている大事な呪符をエイジに渡してもらう事も高確率で出来ると考えられる。
この機を逃す手はないと鬼気迫る表情を浮かべながら、彼らは自分達より格上である妖狐達を臆せず思いの丈をぶつけるのであった。
「仕方がない奴らじゃな……、分かった。少しだけ考えてやるから、そこで待っていなさい」
「「お、おお! こ、心得た……!」」
…………
二体の妖狐は人間達にそう言い残すと、少しだけ距離を取って妖狐同士で会話を始める。
「ね、どうする? どうする?」
「う、うーん。このまま山の麓に置いていっても、こやつらは勝手にまた山を登ってきそうね。もし私達がそれを無視して勝手に山の中で死なれたら、あとでその事が王琳様に伝わったら妾達は相当叱られちゃうかも……」
妖狐達は二人だけの会話になると、自信満々であった表情とそれまでの人間達に向けていた言葉遣いとは別なものに変わり始めるのだった。
どうやら今の言葉遣いが素で、威厳を出す為に言葉を意識的に変えている様子であった。
「そ、それだけは絶対に駄目よ! せっかくここまで王琳様に気に入られる為に努力してきたのに、こんなところで評価を下げるような事をすれば、私達は他の妖狐達に後れをとっちゃう!」
「特に七耶咫様なんか、絶対私達がミスをすればこれまで以上にマウントを取ってくる筈よ! それに七耶咫様だけじゃなくて八尾の『耶王美』様や、他の王琳様を慕う女狐達にも隙を見せる事になってしまう!」
「これはもう仕方ないんじゃないかしら……。そ、それに私達が人間の頼みを渋々聞いてあげたと王琳様に伝われば、もしかしたら人間を好ましく思う王琳様の私達の評価が上がるかも!?」
「そ、それは良い考えかも! 二重マルよ、五立楡! 普段は王琳様の命令に背いたことがない私達が、人間の頼みをきいてあいつらに感謝されるところを直接見て頂けたら、私達の評価も爆上がりして、も、もしかしたら側近にもしてもらえるかもしれないわよ!」
「そ、側近に!? な、七耶咫様みたいな!?」
「ええ! きっと何処へ行くときも同行を許してもらえるわよ! そ、それにそれだけじゃなくて……! ね、閨にも呼んでもらえるかも!!」
「きゃー!」
六阿狐はツヤのある長い髪を手櫛で整えた後に、赤らめた頬を隠すように両手で顔を覆いながらそう言うと、その言葉に想像を浮かべた五立楡も顔を真っ赤にして黄色い声を上げるのだった。
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多少は離れたとはいっても、そんな風にヒートアップしていく会話に甲高い声まで上げれば、妖魔召士の二人の耳にも届いてくる。
どうやら妖狐達は自分達の会話に夢中で、彼ら人間達が傍に居る事を忘れてしまっている様子であった。
「ど、どうやら妖狐達にも色々とあるようじゃな……?」
「う、うむ……。ま、まぁ、先程のように頭ごなしに否定をされるような事はなくなりそうで何よりだ。我々はコウエン殿の最後の想いを無碍にする事だけはしてはならぬ。これはエイジに必ず渡さなくてはならぬ……」
「然りだな。それにエイジはヒュウガとの一件があってからは、ゲンロクと共に行動をしておるようじゃし、もしかすると守旧派の種がまた組織に芽吹く事になるかもしれぬ。そうなればワシらが居なくなったとて、いずれはワシらの意志を継ぐ者が組織に再臨し、再びシギン様が居た頃の守旧派が盛り返すかもしれぬ!」
決して彼らは妖魔召士組織自体を憎んでいたわけではない。
反旗を翻して同志達と謀り事を考えていたのも『妖魔召士』組織を『彼らの考える正当な道』へと戻そうと考えていただけなのである。
その『正当』な道が守旧派と改革派では認識が異なり、こうして袂を分かつ事となってしまっているが、元は同じ妖魔召士組織に属する同胞達であり、彼らが許容する組織に戻るのであれば、こうして組織には求められていなかった活動にも多大な意味があったのだと納得する事が出来る。
今ではコウエンの最後の頼みであったエイジに呪符を渡す事。それこそが彼ら同志達の、いや、守旧派としての最終目標に掲げられる事となったようであった。
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