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妖魔山編

1732.本当の満足感とは

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 ソフィ達やヌー達が各々酒を酌み交わしながら話をしている頃、集落の空き家となっている屋根の上でイツキは一人空を見上げていた。

 当初は彼も再会したイバキとじっくり話し合い、退魔組で頭領補佐であった頃からこれまでの色々とあった経緯を説明したりしていたが、話が終わるタイミングでソフィ達がやってきた為、彼はそのままイバキに挨拶を告げて外へと抜けだしてきたのだった。

「成り行きだったとはいえ、まさかあれだけ表立っての争いごとを避けてきた俺自身が、妖魔達の巣窟といえる危険な『妖魔山』に来る事になるとは思わなかったな……」

 誰も居ない空き家の屋根の上、イツキは星空を見上げながら独り言ちる。

 二大組織の下部組織である『退魔組』のNo.2といえる地位を隠れ蓑に、イツキは本当の身分を隠して独自に世界を動かせるだけの金と戦闘を行える力、そして誰にでも対等に交渉を行えるだけの権力を着々と手にしていたが、ソフィ達と関わったばかりにその全てが明るみに出されてしまい、彼が今後数十年後にまで続くはずだった裏から『世界を牛耳る』という計画は破綻してしまった。

 何もかもを失った彼が今も手元に残っているのは、幼少期から十代半ばまで愚直に研鑽を積んでいた頃の自らの『戦闘能力』と、ユウゲやミヤジといった取り繕う必要すらない数少ない者達だけであった。

 妖魔退魔師組織の総長であるシゲンとの約束で、この『妖魔山』の『禁止区域』の調査という任務を無事に終える事が出来れば、イツキはこれまで行ってきた事の全てが無罪放免という事で解放される筈である。

 勿論自由になるという意味では『妖魔退魔師』組織総長からの話は願ってもない申し出ではあったし、頓挫した計画であっても一から計画を練り直せば、彼ほどの才を活かせばいくらでも取り戻せる確率は高いだろう。

 そこに再び『妖魔退魔師』組織と『妖魔召士』組織を相手どる事を可能とする勢力を生み出して、裏から運営する事も少しだけかかる日数を計算し直せば、十分に行えるだろうという自信は今でも十分に持っている。

 しかし、何故だか彼にはもう実際に行おうという意欲が、これっぽっちも湧いてこなくなってしまっていたのだった。

 ――その原因は魔族と名乗っていた『』と『』の存在の所為で間違いないだろう。

 世界をたった一人で動かせる程の本当の『力』を有しているソフィという化け物と、そんなソフィに追従する形で更に強くなろうと今でも研鑽を続けているヌーという化け物の姿を身近で見てしまい、イツキは自分がやろうとしていた目的は、彼らにしてみればいつでも行える程の簡単な代物だったのだと、まざまざと見せつけられてしまって、自分の願望は何てちっぽけなものだったのだろうかと、行おうとする意欲すらも失ってしまったのである。

 謂わば、ある日突然に魅力的だと思っていたものが、無価値な物だったと気付いた瞬間のような心情だった。

 確かにそれでもそれなりの満足感を得ようと思えば、計画を進める事で手に入るかもしれない。

 ――しかしそんなモノを限られた寿命と引き換えに手にしたところで、数十年後の自分は本当に満足するのだろうか?

 そして彼がここまで悩むようになったのは、ソフィやヌーだけの所為というわけでもなく、妖魔退魔師組織の総長であるシゲンとの一戦も少なからず関係していた。

「あの野郎との一戦は、ソフィとかいう化け物と戦った時ともまた違う刺激を感じた。あの野郎は『魔』の概念って奴に拘っていないように見えたが、その実誰よりも『魔』の概念に傾倒してやがる。魔力もたいしたことがねぇっていうのに、自分の才能に頼らずに『刀』というたった一つの武器を更に磨き上げる為に『魔』を追求していやがった。奴と戦った時、本当の意味で俺は敗北感を感じたが、それでももう嫌だと思えるような諦観さじゃなく、また挑んでやるって気概が確かに俺の中に芽生えつつあった。あんな大した事のない『魔力』しかない野郎でも、あれだけ強くなれるんだったら、同じように魔力自体が大した事のない俺でも、この金色の『力』を有している俺ならば出来るんじゃねぇのか?」

 シゲン達やソフィ達の事を考えて独り言ちている間に、段々と自分の中に意欲が湧いてくる感覚に包まれたイツキは、その場で『金色』のオーラを纏わせ始めるのだった。

「いやいや出来るだろ? 俺はまだこんなにも若いんだぜ? つまんねぇ権力を手にする代わりに、何の役にも立たねぇ、クソつまんねぇ老後を迎えるくらいなら……、やり直すなら今だろ!?」

 改めて自分一人の時間の中で物事を整理した上で出した結論に、イツキはようやくしっくりと来るような感覚を覚えつつ、これは決して間違いではなく、やるべき事なのだと自覚した様子であった。

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