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妖魔山編

1698.シギンの仕掛けた罠

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 そしてシギンの睨んだ通り、悟獄丸が『障壁』から一歩分ほど離れた瞬間、波が退くかの如くこれまでの乱打が止まった。

 ――しかしそれはシギンの張った『障壁』に対する攻撃をやめる為ではなかった。

 むしろこれまで以上の一撃を繰り出す為に、力を一気に溜めて放出する為の準備段階だったようで、下がったその場所で脚に力を入れ直すと、一歩分離れたその場所から一気に前へと軸足となる左足を出すと同時、思いきり腰の捻りを加えて右拳に全体重を乗せながら『障壁』に向けて拳を振り抜いてくるのだった。

 その一撃は更にオーラによる『魔』の概念が加わっており、先程まで殴り続けていた『障壁』であれば、あっさりと砕け散るところを容易く連想させる程だった。

 しかしその悟獄丸の一撃が障壁に届く寸前に、一筋の白い光が彼の身に降り注ぐのだった。

 悟獄丸は振り切った拳が『障壁』に届く寸前、自分の『青』のオーラで包んだ筈の拳から、その効力が掻き消える感覚を味わうが、その拳は彼の予想とは裏腹に、これまで跳ね返されていた筈のソレを見事に貫くのだった。

「――むっ!?」

 間違いなくこれまでより強力な一撃を繰り出した悟獄丸だが、それでも障壁に当たる寸前に自分の『青』で形成付与を施したオーラの力が、完全に掻き消されたのを自覚出来ていた為、結局はこれまで行っていた乱打より威力が失われたと考えたのだが、それでも目の前の存在が張った『障壁』らしき物体が砕け散るところをみて、不可解な事だと訝しみながらも、そのシギンの守る要が失われて事を好機と見て、今度は伸ばした右腕を引っ込めると同時に軸足を右足に変えて、そのまま左手でシギンを殴り飛ばそうと一歩前へ踏み込んだ。

 ――その瞬間であった。

 悟獄丸の拳によって割れた筈の『障壁』が、いつの間にかシギンの前に再び出現していて、ガキンッという音と共に再び悟獄丸の拳は『障壁』によって跳ね返されてしまうのだった。

「ふむ、どうやら私は読み違えたようだな。お前が一歩退がった時、間違いなく先程の一撃に『透過』を用いると思って『輝鏡ききょう』を挟んだのだが、結局意味を為したのは『輝鏡』の方ではなかったか……」

 そう告げるシギンだが、どうやら彼は今の一連の攻防で罠を仕掛けていたようだ。

 まずシギンが仕掛けた罠とは、シギン自身が口にしたように悟獄丸が強引な乱打を止めて一歩分後ろへ退がった時、障壁が力では割れないと悟り、仕方なく威力だけをシギンに届ける為に障壁を割るのではなくて、そのまま障壁を残したまま『透過』技法を用いて障壁をすり抜けさせて、威力と衝撃だけをシギンに届けようとするだろうと考えて、シギンは『輝鏡』と呼ばれるモノを障壁の前に置き、わざと割らせる事で『透過』を不発に終わらせようと企んだ事にあった。

 この『輝鏡ききょう』とは見た目は単なる平面な鏡だが、その正体は紛う事なき『結界』そのものである。

 厳密には『輝鏡』単体で発動するというものではなく、この『輝鏡』が割れた時にその真価を発揮するというものであり、元々の『輝鏡」の効果とは、直接手を出した対象の『魔力』を割った鏡の破片の一枚一枚に封印するというものである。

 一連の流れとしては『障壁』の間に『輝鏡』を挟み、その『輝鏡』を割らせる事で『魔力』そのものを奪い、オーラを纏う『青』と『透過』技法そのものの効果を打ち消そうとシギンは企んだのだが、どうやら悟獄丸は『透過』を用いるつもりではなく、あくまでオーラそのもので強化した拳を思いきり反動をつけて殴ろうとしただけのようであった為、シギンの目論見は外れて『透過』に対する対策であった『輝鏡』は、本来の目的には活かされなかったというわけである。

 しかし『透過』技法の対策として役には立たなかった『輝鏡』だが、その前にもう一つの『魔』の概念を用いた事で悟獄丸の力そのものが弱まり、障壁自体には何の効力も齎さなかったが『輝鏡』を割らせる事には成功したのであった。

「成程な? 自分より強い力を持つ者が居るなら、弱らせてしまえばいいってわけか。口で言うのは簡単だが、それを実際にこの俺に対してやってみせたのは驚きだぜ。お前もいいじゃねぇか、十分に楽しめそうだ」

「はぁ……、お前は本当に『鬼人』の妖魔が、そのままの形で妖魔神と呼ばれるようになったようだな」

 悟獄丸の『魔力』の一部が『輝鏡ききょう』の効力によって削り取られた事で、少しは大人しくなっているかと考えたシギンだったが、あまりに普段通りであった為に溜息を吐くのだった。
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