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サカダイ編

1381.妖魔退魔師ナギリの見事な攻防

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 ジンゼンが仕掛けようと判断に至った頃、ナギリも『ヤヒコ』にかけられた『王連』の神通力が距離や時間制限では解除されないものなのだろうという結論に至り、この場で立ち止まって少しでも追手の数を減らすか、このまま体力の続く限り引き離すかで悩んでいた。

 退魔組の護衛剣士や追ってくる人型を取っている『妖魔』くらいであれば、このまま一定の距離を保ち続けながら逃げ続ける選択肢を選ぶことも現実的なのだが、鳥の『式』に跨って空を飛んでいる追手を振り切る事は流石に出来ないとナギリは判断する。

 つまり逃げ続けるという選択肢を取った場合は、いずれは捕まり戦いを余儀なくされてしまうだろう。

 しかしだからといって、この場で戦う道を選べば同様に『退魔組』の者達の数を減らす事は可能ではあろうが、その分『ヤヒコ』を狙われて『ナギリ』が庇おうとする事で、二人が共倒れになる危険性は膨れ上がってしまう。

 一番現実的な考えとしては、逃げる速度をこのまま少し緩めながら『退魔組』の連中のみを誘わせて攻撃を行わせたところに最小限の動きで制圧し、追手の数を減らしながらも『ジンゼン』や他の『魔瞳』や『捉術』を使う連中の『術』を上手く回避して、更に逃げるという選択肢だろう。

 その際に誘いこんだ『退魔組』の連中に怪我を負わせて、周囲の連中も同時に足止めが出来れば最善なのだが、流石にそこまで上手くいくとは思えない。

 むしろ欲を掻いて深追いすれば更にリスクは高まる可能性もある。

 そう何度も使える手ではない以上、たった一度の仕掛けるタイミングで行える最高の状況を生み出して活かさなければならない。

 注意すべき点は『ジンゼン』の行動と、退魔組の『特別退魔士とくたいま』とかいう白い狩衣を着た退魔士達くらいのものである。

 その他の刀を持った剣士や、障害になりそうにない『妖魔』には最小限の意識だけ向けて回避を行えば問題はないだろう。

 ちらりと『ナギリ』は数度程追手である『退魔組』の方の確認を行ったが、剣士の方は走りながらもいつでも刀を抜けるように手を宛てて、動きもそれにしっかりと合わせているところから見ても、一般の剣士としては『それなりにはやれる』ようだ。

 だが、実戦で高ランクの妖魔を身一つで戦い斬り伏せる事を当然と考える『妖魔退魔師』から見れば妖魔退魔師の枠組では『基本』までしか出来ていない新人という印象でしかない。

 同様に人型を取れるランク『3』の妖魔に対しても『ナギリ』からみれば『1』や『2』の妖魔とそこまで差は感じない為に、人を一人担いだ状態で戦っても余裕で倒しきることも可能だろうと判断が出来るのだった。

 しかしナギリが追手の数を減らす事を決断して、何処を狙うかを考え始めた時、先に行動を起こしたのは『退魔組』の方であった――。

 そしてそれは『ナギリ』が振り返った瞬間であった為に『特別退魔士とくたいま』の『クキ』が『式』に禁術を施すところを見る事が出来た。

「むっ!」

 ランク『3』であった筈の人型を取っていた妖魔の追いかける速度が増したかと思うと、その場からの跳躍で一気にヤヒコを抱える『ナギリ』の元にまで飛び掛かってくるのだった。

 両手が塞がっているナギリは一度『ヤヒコ』を下ろして追手を引き付けて誘い際に『後の先』を狙おうと考えていたが、流石にランク『3』と『4』では速度が変わり過ぎて、構える準備が間に合わなかった。

 ヤヒコを両手に抱えたまま、刀を抜く事が出来なかったナギリは仕方なく背後へと一度跳躍を始める。

 しかし跳躍を果たして着地点にナギリがたどり着いたとき、左右から挟撃を行うようにナギリに護衛剣士の『サキ』と『ヤエ』が刀を抜いて飛び掛かってきていた。

「ちっ……!」

 ナギリはヤヒコを抱えているために、両手を封じられたままで『魔力』を用いて全身に『青』を纏い始める。

 この襲撃される僅かな間に『浅葱色』から一気に『天色』まで纏って見せたナギリは、上手く護衛剣士達の間合いを目測で測ってみせたかと思うと、身体を器用に捻りながら『サキ』と『ヤエ』の同時攻撃を躱してみせる。

 間髪入れずに『ヤエ』が次の一手を繰り出そうとするが、そこでナギリは右足の踵を上げて『ヤエ』の刀を持つ右手を跳ね上げたと同時に、ピタリとその右足を止めた。

 そしてそのままぐっと身体を押し出すように、足に力を込めて前蹴りを腹に放つのだった。

「あぐっ……!」

 鳩尾に前蹴りを入れられた事で『ヤエ』は苦しそうな声をあげたが、その瞬間にも態勢をしっかりと整え直した『サキ』と正面から両手で刀を握りしめた『ミナ』が『ナギリ』の身体を目掛けて垂直に振り下ろしてきていた。

「ええい、厄介な連携を……!」

 ヤエを蹴り飛ばしたままの態勢であったナギリは、身体を元に戻す間もなく攻められた事で、仕方なくそのまま強引に前方へと飛び込みながら身体を回転させて見事な空中飛びを行い、再び護衛剣士達の攻撃を躱す事に成功した。

 ナギリに抱きかかえられていた『ヤヒコ』は、自分が荷物になっている事を内心で歯痒そうにしながらも、視線をしっかりと庇ってくれているナギリに向けて目を背けなかった。

(すまない。この身体が動けるようになったら必ず礼をする……! だから今は耐えてくれ……!)

 足手まといなのを重々承知しながらもどうすることもできない『ヤヒコ』は胸中でそう呟くのだった。

 前方回転受け身に近い空中飛びを行って無事に『退魔組』の護衛剣士達の攻撃を全て回避してみせた『ナギリ』は、直ぐ様軸足に力を込めて立ち上がると、脇目も振らずに来た道に向けて駆けだし始めた。

 少しでも動きを止めて立ち止まると、様子を窺って『術』を施そうとしていたであろう『ヒイラギ』と『クキ』の姿を視界に捉えたからであった。

 ――そして空にいる『ジンゼン』の存在も忘れたわけではない。

 ギリギリまで魔力を温存しようと考えているのか、それとも決定的な瞬間まで『退魔組』の退魔士達に任せようと考えているのか、そこまではナギリには分からないが、手を出してくる様子をみせない『ジンゼン』をみたナギリは、此れ幸いとばかりにその場を脱出するかの如く駆けだしたというわけである。

「くそ! 本当に人間なのかよ!? 人を一人抱えた状態の動きじゃねぇぞ!」

「ごほっ、ごほっ……! く、くっそぉ!」

 クキのように『禁術』を施して『式』に襲い掛からせようと考えていたヒイラギだったが、あっという間にその機会を逃してしまい、信じられないとばかりにナギリをみながらそう告げた。

 そして苦しそうに咳をしながらも何とか立ち上がった『ヤエ』は、あっさりと自分を子供扱いするようにあしらってみせたナギリの去っていく背中を見て、悔しそうな声を出すのだった。

「あ、あれが『妖魔退魔師』の実力という事ですか……! クキさんの禁術を使われた『式』と我々護衛剣士が一気に襲い掛かったというのに、まるで何事もなかったのように脱出されてしまった……」

 隙をついて本気で襲い掛かった護衛剣士の『ミナ』だが、難なく躱されてしまった事でこちらも唖然としながらそう独り言ちていた。

「何をしている! 直ぐに追え! お前達がある程度奴の動きを鈍らせなければ、私の残り少ない『魔力』では仕留めきれぬのだ!!」

 空から戦闘の様子を見ていた『ジンゼン』は、絶好の機会といえた状況であっさりと脱出されてしまった事に苛立ち、声高に叱咤するように空から叫ぶのだった。

「わ、分かっていますよ!」

「直ぐに向かいます!!」

 慌ててヒイラギたちはジンゼンに返事をすると、再び『ナギリ』を追いかけ直すのだった。

 ……
 ……
 ……
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