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サカダイ編

1328.現実と理想の差

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 ソフィがイツキと戦闘を開始した同時刻、キョウカは『王連おうれん』と戦った森からようやく『ケイノト』の門前まで辿り着いていた。

 そしてそこで多くの人間が倒れているのを見たキョウカは、倒れているのが自分のよく見知った顔達であったことで、慌てて声を掛け回るのであった。

 しかしどうやら生存者は残されていなかったようで、キョウカは再び項垂れて嘆きの声をあげようとしていたところであった。

「うっ……!」

「!」

 キョウカは呻き声が聞こえてきたことで、その場で顔を上げて辺りを見回し始める。

「だ、誰! い、生きているなら返事をして!」

 キョウカは藁にもすがる思いでそう叫ぶと、直ぐに返事がかえってくるのであった。

「きょ、キョウカ組長……?」 

 慌ててキョウカは声をあげた自分の隊士の元へと駆け付ける。

 その隊士は『妖魔召士』の使役したランク『6』の妖魔『野槌のづち』に呑み込まれたところを『ヒサト』に救出された隊士であった。

 彼はヒサトに救出された後もこの場で倒れていたが、チジクやヒサトと戦っていた『王連』が彼らを追って南の森へと向かった後に、ヒュウガ一派の『妖魔召士』達もこの場での指揮官であった『ジンゼン』の命令で『王連』達を途中まで追いかけて行ったために、この場で倒れていた隊士の彼は、意識を失っていたこともあって命だけは無事でだったのである。

「『』!」

 キョウカは倒れていた隊士が目を開けたのを見て、慌てて名前を呼んで近づく。

「こ、ここは……」

 どうやら意識を取り戻した直ぐであったことで、まだ完全に意識が覚醒していないのだろう。

 キョウカに『サブロウ』と呼ばれたその妖魔退魔師の隊士は、朧気ながらキョウカの顔を見て僅かに微笑むのだった。

「生きていてくれてよかった……!」

 心の底から嬉しそうにキョウカもサブロウを見て笑うのであった。

 ……
 ……
 ……

「ん? どうかしたのか、麒麟児きりんじよ?」

『妖魔山』の麓まで既に辿り着いていた『イダラマ』は、唐突に背後を振り返った『エヴィ』が気に掛かって声を掛けた。

「……」

 何かを感知したのか『エヴィ』はしきりに辺りを見回し始めたが、まさかそんな筈は無いと頭を振った。

「いや、何でもないよ」

(ソフィ様の魔力を一瞬感じられた気がしたけど、まさかあのお方が『この世界』に居るわけないか)

 イダラマは何でもないと口にした『エヴィ』に頷きを見せたが、内心ではこのエヴィに感心していた。

(私の周囲に常時張っている『結界』は、あの『ゲンロク』や『ヒュウガ』であろうとも私の位置を探れない程の『結界』だ。この『結界』は外からの感知に関しても大きな妨害の働きを持つが、当然『中』から『外』へも同一に感知が出来ない。この『結界』を張っている私は別だが、この麒麟児が何やら『ケイノト』周辺で行われている戦闘を僅かでも感づいているとは驚きだ)

 イダラマはだとばかりに満足そうに頷いて見せたが、直ぐに視線を『ケイノト』の方へ向けた。

(しかしどうやらあそこでは、想像以上の存在が戦いを繰り広げているな。最初はあの『ゲンロク』を裏切ったと裏の筋からここまで情報が広がっている『ヒュウガ』が『妖魔退魔師』達と戦いを繰り広げている余波だと思っていたが、どうやら先程の歪な魔力はどちらかといえば『妖魔』に近い。それもこの私が目指している先『妖魔山』の『禁止区域』内に居る狙いの奴らと『同類』に近かった。まさか奴らが『山』から下りてきた筈がないし、一体何が起きているのだろうな……)

『イダラマ』はそこまで考えたが、今更もう関係が無いかとばかりに頭を振って、自分と『志』を共にする同志達である『アコウ』に『ウガマ』、それにもうすぐ辿り着く『コウヒョウ』の町で落ち合う約束をしている更なる多くの同志達と合流するために前を向くのであった。

 ……
 ……
 ……

 ケイノトの門から南にある森。キョウカが王連と戦っていたところに近い場所だったが、その場所はもう全く違う景色へと変わり果てていた。

 ケイノトの町の中からこの場所までイツキを蹴り飛ばしてきた後、そのイツキの顔を掴んで地面に叩きつけた後に一気に地面を掘り進んだことで、森であった場所はあの『加護の森』のように大穴が開いてしまい底が見えなくなっている。

 イツキを覆う『オーラ』が完全に消えて『魔力』も感じられなくなってしまい、その場でイツキの顔を掴んでいたソフィは、興味のなくなった玩具を捨てるかのように、力無くその場へ放り投げた。

 ケイノトの長屋でソフィが目を覚ましてからずっと、バチバチと放電しているような火花が、ソフィの纏うオーラの端々に発せられていたが、やがてそのソフィの形態は通常へと戻って行った。

「まぁ……。分かっていた事なのだがな」

 その消え入りそうな声からは想像出来ない程に、彼は恐ろしい顔をしていた。

 必死に苛立ちを抑えるように鋭利な牙を鳴らすように口を動かして、何処か諦めきれない想いを募らせながらも理解していたことだとばかりに、自分を納得させようとする冷静な感情が同じ場所に点在しているような、複雑な感情の中でそう告げるソフィであった。

 ソフィは『イツキ』に『エルシス』や『魔神』と戦った時以上の期待感を寄せて戦おうとしていた。あれ程の『二色のオーラ』を数秒や数十秒ではなく、ずっと纏わせ続けられていたイツキならば、きっとソフィは自分の『力』をある程度まで出させてもらえるかもしれないと考えていたからである。

『サカダイ』の町の『妖魔退魔師ようまたいまし』の本部がある建物内で『サノスケ』と名乗っていた男が話していた内容と、この男の纏っていた『金色』からソフィの中で期待値が多少高まっていたところに、実際に目の前で『エルシス』が編み出した『青』と『金色』の『二色の併用』の上位互換と呼べる程の『二色の併用』を見せられた上で、あの『ケイノト』の長屋で『ソフィ』に対して放った『捉術』の殺傷力の規模から省みてソフィの中では、これからもっと上の戦いが繰り広げられると信じてやまなかったのである。

 勝手に期待しておいてと思うかもしれないが、この期待値に至ることはこれまで数千年で一度たりともなかったことであり、ようやく、ようやく別世界にして『秀抜の存在』に出会えたと確信したのである。

 その時の芽生えたソフィの『闘争心』と、これから起こる『至高の戦い』への期待感は、類を見ない程のそれこそ青天井ともいえるものであった。

 だからこそ終わってみれば、彼はその『力』の半分も出すことすらなく、それどころか『攻撃魔法』の一つも使わず仕舞いで、単に蹴り飛ばして顔を掴んで叩きつけただけで勝負は終わってしまったのである。

 準備運動を終えて『さぁこれからだ!』と意気込み『魔王形態まおうけいたい』も自身の『力』を一気に開放出来る『完全なる大魔王』状態にまでなっていたからこそ、余計にソフィも精神的に堪えたようであった。

「――」 (ソフィ……)

 そこに落ち込んだソフィの表情を見た魔神は、慌ててソフィの元へ駆け寄って手で頬を撫でながら慰める。

「むっ、すまぬな。しかし本当に我はこれまで生きてきた中で一番の期待をしたのだ。お主との戦いの続きを楽しめる程の期待をこの男に抱いていたのだ。人間はやはり素晴らしいと、やはり人間が我を殺せる存在なのだとさえ思ってな……」

『力の魔神』は契約主である『ソフィ』に対して、自らの不甲斐なさに自分で自身を消滅させたいと考える程であった。

「……クックック。そんな顔をするでない。お主は何も気にする必要はないぞ。それに今回のような出会いがあると分かっただけでも我にとっては大きな朗報であった。次は何時の事になるか分からぬが、我が寿命を迎えるまでにはまだ膨大と呼べる時間が残されておる。それに出会った頃から僅かな時しか立っておらぬというのに、リディアやラルフは出会った頃とは比較にもならない程に強くなっておるし、一般人と呼べるところからもう『大魔王』領域にすらなろうとしておる。更にあの『ヌー』や『レキ』のような者達も居る。我はまだまだ全ての期待感を失ったわけではないぞ? だからお主がそんな顔をする必要はないのだ」

『力の魔神』は自身の不甲斐なさに、涙を流しながら悲しそうな表情を浮かべていたのだった――。

「さて、ヒノエ殿達の所へ戻ろうか。こやつを届けねばならぬしな」

 そう言って自分の『自我』を優先していた状態であったソフィは、いつものソフィへと戻って魔神にそう告げるのだった。

 しかし今回もまたソフィの『自我』の大元の部分と呼べる『至高の存在と全力で戦い、そして可能であれば最高到達領域に居る自分を破り去って欲しい』という願望は叶えられなかった。

 ――果たして、この『最強の大魔王』に全力を出させて戦える『存在』。

 そして彼に『死』を与えられる程の強さを持つ『存在』は現れるのだろうか。

 ……
 ……
 ……
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