最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

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サカダイ編

1293.声にならない最後の言葉

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 王連によって吹き飛ばされて意識を失っていたヒサトだったが、目を覚ました後にようやく自分がどういう状況下に於かれていたのかを完全に思い出した彼は、森の中を走りながら王連と戦っているであろう『キョウカ』組長を探してここに向かって来ていたのであった。

 そしてようやく辿り着いたかと思えば、そこには何やらふわふわと木が宙を浮いている状態で、今にもキョウカ組長とその組長を守り立つように刀を構えている『チジク』に向かっていきそうなところであった。

(ど、どういう状況なんだこれは……? あの天狗はもう居ないようだが、あの空に浮いている木を纏っているのは、奴が纏っていた『魔力』と同じ色だ。つまりあれはあの天狗の『魔力』で動いているということか?)

 流石に妖魔退魔師の『三組』の副組長だけあって、一目見ただけで『木』が何の力によって浮いているのかということを把握できたようだ。

「きょ、キョウカ組長! チジク!!」

 …………

「ひ、ヒサト副組長!」

 王連の神通力によってその場から動けないキョウカの代わりに、前でそんなキョウカを守り立っていたチジクが反応をしてみせた。

 そしてそんなチジクは迫りくる木々に意識を割きながら、視線を一旦後ろに居る『キョウカ』に向けながら再びヒサトへ送る。

 ヒサトはそんなチジクを訝しそうに見る。

(アイツが俺に何かを伝えたいのだろうということは理解が出来るが、一体何を俺に伝えたがっている? キョウカ組長を見ていたようだが! そ、そうだ、何故キョウカ組長はあの木々が迫って来ているというのに、自分は動いていないんだ? あの『紫色』の魔力は実際に戦ったキョウカ組長ならば『王連』の魔力が宿っているという事には気づいている筈だが。あの王連は少なく見積もってもランク『7』で魔力もそれ相応に相応しい力を持っていた。つまりチジクであってもあの木は容易く切る事は出来ないだろう)

 僅かな時間の間に長考を重ねていくヒサトは、そこでようやく違和の正体に気づいた。

(この場に王連が居ないのには、あのケイノトの門前に居た妖魔召士達が連れて行ったからだろう。つまりキョウカ組長の元に『妖魔召士』達がきていたということになる。いまキョウカ組長が動けていないのは、奴ら妖魔召士の『魔瞳まどう』を何らかの形で受けた事が原因なのではないか? そして奴らはトドメを刺したつもりであの木々を放ち王連共々この場を去ったが、そこに気を失って倒れていたチジクが目を覚ましてキョウカ組長を庇い立ったということだろうか……?)

 残されている情報が少なすぎる上に、何故トドメを刺す瞬間まで見届けずに奴らがこの場から去ったのか、それが理解出来ぬが現実にこうなっている以上、その推測に近いことが起きたと無理やりに納得するヒサトだった。

 色々と腑に落ちない事が多すぎる状況だが、ひとまず分かっている事はキョウカ組長が動けずに居て、そのキョウカ組長を狙ってあの木々が迫って来ているところをチジクが何とかしようと庇い立っているということである。

 ――ここまでの思考と推測、それに予想を加味したヒサトは、ここでチジクの視線の意味を踏まえて駆け出していった。

 キョウカ組長に視線を向けながら俺を一瞥したということは、目の前の木々はチジクが引き受けるから、俺にキョウカ組長を頼むというチジクの言葉なき頼みであり、彼がヒサトに対して必死の伝達の意思を示したのだろう。

 間違っているとしても動けない組長から身を守る行為には、決して間違いはない筈だと彼は踏み切ったのであった。

 …………

 そして一度では伝わり切らなかったようで、少し逡巡していた様子であった『ヒサト』副組長がこちらに向かって駆け出して来たのを見たヒサトは、ようやく伝わったのだと一安心した。

(これでもうキョウカ組長は大丈夫だ。ヒサト副組長、後はよろしく頼みます……!)

 彼は先程のキョウカのように覚悟を決めた表情を浮かべながら、前から迫って来る数多くの木に向かって突進していった。

(待って……!! あ、あなたが死んでしまう……!)

 必死にチジクを止めたいキョウカだが、身体が動かずにその後ろ姿を見る事しか出来なかった。

「キョウカ組長っ!」

 そしてそんなキョウカの元に遂にヒサトが辿り着いた。彼はキョウカの身体を抱き抱え始めたかと思うと、そのままチジクの向かう方向とは逆の方向へと駆け出し始めて行く。

(ま、待って……! ヒサト! こ、このままじゃ、ち、チジクが!!)

 声が出せないキョウカは胸中で必死にそう叫んだが、最後まで声にならなかった。

 ――そう。チジクが目の前で木々に貫かれ続けていき、やがて力尽きるその最後の時まで、彼女の言葉が『声』に出ることはなかったのであった――。
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