最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

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サカダイ編

1282.何も持たない彼女が、何でも持っている理由

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 ヒサトは先程空の上で行ったキョウカ組長の想像を絶する一連の流れに、身の毛がよだつ思いを感じていた。

(キョウカ組長は初見となる天狗の竜巻の攻撃を受けていたというのに、全く慌てる素振りもなく冷静に相手の距離と更なる攻撃に備えての予測行動を取っていた。そして間合いをきっちりと測りながら、天狗の持つあの面妖な団扇から放たれる一撃に合わせて、相手の風の勢いと支点となっている自らの態勢から行える攻撃の予測と、どれだけの威力を持たせる事が出来るかの判断。残念ながら相手の攻撃に合わせて放たれた組長の衝撃波は狙って躱されたかまでは存ぜぬが、あの王連とかいう天狗には当てることは叶わなかった。それでもあの王連に『空の上の優位』というモノが、キョウカ組長には関係がないという事を思わせられたであろう……)

 あそこで『後の先』としての技法である、キョウカ組長の衝撃波が当たっていれば、それこそ一番良かったのであろうがしかし、当たらなくともそれに匹敵する程の収穫になったのは間違いないだろう。

 あの王連という天狗はヒサトと戦っている時に、自らの口で『人間は空の上では自由には動けない』と敵である妖魔退魔師に対して告げる程に強調して伝えていた。

 それはつまり裏を返せば『空の上』というアドバンテージを妖魔退魔師という人間と戦う上で、如何に大事に思っているか。その大きさが天狗の王連から見て取れる。

 そしてそうである以上はもうキョウカ組長に対して、人間にとっては非常に不利な筈の『空の上』という優位性は失ってしまい、これからはランク通りの妖魔と、その妖魔を討伐する妖魔退魔師というこれまでの構図がそっくりそのままとなる戦闘と移行していくことになるであろう。

 つまりは単なる妖魔ランク『7』の天狗と、かつては副総長ミスズに匹敵すると言われていた剣豪『キョウカ』との真っ向からのぶつかり合いの構図となるのである。

 そしてあれ程の空の上での攻防があった後だというのに、全く疲れている素振りを見せずにキョウカはゆっくりと歩き始めたかと思うと、先程空から態勢を保つ為に投げた自分の愛刀を拾うのだった。

 妖魔退魔師組織に三人しか居ない最高幹部だが、この『三組組長』のキョウカは『一組組長』のヒノエのような瞬間的な爆発力から出せる攻撃力や『二組組長』のスオウのような天性的ともいえる才能があったわけでも、回避能力や危機察知能力に長けているわけでもない。

 ――謂わば、特別優れたモノを持たない一般人であった。

 ただ、生まれてから妖魔退魔師組織に入隊するまでの期間。自分で作り定めてきた研鑽を自直に厳守し続けて刀を握り振り続けてきた結果、彼女は妖魔退魔師の中でも強いと評される程になった『努力の人間』であった。

 もちろんそれは才能があったから出来たことだと、彼女のことをよく知りもしない人間であれば揶揄する者も居るかもしれないが、彼女に才能があるとしたら、それは『他人の観察』を飽きもせずに愚直に何時間でも行い続けられることであろうか。

 当然キョウカは他の者達が行っているような、そんな剣の修行も人より多くやっていると言えるだけの修行も行ってはきているが、それ以上に彼女がやってきた事は、自分より優れている者に強い者、そして自分より弱い者や、自分と同じくらいの強さの者といったあらゆる人間達を分け隔てなく『人間観察』を行ってきていたのであった。

 強い者が行っている研鑽のやり方に方法。身に付く効率の良さを吸収し盗む。そして自分と同じくらいの強さの相手からは、まさにその時の自分とカッチリと比較してみて、同じくらいの強さである相手とどこか一つでも違いがないかを見極める。

 更に自分より弱い人間に対しては、どういった修行をして、何故自分と違う動きを行っているのか、そして自分の行う研鑽に比べて効率の悪いその研鑽方法で得られる成果と、自分の得て来た効率からの成果との差を『経験』と照らし合わせながら『理解』を最後まで行う。

 ――キョウカにとって他者の価値というものを考えた場合、戦闘の上で強い者も弱い者も違いはない。

 それら全てが等しく紛う事無く、自分を磨き上げてくれる『至上の素材』なのである。

 何も持っていない者が、何でも持っている相手に勝てる筈がない――。

 ――かつて、この考え方と全く同じ『思索』を行う大魔王が居た。

 それは大魔王『フルーフ』という『レパート』の世界の支配者である。

 彼は拾い子である『レア』と出会った時に、この考えを一つの教えとしてレアに授けた。

 その時にはレアにはまだ難しいことを伝えてもその半分も理解が及ばないであろうということを考慮して、捨てられたことで他人を簡単には信用出来ない様子であったレアに対して、直ぐに彼女が理解が及ぶように『野心』と『野望』を持てと伝えた。

 結果としてレアはフルーフの教えで救われて今日に至っている――。

 全てが上手く行く保証などは当然の如くあるわけではないが、何も持っていないと自分を蔑む暇があるのならば、何か一つでも自分を納得させられるモノを探す事が大事なのである。

 別に大したモノや立派な目標を掲げろと言っているわけではない。誰もが簡単に抱けるような、単純なもので構わないのである。元々何も持っていないのであるならば、そんな小さなものであってもないよりはマシである。

 そしてそんななものが一つ出来ただけで、自分の『興味』という潜在的に生まれ持った『感情』が、その今抱いたたった一つの代物に向けられることになるのである。

 こんな素晴らしい事があるだろうか? ただこれまで持ったことのないモノへ『興味』を向けるだけで、これまで考えたことのないモノに対して思考をすることが出来るのである。

 ――キョウカという女性には最初は本当に何もなかった。

 しかし人を観察することを始めてから少しずつ少しずつ強くなっていた。他人の観察で得た知識を完全に自分のモノにしたと判断するまでは、ひたすら同じ研鑽を反復し続けて完全に出来るようになったならば、また違う何かを観察して更に出来るようになるまで延々と繰り返す。

 何時間、何十時間、何日、何か月、何年。ひたすら同じことを延々と繰り返してきた彼女は、気が付けば妖魔退魔師の組織に身を置く事となり、やがて彼女は妖魔退魔師の最高幹部という今の地位についている。

 先程、天狗の『王連』が放った初めてみる技で空へ巻き上げられたキョウカだが、空の上に浮かされて本来ならば、突然の身動きの出来ない空の上で四苦八苦して焦る素振りをみせる局面であっても、彼女は微動だにせずにその現実を受け入れて、結果的に事なきを得て地上へ戻ってこれた。

 しかし何故彼女が、空の上で普通通りの心持ちで戦えたのか。

 ――単純明快。その答えは彼女が『空の上』で戦うことに慣れているからである。

 彼女は人間観察を趣味としているが、当然その趣味は当時の同じ妖魔退魔師の幹部であった『ミスズ』に対しても幾度となく行っていた。

 多くの妖魔退魔師が苦手とする『鳥類』の妖魔と戦うこともミスズは平気で行う為に、自分には持っていないスキルを少しでも盗んで得たいと考えたキョウカは、何度も彼女の任務に同行を願い出て、何度も彼女が『翼』を持つ鳥類系の妖魔と戦うところを観察し続けてきた。

 今回のように王連が羽団扇を使って『風』を出すように、翼を持つ妖魔が自身の翼を羽搏かせて『風』を巻き起こして空へ巻き上げる高ランクの妖魔も居れば、鋭利な爪を用いて想像を絶する速度で空から一方的に攻撃を仕掛けてくるような妖魔など、あらゆる攻撃性をもった『鳥類』の妖魔との戦い方を知識として、キョウカはミスズから盗んできたのである。

 そして当然に知識として得ただけで済ますわけもなく、今度は自分の任務上でも『鳥類』の妖魔と戦う時には、自分の持ち得る『技』で余裕で勝てる相手であっても、わざと相手の攻撃に合わせて戦いながら、ミスズと全く同じ動きが出来るようになるまで何度も何度も、同じ相手や違う相手に対しても行い続けて完全に会得するまでキョウカは研鑽を続けてきた。

 単に興味を持った『モノ』を興味があった『モノ』にするのではなく、完全にその『モノ』に対して『興味』がなくなるまで、ひたすらに付き合うのが『キョウカ』である。

 キョウカがミスズの任務に全く同行しなくなる頃には、もう『鳥類』の如何なる敵が出てきたとしても完全に、ミスズと同じ対策や同じ戦術を頭で理解が出来て、身体で対処を行えると判断する事が出来ていた。

 つまりそんな『鳥類』と同じような攻撃手法で、人間であるキョウカを普段通りに戦えない状況下にしようとする『天狗』に初見となる攻撃で空の上へと巻き上げられたところで、キョウカにはその完璧な対処法というモノが頭の中に入っていて、更には空の上で戦うこと自体にも慣れ過ぎていて地上と戦う時と全く心持ちは変わらなかったのであった。

 そして刀を拾ったキョウカは、空からゆっくりと下りて来る天狗に視線を送る。どうやら『王連』は空の上で戦う事に何のメリットもないと感じたのか、地上へ降りて戦おうとするのであった。

 ……
 ……
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