上 下
1,281 / 1,915
サカダイ編

1264.ヒノエ組長が行う交渉

しおりを挟む
 その男はヒノエが目の前まで近づいて来たというのに、それでも一切表情を変えずに座敷畳に座ったままで、ヒノエを見上げていた。

「俺に何の用だ?」

 男がヒノエを見上げながらそう口にすると、ヒノエは再び手に持ったままの刀を振り上げると、そのまま一気に男に振り下ろした。

「ひ、ヒィッ!!」

 その悲鳴を上げたのはヒノエの前に居る男ではなく、壁際に避難を行っていた男だった。

「お前、えらく肝が据わっているな。実はお前がこいつら『煌鴟梟』とかいう犯罪者たちを束ねているボスだったりしないだろうなぁ?」

 実は目の前に座っている男こそが、この組織の本当のボスなのではないかと疑ってかかるヒノエ組長だった。

「たとえ俺が本当にボスだったとして、捕縛されていたら何も変わらないと思うが?」

「ふふっ。だが、お前が相当に修羅場を潜ってきている事に変わりはないな。実際にボスというわけではないとしても、この組織の上役なのは間違いはないのだろう?」

 誰かに真相を聞いた訳でも無いが、一連の流れを省みたヒノエは半ば確信をもって男に告げるのだった。 

「まぁ、間違ってはいないな」

 この状況で誤魔化す必要もなければ、全く隠す必要性も感じていない目の前の男は、ヒノエの問いに正直に答えるのだった。

 ――この男の名は『サノスケ』。

 この旅籠町の宿の経営をしていた者だが、その裏では『煌鴟梟こうしきょう』の組織の幹部であった男である。

 ミヤジが客として宿に連れてきたソフィ達と関わった事で、人生が大きく変わってしまった者達の一人であった。

「ふっ、そうだろう? よし決めた。お前を牢から出してやる」

「はっ?」

「「なっ――!?」」

 唐突なヒノエの言葉に直接聞かされてた『サノスケ』だけではなく、後ろで聞いていた予備群達も驚きの声をあげるのだった。

「その代わりお前の知っている事は全て吐いてもらう。見返りは釈放でどうだ? 十秒だけ考える猶予を与えるが、それ以上時間をかけるならこの話を断ったとみなす。掴んだ好機を無駄にするのも利用するのもお前次第だ」

 そう言ってヒノエは時間を数え始めるのだった。

 サノスケも他の組織の囚人達もそして、予備群の護衛隊達も皆一様に思考を放棄してヒノエの顔を見ていた。

「嘘じゃないのか? その言葉を信用してもいいんだろうな?」

「三、四、――」

 にやにやと笑みを浮かべながらヒノエは、サノスケの言葉に返事をせずにカウントだけを続けるのだった。

 裏の顔は煌鴟梟の幹部だが、実際にサノスケも商売を生業とする生粋の商売人である為に、当然の如く交渉事には慣れている。そんな彼から見ても目の前のヒノエという妖魔退魔師の組長の筈の女が、交渉事に対して油断も隙もない相手だと悟るのだった。

「七、八――」

 このヒノエは自分が組長としての身分についてから、組織への金銭的な貢献度では他の最高幹部の追随を許さず、瞬く間に莫大な資産を築き上げて僅かな期間で、不動の『一組』の座に居た『スオウ』を『二組』へと引きずり落とした『組長』なのである。

 商売の才では『サノスケ』が比べるべくも無く上であっても、強引な取引を行う為の話の筋道の立て方や、一度こうと決めた交渉に関しては、成果を上げるまでは彼女は絶対に退く事をしない。

 ――『交渉』という一点に絞れば、同じ妖魔退魔師の組長格でもヒノエには敵わないだろう。

 言葉を巧みに操って論理的に相手の思考を崩して乱す副総長『ミスズ』と、自分の意見を決して曲げずに『妖魔召士』達との交渉の場で見せた『譲歩的要請法』のような強引な手法を得意として、相手の精神を完膚無きまでに叩き潰す事を前提として一歩も退かずにこれまで成果を上げ続けてきた『ヒノエ』。

 副総長『ミスズ』が交渉相手で、ようやく五分の争いになるだろうか――。

 そんな『ヒノエ』は目の前の煌鴟梟の幹部と言っていた男が、自分に対して交渉を持ちかけようとしたのを理解した上で、自分が有利という点を活かして決して相手の土俵には上がらない。

 そもそもこれでは『サノスケ』は『交渉』の場にさえつけていない。

 ヒノエは内心ではこの『サノスケ』という男の協力失くして、脱獄した妖魔召士達や『ヒュウガ』一派の行方を追えないかもしれないと考えてはいるが、それでも表面上ではそんな事をおくびにも出さず、断るならばそれならそれで構わない。選ばせてやってるだけありがたく思えと、ヒノエは『商売人』の『サノスケ』の思惑の全てを突っぱねて見せるのだった。

「九……――」

 最後の数字を読み上げる直前に、ヒノエはこれまでとは比べ物にならない冷酷な目を『サノスケ』に見せた。

 その目を見た『サノスケ』は冷や汗をかきながら、ようやく全てを理解した。

 ――『交渉事』に対してのヒノエという女性の覚悟の程は、命をかけている程に重いのだという事に。

「……分かった。俺の知っている事を全てお前に話すから、ここから俺を出してくれ」

「あい、分かった。交渉は成立だ」

 ひゅっという音と共に狭い座敷牢の中で器用に刀を振って見せたかと思うと、サノスケは目の前に居たヒノエが、いつの間に刀を鞘に戻したのか見えなかった。

「悪いが話の通りだ。事情を聞いた後は、こいつを自由にしてやってくれ」

 そう言ってヒノエはサノスケを強引に立たせた後、共に座敷牢から出てきて護衛隊の予備群達にそう告げるのだった。

 …………

 座敷牢の中に居た男達は誰一人として声を出す者が居らず、腕を斬られた男ですらも『ヒノエ』が部屋から出て行くまでその場から動かなかった。

 その様子はまるで獰猛な猛獣から息を潜めて、必死にやり過ごそうとするようであった――。

 そしてヒノエ達が居なくなった後に、ようやく腕を押さえていた男が立ち上がって大きく溜息を吐いたが、再びその扉がカチャリという音と共に開いた事で、驚いて足をよろめかせながら男は再びその場に倒れて尻餅をつくのだった。

「おいお前、手当してやるからお前も出ろ」

「へぁえっ!?」

 ずかずかと牢の中に入り込んできたヒノエは、大きな体格の男をまるで子供扱いするように軽々と起き上がらせると、そのまま首根っこを掴んだまま外へと引きずり出していくのだった。

 カチャリと扉が閉まる音と共に、牢の中に居た男達は全員が顔を見合わせるのだった――。

 ……
 ……
 ……
しおりを挟む
感想 259

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

処理中です...