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サカダイ編

1210.イツキの憂鬱と、とある考察

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「それって俺達を戦力として見ていて、ゲンロク爺さん達とぶつけようって言う話だろ?」

 今のイツキは『退魔組』のサテツの補佐をしている『イツキ』ではなく、煌鴟梟のボスであった頃のイツキそのものであり、かつての部下であるミヤジやサノスケの前でだけ見せる年齢通りの彼の素の姿であった。

「それなんですが、イツキ様に伝言を頼んできたヒュウガって奴の事なんですがね。周りに居る連中もかなりの数の『妖魔召士』が居たと思うんですよ。紅い狩衣を着ている連中が全員『妖魔召士』だとしたらですが。そんな数多く『妖魔召士』が居る状態で、こう言っちゃ何なんですけど『サテツ』様と『イツキ』様は別にしても、妖魔召士に劣る『特別退魔士』を含めた『退魔組』を取り込んだとしても『妖魔退魔師』組織と『妖魔召士』組織を同時に相手にするってのもおかしな話じゃないですか?」

「ん? お前には何度かが記憶違いだったか?」

 天井を見ながら倒れ込んだ布団の中でイツキは、ミヤジが気になるような事を口にするのであった。 

 それはこれまで『煌鴟梟』や『退魔組』の中でも表立っては、イツキが隠し通して来た本来の力の事であった。そのイツキの本来の力とは、先天性の贈り物というべき『金色のオーラ』の事であるのだが、確かにこの力の存在の事は『妖魔退魔師』組織には勿論の事、同じ組織に属している『サテツ』にすら明かしていないのであった。

 このオーラの力の事を知っているのは『退魔組』では『ユウゲ』くらいのモノであり『妖魔召士』組織全体を含めても『ヒュウガ』くらいしか知られていないだろう。

 目の前に居るミヤジ達も何度かこのオーラを用いたところを見ていたとは思うが、ミヤジは退魔士ですらなくただの人間である為に、何やら『魔力』を使って知らない捉術を使っているのだろうくらいにしか思っていなかったのかもしれない。

 妖魔退魔師組織であっても『魔力』を用いた『捉術』の事をほとんど何も理解していないようなモノなのである。単なる一般人であるミヤジが、金色のオーラの事など知らないのも当然であるといえた。

「何です? 俺に何を見せてくれてたんですか?」

 気になる事を目の前で言われたミヤジは、イツキに教えて欲しそうにそう口にする。

「いや、お前に教えても分からねぇよ。そんな事よりもこの事は『退魔組』の連中にも伝えないといけないよなぁ……。サテツ様に伝えたらまた機嫌悪くなって八つ当たりを始めるだろうな。宥めるのに苦労するよ全く……」 

 結局詳しい事は教えてもらえなかったミヤジだが、確かにあのサテツが敬愛するイツキに対して、暴力を振るっているところを見たばかりであった為に、面倒だと語るイツキに意識が向かい同調するのだった。

「サテツ様のあの乱暴な性格は何とかならないんすかね? さっきも見ていて気分悪かったっすよ」

「さっき? ああ……! お前らが入って来た時の事か。しかしあれはお前らが急に『退魔組』に入って来たかと思えば、頼んでもいないのに出前を届けに来たとか言うからだろう? あれは確かにサテツ様でなくても何事かと思うぞ」

「うっ……!」

 確かにイツキの言う事に間違いは無かった為に、口ごもるミヤジであった。

「いや……、あれも俺じゃなくてトウジさんの発案なんですよ? 何やら『妖魔退魔師』の方から隊長格って言われている奴らが部下を従えて『退魔組』を見張ってやがる所為で、怪しまれずにイツキ様達に伝言を伝える為には、東の都で流行り始めている『出前』って奴をやろうって、急にトウジさんが言い出したんですよ」

 上手くいったから良かったモノの、あんなワケの分からない案が自分の発案だと気に入っているイツキに思われたくなかったようで、ミヤジは慌ててトウジの発案だったのだと言い訳をするのだった。

「確かにこの辺ではまだ『仕出し』は珍しい文化だろうからな。天秤棒を担いでの山菜に茸、それにまぁ魚を売る『振売』はこの辺でも見かけるようになってきたが、直接店に注文しにいって、どこで仕入れて来たのか知らねぇが、天秤棒でお前らが『蕎麦』を担いで運んで来るとは夢にも思わなかったぞ」

 そう言って腹を抱えながら笑い始めるイツキであった。自分の発案じゃないと言い訳はしたが、結局笑われてしまい、複雑そうに口を尖らせながらミヤジは不満そうな視線をイツキに送るのだった。

「いや、悪い、悪い。笑ってすまなかった、お前らも必死だったんだよな? 分かってるからそんな顔するなって」

「イツキ様がサテツ様に何も思うところがないのならそれでいいっす」

 にやにやと意地悪く笑いながらもイツキは、ミヤジの気持ちを汲んで嬉しそうにしているのであった。

「気にしてもらって悪いが、あのサテツ様のおかげで色々とこっちも楽させてもらってるところがあるからな。まぁその辺は持ちつ持たれつって奴だ。あの性格は今に始まった事ではないし、今更気にしたって仕方ねぇよ」

(昔のイツキ様ならこんな風にフォローするどころか、直ぐに殴り返しにいってたのにな)

 サテツの肩を持つような言葉を告げるイツキを見て、かつてのギラついていた『煌鴟梟』のイツキ様はやっぱり変わられたものだと、ミヤジは心の底から思うのだった。

「それにヒュウガ殿がこういう流れにしちまったって事は『退魔組』はもう……」

 どこか憂いを帯びた表情を浮かべながらそう言葉を切るイツキだった。

「ところで俺達に伝言を頼んだヒュウガ殿達は何処にいるんだ?」

「ああ……。それならこの町の南の森付近の一番最初の洞穴に、ヒュウガって奴の仲間が『結界』って奴を使って身を隠しているそうで、イツキ様とサテツ様に会う時はその場所だと言っていましたね」

「町の近くの洞穴か。まぁ妖魔退魔師の隊長格が見張ってんなら、明確な日時なんてものは選んでられないだろうから、近場を指定するのは当然だろうな。そうか、よし……」

 イツキは真剣な表情のままで布団から立ち上がった。

「俺は少し出て来るが、お前はこれからどうするんだ?」

「それなんですが! 煌鴟梟はもうなくなっちまったし、トウジさんみたいにヒュウガって奴らと仕事をするつもりもないし……、い、イツキ様! また俺をアンタの元で働かせてもらえないっすか!」

 外行きの服装に再び袖を通しながら出る準備をしていたイツキは、そのミヤジの言葉を聞いて動きを止めた。

「トウジは本当に『ヒュウガ』殿とって言ったのか?」

「え? は、はい……。 予備群の連中に捕縛されてからは死んだような目をしていたトウジさんでしたけど、新しくヒュウガって奴が組織を作るみたいな事を言ったら、協力させて欲しいってトウジさんの方から、ヒュウガ達に自分から言い出してたっすよ。俺からしたらよくあんな怪しい連中と一緒に仕事したいなんて思えるもんだと考えましたけどね」

「……」

 イツキは後半のミヤジの話を聞き流していたようで、返事すらせずに口元を手で隠すようにしながら何かを考えていた。

「お前らが予備群達に捕縛される前、トウジの様子が変だと言っていたな? 俺が今日トウジを見た時にはおかしな点などは見受けられなかったが、最近はもう変な目などもしていなかったのか?」

 先程までの様子から一転して真面目な表情と言葉を出しながら、大事な事を訊ねるような声でミヤジに聞いてくるのだった。

「え、ええ。今思えばあれは何だったのか、確かに捕縛される前とされた後では、まるで別人のようでしたね。今のトウジさんは間違いなく『煌鴟梟』のボスであった頃のトウジさんです」

「……そうか」

(それなら操られているわけではなく、アイツが実際にヒュウガ殿と仕事をしたいと考えたってわけか)

 ミヤジはトウジの所為で『煌鴟梟』は壊滅した事で、トウジが使い物にならなくなったのだと、本当にそう考えていたようだが、イツキは『煌鴟梟』が壊滅した事も含めてトウジ自体の評価は一切下げるような事は考えなかった。

 何故なら誰よりもイツキ自身がトウジの有能性を理解していたからである。誰かに魔瞳や能力によって操られているという事でもなければ『煌鴟梟』も壊滅させる事なく、自分がボスを務めていた頃よりも『煌鴟梟』組織を更に発展させられていただろうと確信を持って口に出来る程、周囲を上手く動かして成功を収められる逸材だと、イツキは認めているのである。

 本来であれば『ヒュウガ』の今の立場は、妖魔退魔師組織と妖魔召士組織の二大組織を敵に回している状態であり、誰の目から見ても直ぐにヒュウガ一派は、終わりだと口にする状況なのである。

 そんな『ヒュウガ』達に自分の口から仕事を手伝わせて欲しいと告げたというのであれば、トウジの方に何か活路が見出されているという事なのだろう。

 これはあくまでイツキの推測であり、自分が煌鴟梟のボスとしての後継として選んだ頃の『トウジ』であればの前提の話に過ぎない。ユウゲの報告にあった新たな煌鴟梟の新人に魔瞳による洗脳を受けた事や、捕縛されて彼に何らかの心境の変化があったとするならば、また話は変わって来る事もあるだろう。人間というのは気持ちに流されやすく脆さが付き纏う生物だからである。

 しかしイツキにしても、トウジにしても少しばかりその心の脆さに対して、客観的に付き合える人種なのであった。単に開き直りだと口にする輩も居るかもしれないが、その言葉通りに開き直れるのである。そして単に開き直るだけではなく、浮き彫りとなった問題を客観視しながら次への改善への一助を見出す事を成立させる力をトウジは有している事は疑いようがないのだ。

(『退魔組』を見限るのはもう少し待つか?)

 この後『退魔組』に顔を出して、このヒュウガの伝言の事を伝えた後に身を隠そうかと考えていたイツキは、その決断を下す一歩手前でミヤジの言葉を聞いた事で『トウジ』の可能性と天秤をかけて、と計算式を脳内で考え始めるイツキであった。

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