上 下
1,014 / 1,915
旅籠編

999.ヌーの覚醒

しおりを挟む
 現在ヌーが纏っているオーラは『』ではなく『』である。

 テアが自分の事を想ってスキンヘッドの男に向かっていったが、返り討ちにあってそのまま壁に激突されそうになってしまった。

 何とかそれだけは阻止する事が出来たヌーであったが、今の彼は腸が煮えくり返る程に激昂していたのである。

 二色の併用も彼が纏おうと思って出したオーラでは無い。
 それどころか今のヌーは怒りで我を忘れそうになる程であり、二色の併用に留まらず、オーラを纏うという事すら意識が行っていなかった。

 つまり現在の纏っている『二色の併用』は、無意識にヌーが出しているオーラなのである。
 純粋な怒りに目覚めながらも何とか冷静であろうとする無自覚な彼の本能。その本能から来る無意識な自衛の精神が、二色の併用という一つの解を示したのだった。

 …………

 そしてその場に居る者達の中で『ソフィ』だけがヌーの発している無意識の『青』と『紅』の『二色のオーラ』の意味を正しく理解していた。

(まさか、このタイミングで開花するというのか?)

 ぞくぞくとソフィの身に震えが走る。

 恐怖で怯えているのではなく、ソフィの身に起きているこの震えの意味は、、それをおさえきれずに体が震えているのである。

 第二形態でもないこの通常状態のソフィが、これ程までに興奮状態になる事は、この数百年には一度足りともなかった事であり、そしてどこかで期待をしていた事が、ようやく実を結んで現実の物となったような、そんな感情が今ソフィの中で芽生え始めていた。

 しかしあくまで今のヌーの状態は、ソフィの期待する事への兆候が見受けられているだけであり、完全に体現を許したわけではない。

 そしてこの今の状態は、単に『』を纏っているだけの状態で、ヌーの通常状態のおよそ6倍の戦力値と魔力値の上昇状態であり、普段の『のオーラ』の上昇値と比べても遥かに低い状態である。

 開花の道順を踏む為には必要な道程ではあるのだが、下手をすればその道程を歩み切る前に、その道が途切れてしまう可能性も残されている。しかしそれを分かっていても今のソフィには手を出すことは出来ない。

 ――『』への開花は、他者の手を借りた時点で芽生える事はない。

 他者から教わり『』を開花させたわけではない為に、ソフィでさえ本来の正しい道順かどうかまでは分かってはいない。

 しかしソフィも『』を開花させた時には、今のヌーと同じように、無意識に『二色の併用』を纏っていた事だけは覚えていた。

 下手に今ヌーが纏っているオーラの事をヌーに伝えて自覚でもさせてしまえば『』の開花は成し遂げられないであろう。

 あくまでヌーという魔族が、本能で今の『』を纏ったという事が重要な事であり、あらゆるピースが揃った状態だからこそ、開花の好機が訪れているのである。

 テアに手を出された怒りで我を忘れる程激昂しているヌーが『発動羅列』を並べ始めながら、魔法を展開しようと動き出す。

 しかし何かを行おうとしているヌーを見たヒロキは、ヌーの好きにはさせまいとばかりに、両手を拳闘士のように顔の前に出した後、軸足に思いきり力を込めて地面を思いきり蹴り飛ばした。

 ――次の瞬間。ヒロキは恐ろしい速度で、魔法を展開しているヌーに肉薄する。

「ちっ……!!」

 ヌーは展開していた魔法を諦めて向かってくるヒロキの攻撃に備える為に『障壁』を張ろうとする。

 障壁はあくまで一時的な防衛手段に過ぎないが、ひとまずは自分目掛けて突っ込んで来ているヒロキから身を守らなければならないと判断したのだろう。

「何をやろうが、遅い!!」

 皮製のグローブを身につけたヒロキが、池の前から一瞬でヌーの間合いに入り込んできた。

 ヌーは激昂していても戦闘経験は豊富な魔王である。
 最初の魔法をスタックさせながら中断させて更に、その状態からでも冷静に障壁を完成させる事に成功した。

 僅かなこの時間の間に、直ぐに頭の切り替えが出来たことは流石と言わざる得ないが、ヒロキの速度は想定よりも遥かに速かった。

 本来であれば、この状態で距離をとって相手の攻撃をいなしたり、次の手を考慮するところだが、既に自分の懐の下に潜り込まれている。そして背後には壁がある為、このままであれば100%の相手の攻撃をこの場で受けざるを得ないだろう。

 既にヒロキはヌーの懐に入ってから腰を落として左足に力を入れた後、そのまま体を捻りながら思いきり左拳を突き上げて来た。

 その拳を見た瞬間にヌーは、自分の障壁がコンマ数秒後にあっさりと貫かれて、そのまま自分の首から上が吹っ飛ぶだろうと予感めいた物を感じさせられた。

「――!!」(ヌー!!)

 ヌーの真近くに居た自分よりも、気が付けば肉薄してきて居たヒロキに驚きながらもそのヒロキのやろうとしている事に気づき、急いでテアは『に、思いきりヌーに向かって飛び込み全身で体当たりをする。

 どんっと横から押されたヌーは、その場から真横に身体がずらされた。
 そしてヌーが居た場所に飛び込んできたテアの顔を目掛けてヒロキは思いきり、下から上へとアッパーで突き上げた。

「テア!!」

 ヒロキの一撃を何の防御もする暇無く、まともに受けたテアはそのまま上空へ殴り飛ばされて、錐揉み回転をしながら落ちて来る。

「くっ!!」

 ヌーは直ぐに態勢を立て直すとそのまま空から落ちて来るテアを抱きとめようとするが、当然、ヒロキが黙ってそれを見ている筈もなく――。

「戦闘の途中に目を離すなよ二流が!」

 ヒロキは再び両手を顔の前に出して今度は右拳で、空を見上げているヌーの顔目掛けて殴り掛かる。

「ちぃっ! 今のヌーではあれは耐えられぬ」

 ヌー達の戦闘に手出しせずに行われる成長を見守っていたソフィだが、どうやら大魔王領域クラスを易々と踏み込んでいる様子のヒロキの強さを見て、流石にこれ以上はヌーの成長がどうとか考えていられずに、そのまま助けに入ろうとソフィが動いたであった――。
しおりを挟む
感想 259

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

処理中です...