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旅籠編
934.不屈の権化
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エイジは空になったグラスを店員に差し出して、新たに酒を注いでもらっている。そしてそこでエイジは、ちらりと横目でヌーを盗み見る。先程エイジがヌーに告げた言葉をヌーはしっかりと理解したのだろう。どうやら相当に衝撃が大きかったようで、その顔からは血の気が引いていた。
それを見たエイジは少しばかり、申し訳ないなという気持ちを抱いていた。しかしこれはエイジの優しさでもあった。
この世界に来たばかりの頃であったならば、妖魔と戦いながらも町の中に居る間であれば、そこまで危険は無かっただろう。
しかし今はもう明確に流れが変わってしまっている。今後は町の中に居てもヒュウガとその仲間の『妖魔召士』が襲ってくる可能性もないとはいえないのだ。
酒を呑んで上機嫌な所に水を差したくは無かったのだが、ヌーの頭の片隅にでもヒュウガ達の事を覚えさせておかねばと、少しだけ意地が悪いかもしれないと思いながらも現実を突きつけたのであった。
何もエイジはヌーが憎くて、イジワルをしようとしたわけでは無く、あくまでエイジはヌーを生存させるために世話を焼いた形なのである。それ程までに『妖魔召士』と敵対するという事は恐ろしい。
ゲンロクが創設した『退魔組』。その退魔組に属する退魔士達。確かに何も出来ない町民達を守る程度には退魔士達は戦えるだろう。
しかし本当の戦士である『妖魔召士』と比べてしまえば、退魔組では最強と呼ばれる『特別退魔士』であっても全く相手にならない。
ゲンロクの屋敷に居たヒュウガの取り巻きとして動いていた『妖魔召士』。
あの程度の者達であっても『特別退魔士』と戦う事になれば、子供を相手にするように、あっさりと勝ててしまうだろう。
さらに上位の『妖魔召士』であるヒュウガや、ましてやゲンロクなど、戦いになれば数秒も持たずに横で辛そうな顔を浮かべているヌーは、敗北を経験してしまう事は避けられない。
厳しいようだがソフィ殿の殺意の視線に耐えられた彼だからこそ、この世界に残ると決めたのであれば何とか生き延びて欲しい。
エイジはそういう気持ちがあるからこそ、厳しいと思える言い方をしながらも気持ちを引き締めようと、彼に告げたのであった。
やがてヌーは俯きがちだった顔をあげた。エイジはその様子を見て、静かに呑んでいた酒の入ったグラスを置いた。
先程エイジはヌーに対して取るに足らない存在という言葉を使ったが、あくまで『妖魔召士』の中でも、それなりに立場が上に居るエイジから見ればの発言であり『退魔組』の『特別退魔士』を屠れる程の力量を持つヌーは決して弱いというワケでは無いのだ。あくまで相対的に見た上での評価である。
エイジもそれは分かった上での先程の発言だった。だからこそ彼が次に口にする言葉は、何かが気になったのである。彼は泣き言を言うだろうかそれとも、自尊心を傷つけられた事に対して八つ当たりのような真似をするだろうか。彼という存在を今一度確かめるべく、エイジはヌーの次の発言に注目する。
「お前達『妖魔召士』とやらが使う『魔瞳』は、その妙な術を使う為のトリガーのようなものだといったな?」
「あ、ああ。その通りだが……」
エイジはヌーの言葉に頷きを見せるが、思っていた内容の言葉では無かった為に、少し口ごもってしまった。
「そうか。あくまで魔瞳単体であれば、魔力圧をぶつけてくる事くらいしか脅威は無い。それはさっきのお前を見ていてよく分かった。だったら後は、お前の言う通りの事を気をつければいい。今の俺ならば上手く逃げ延びる方法や手立てはいくらでもある筈だ」
エイジはもう口ごもるどころか、驚きで何も言えなかった。
(こ、こやつは自分が荷物だと言われて、何故そんなにも前向きに物事を考えられるのだ!?)
エイジから見てヌーと言う男は自尊心の塊のような存在だと思っていた。それがここまで貶されるような発言をされて文句の一つも言わずに、挙句には『妖魔召士』達に勝てないと判断した上で逃げる算段を考え始めている。
「勝てないと認めた上で、お主はまだヒュウガ達と戦う意思があるというのか?」
「ああ? 当然だろう『天衣無縫』を連れ戻してあの野郎を元の世界まで戻すまでが契約だ。戦う意思があろうとなかろうと、追手を差し向けて来るというなら生き延びる為には戦わざるを得ないだろうが。今の俺では勝てない人間が居ると分かった以上、上手く生存を果たす方法を考える。それだけの話じゃねぇか」
エイジは開いた口がふさがらなかった。どうやら不貞腐れて言っているようにも見えない。あくまで、ソフィ殿との契約とやらの為に、自分の出来る事をやろうとすると彼の目が告げている。そこに自暴自棄や、投げやりになっているという意思は無い。
ここまで現実を突き付けられて何故そう思えるのか、これは小生が人間だからこそ、魔族とやらの感情を理解出来ないのだろうか。
彼は情けなさなどを感じていないのか? それともそう言った感情を纏めて認めた上で、そう言った結論に至っているのか? しかしそうなのだとしたら、不屈という言葉では片付けられない。精神の異常。いやそれすらも足らずだ。
もはや『異境地の精神』に達していて、小生程度では想像が追い付かない。
「ふっ……、はははっ!」
気が付けばエイジは、ヌーを見て笑っていた。
「何だテメェ……。何を笑っていやがる」
突然、自分を見て堪えきれないとばかりに笑い始めた隣にエイジを見て、訝しそうに眉を寄せながら、そう口にするヌーであった。
……
……
……
それを見たエイジは少しばかり、申し訳ないなという気持ちを抱いていた。しかしこれはエイジの優しさでもあった。
この世界に来たばかりの頃であったならば、妖魔と戦いながらも町の中に居る間であれば、そこまで危険は無かっただろう。
しかし今はもう明確に流れが変わってしまっている。今後は町の中に居てもヒュウガとその仲間の『妖魔召士』が襲ってくる可能性もないとはいえないのだ。
酒を呑んで上機嫌な所に水を差したくは無かったのだが、ヌーの頭の片隅にでもヒュウガ達の事を覚えさせておかねばと、少しだけ意地が悪いかもしれないと思いながらも現実を突きつけたのであった。
何もエイジはヌーが憎くて、イジワルをしようとしたわけでは無く、あくまでエイジはヌーを生存させるために世話を焼いた形なのである。それ程までに『妖魔召士』と敵対するという事は恐ろしい。
ゲンロクが創設した『退魔組』。その退魔組に属する退魔士達。確かに何も出来ない町民達を守る程度には退魔士達は戦えるだろう。
しかし本当の戦士である『妖魔召士』と比べてしまえば、退魔組では最強と呼ばれる『特別退魔士』であっても全く相手にならない。
ゲンロクの屋敷に居たヒュウガの取り巻きとして動いていた『妖魔召士』。
あの程度の者達であっても『特別退魔士』と戦う事になれば、子供を相手にするように、あっさりと勝ててしまうだろう。
さらに上位の『妖魔召士』であるヒュウガや、ましてやゲンロクなど、戦いになれば数秒も持たずに横で辛そうな顔を浮かべているヌーは、敗北を経験してしまう事は避けられない。
厳しいようだがソフィ殿の殺意の視線に耐えられた彼だからこそ、この世界に残ると決めたのであれば何とか生き延びて欲しい。
エイジはそういう気持ちがあるからこそ、厳しいと思える言い方をしながらも気持ちを引き締めようと、彼に告げたのであった。
やがてヌーは俯きがちだった顔をあげた。エイジはその様子を見て、静かに呑んでいた酒の入ったグラスを置いた。
先程エイジはヌーに対して取るに足らない存在という言葉を使ったが、あくまで『妖魔召士』の中でも、それなりに立場が上に居るエイジから見ればの発言であり『退魔組』の『特別退魔士』を屠れる程の力量を持つヌーは決して弱いというワケでは無いのだ。あくまで相対的に見た上での評価である。
エイジもそれは分かった上での先程の発言だった。だからこそ彼が次に口にする言葉は、何かが気になったのである。彼は泣き言を言うだろうかそれとも、自尊心を傷つけられた事に対して八つ当たりのような真似をするだろうか。彼という存在を今一度確かめるべく、エイジはヌーの次の発言に注目する。
「お前達『妖魔召士』とやらが使う『魔瞳』は、その妙な術を使う為のトリガーのようなものだといったな?」
「あ、ああ。その通りだが……」
エイジはヌーの言葉に頷きを見せるが、思っていた内容の言葉では無かった為に、少し口ごもってしまった。
「そうか。あくまで魔瞳単体であれば、魔力圧をぶつけてくる事くらいしか脅威は無い。それはさっきのお前を見ていてよく分かった。だったら後は、お前の言う通りの事を気をつければいい。今の俺ならば上手く逃げ延びる方法や手立てはいくらでもある筈だ」
エイジはもう口ごもるどころか、驚きで何も言えなかった。
(こ、こやつは自分が荷物だと言われて、何故そんなにも前向きに物事を考えられるのだ!?)
エイジから見てヌーと言う男は自尊心の塊のような存在だと思っていた。それがここまで貶されるような発言をされて文句の一つも言わずに、挙句には『妖魔召士』達に勝てないと判断した上で逃げる算段を考え始めている。
「勝てないと認めた上で、お主はまだヒュウガ達と戦う意思があるというのか?」
「ああ? 当然だろう『天衣無縫』を連れ戻してあの野郎を元の世界まで戻すまでが契約だ。戦う意思があろうとなかろうと、追手を差し向けて来るというなら生き延びる為には戦わざるを得ないだろうが。今の俺では勝てない人間が居ると分かった以上、上手く生存を果たす方法を考える。それだけの話じゃねぇか」
エイジは開いた口がふさがらなかった。どうやら不貞腐れて言っているようにも見えない。あくまで、ソフィ殿との契約とやらの為に、自分の出来る事をやろうとすると彼の目が告げている。そこに自暴自棄や、投げやりになっているという意思は無い。
ここまで現実を突き付けられて何故そう思えるのか、これは小生が人間だからこそ、魔族とやらの感情を理解出来ないのだろうか。
彼は情けなさなどを感じていないのか? それともそう言った感情を纏めて認めた上で、そう言った結論に至っているのか? しかしそうなのだとしたら、不屈という言葉では片付けられない。精神の異常。いやそれすらも足らずだ。
もはや『異境地の精神』に達していて、小生程度では想像が追い付かない。
「ふっ……、はははっ!」
気が付けばエイジは、ヌーを見て笑っていた。
「何だテメェ……。何を笑っていやがる」
突然、自分を見て堪えきれないとばかりに笑い始めた隣にエイジを見て、訝しそうに眉を寄せながら、そう口にするヌーであった。
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