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ケイノト編
894.忠誠を誓うに相応しい人間
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術式によって鬼頼洞のランクが二つ分程上昇したが、イバキの護衛剣士『スー』は、その鬼頼洞と戦う意思を曲げないようで、何やら精神統一を始めていた。
(成程……。主殿の護衛なだけはある。かつて『妖魔山』に攻め込んできた剣士の集団と似た空気を感じる)
劉鷺の言っている剣士の集団とは、イバキ達が生まれるより前のかつての『妖魔退魔師』の集団の事であった。
妖魔を『式』にして争いをやめさせることを目的とした、本来の『妖魔召士』とは違い、人間に仇名す妖魔その一切を滅する事を目的とする『妖魔退魔師』。
今はもうその当時の者達は全員が引退して代替わりを果たしてはいるが、とんでもなく恐ろしい人間達だった。
鬼頼洞と戦おうと精神統一を行う『スー』から、そのかつての『妖魔退魔師』と同じ空気を感じた劉鷺であった。
やがて準備を整えたスーがランク『5』相当となった妖魔『鬼頼洞』の攻撃を見事に躱して返しで刀を合わせる。
――が、しかし。
スーの放った刀の一撃は確かに鬼頼洞に届いた。だが『鬼頼洞』の皮膚にそのスーの刀が届いた瞬間に、その刀はドロドロと溶けてしまっていた。
(やはりかつての人間達のようには行かぬか)
『劉鷺』は鬼人の『鬼頼洞』の特性ともいうべき物に、そのスーの刀が溶かされていくのを見て『妖魔退魔師』とはやはり似て非なるものだったかと、少し残念そうに目を瞑るのだった。
鬼頼洞にその身を吹き飛ばされてしまい、劉鷺のいる方角とは違う木にぶつけられたスーは、声にならない悲鳴をあげていた。
気を失う事が出来なかった彼は、今全身を襲う激痛に苦しんでいる事だろう。
(すまぬ。お主も助けてやりたいところだが、ここで動けば主殿を助けられなくなる……!!)
木の陰で歯を食いしばりながら、イバキを守ろうとした剣士『スー』に心の中で謝罪をする劉鷺だった。そうこうしている間にも、展開は次々と進んでいく。鬼頼洞に吹っ飛ばされたスーを心配して、イバキが駆け寄ろうとするが、そこで再びもう一体の妖魔『本鵺』が鳴き声をあげる。
(まずい……!! 主殿、結界を維持しなければ!)
血相を変えてスーに駆け寄ろうとしているイバキは、焦りから『結界』の維持が出来ないほどに、魔力が乱れているのが見て取れた劉鷺だったが、その声が届く事もなく予想通りに『結界』が解除される。
(ぐっ……!)
当然イバキの結界の保護下にあった劉鷺も『本鵺』の呪詛のような鳴き声に巻き込まれる。慌てて両手で耳を塞ぐがそんな程度で防げるほど『本鵺』の呪詛は甘くはない。
何とか唇の端を噛みながら、必死に意識を失わぬように堪えて主のイバキの様子を見る。もはや猶予は無いと感じた『劉鷺』は、居場所がバレても構わないといった気持ちで木の陰から飛び出して『本鵺』を攻撃しようと覚悟を決める。
しかしそこでイバキも倒れ伏しながらも何とか『印行』を結び直して、結界を再開させるのだった。この状況で命の危機が迫っているとはいっても直ぐに結界を張り直したのを見て、劉鷺は流石は主殿だと感服する。
しかし主の顔は青くなっていて、もはや体は限界だという事は簡単に見て取れる。
『本鵺』の呪詛を長時間その身に浴びて尚、妖魔でも無い人間がたとえ耐魔力に優れていたとしても意識を保っていられるだけでもすごい事なのである。
だがもう主殿は当然の事ながら戦闘どころか、その場から立ち上がることも出来なさそうであった。
「一応聞いておいてやるが、お前、俺達と一緒に来る気はないか?」
赤い狩衣を着た男が主の元まで歩いていき、そんな言葉を投げかけていた。どうやらあの男が『鬼頼洞』や『本鵺』を『式』にしている『妖魔召士』で間違いは無さそうであった。
命の危険が迫っている状況で、姑息な質問をするものだと劉鷺は、苛立ちを募らせながらも必死に殺意を隠しながら視線を向ける。
(今は生き残る為には仕方がない……)
質問の答えなど分かり切っている。ここで断るような事をすれば待つのは死だという状況下で断れる程の強靭な精神を持つ人間が居る筈がない。
だからこそ主があの男の軍門に下るような言葉を出したとしても劉鷺は、主のイバキに対して失望するつもりは無い。そんな事よりも生き延びてさえ居てくれたらまたいくらでも好機は生まれるだろう。その時こそまた一からやり直せばよい。
だからその酸素不足の身体で無理をせず、答えを出してくれと願う劉鷺だったが……。
何とイバキは涎を垂らしながら顔を青くした状態で、赤い狩衣の男の言葉にノーを突きつけて首を横に振って見せるのだった。
(!?)
『劉鷺』は自分の主の凄さを誇りに思った。あの男の凄さを同胞達に伝えたい。自分が主と認めた男はこんなにも気高い精神を持っていると語りたい。
――目に涙が溜まり、胸が熱くなっていくのを感じる。
ああ、死なせてなるものかよ!!
『劉鷺』はもうイバキを救う為に、木陰から駆け出す準備が出来ていた。
…………
「殺せ」
イダラマがそう命令すると、直ぐに周囲の護衛剣士達が剣を抜いた。
そしてその命令を出したイダラマが、主の元から離れて青い髪の少年の元へと歩み出していくのを見た瞬間『劉鷺』は恐ろしい形相で木陰から飛び出すのであった。
――主殿を助けなければ!!
……
……
……
(成程……。主殿の護衛なだけはある。かつて『妖魔山』に攻め込んできた剣士の集団と似た空気を感じる)
劉鷺の言っている剣士の集団とは、イバキ達が生まれるより前のかつての『妖魔退魔師』の集団の事であった。
妖魔を『式』にして争いをやめさせることを目的とした、本来の『妖魔召士』とは違い、人間に仇名す妖魔その一切を滅する事を目的とする『妖魔退魔師』。
今はもうその当時の者達は全員が引退して代替わりを果たしてはいるが、とんでもなく恐ろしい人間達だった。
鬼頼洞と戦おうと精神統一を行う『スー』から、そのかつての『妖魔退魔師』と同じ空気を感じた劉鷺であった。
やがて準備を整えたスーがランク『5』相当となった妖魔『鬼頼洞』の攻撃を見事に躱して返しで刀を合わせる。
――が、しかし。
スーの放った刀の一撃は確かに鬼頼洞に届いた。だが『鬼頼洞』の皮膚にそのスーの刀が届いた瞬間に、その刀はドロドロと溶けてしまっていた。
(やはりかつての人間達のようには行かぬか)
『劉鷺』は鬼人の『鬼頼洞』の特性ともいうべき物に、そのスーの刀が溶かされていくのを見て『妖魔退魔師』とはやはり似て非なるものだったかと、少し残念そうに目を瞑るのだった。
鬼頼洞にその身を吹き飛ばされてしまい、劉鷺のいる方角とは違う木にぶつけられたスーは、声にならない悲鳴をあげていた。
気を失う事が出来なかった彼は、今全身を襲う激痛に苦しんでいる事だろう。
(すまぬ。お主も助けてやりたいところだが、ここで動けば主殿を助けられなくなる……!!)
木の陰で歯を食いしばりながら、イバキを守ろうとした剣士『スー』に心の中で謝罪をする劉鷺だった。そうこうしている間にも、展開は次々と進んでいく。鬼頼洞に吹っ飛ばされたスーを心配して、イバキが駆け寄ろうとするが、そこで再びもう一体の妖魔『本鵺』が鳴き声をあげる。
(まずい……!! 主殿、結界を維持しなければ!)
血相を変えてスーに駆け寄ろうとしているイバキは、焦りから『結界』の維持が出来ないほどに、魔力が乱れているのが見て取れた劉鷺だったが、その声が届く事もなく予想通りに『結界』が解除される。
(ぐっ……!)
当然イバキの結界の保護下にあった劉鷺も『本鵺』の呪詛のような鳴き声に巻き込まれる。慌てて両手で耳を塞ぐがそんな程度で防げるほど『本鵺』の呪詛は甘くはない。
何とか唇の端を噛みながら、必死に意識を失わぬように堪えて主のイバキの様子を見る。もはや猶予は無いと感じた『劉鷺』は、居場所がバレても構わないといった気持ちで木の陰から飛び出して『本鵺』を攻撃しようと覚悟を決める。
しかしそこでイバキも倒れ伏しながらも何とか『印行』を結び直して、結界を再開させるのだった。この状況で命の危機が迫っているとはいっても直ぐに結界を張り直したのを見て、劉鷺は流石は主殿だと感服する。
しかし主の顔は青くなっていて、もはや体は限界だという事は簡単に見て取れる。
『本鵺』の呪詛を長時間その身に浴びて尚、妖魔でも無い人間がたとえ耐魔力に優れていたとしても意識を保っていられるだけでもすごい事なのである。
だがもう主殿は当然の事ながら戦闘どころか、その場から立ち上がることも出来なさそうであった。
「一応聞いておいてやるが、お前、俺達と一緒に来る気はないか?」
赤い狩衣を着た男が主の元まで歩いていき、そんな言葉を投げかけていた。どうやらあの男が『鬼頼洞』や『本鵺』を『式』にしている『妖魔召士』で間違いは無さそうであった。
命の危険が迫っている状況で、姑息な質問をするものだと劉鷺は、苛立ちを募らせながらも必死に殺意を隠しながら視線を向ける。
(今は生き残る為には仕方がない……)
質問の答えなど分かり切っている。ここで断るような事をすれば待つのは死だという状況下で断れる程の強靭な精神を持つ人間が居る筈がない。
だからこそ主があの男の軍門に下るような言葉を出したとしても劉鷺は、主のイバキに対して失望するつもりは無い。そんな事よりも生き延びてさえ居てくれたらまたいくらでも好機は生まれるだろう。その時こそまた一からやり直せばよい。
だからその酸素不足の身体で無理をせず、答えを出してくれと願う劉鷺だったが……。
何とイバキは涎を垂らしながら顔を青くした状態で、赤い狩衣の男の言葉にノーを突きつけて首を横に振って見せるのだった。
(!?)
『劉鷺』は自分の主の凄さを誇りに思った。あの男の凄さを同胞達に伝えたい。自分が主と認めた男はこんなにも気高い精神を持っていると語りたい。
――目に涙が溜まり、胸が熱くなっていくのを感じる。
ああ、死なせてなるものかよ!!
『劉鷺』はもうイバキを救う為に、木陰から駆け出す準備が出来ていた。
…………
「殺せ」
イダラマがそう命令すると、直ぐに周囲の護衛剣士達が剣を抜いた。
そしてその命令を出したイダラマが、主の元から離れて青い髪の少年の元へと歩み出していくのを見た瞬間『劉鷺』は恐ろしい形相で木陰から飛び出すのであった。
――主殿を助けなければ!!
……
……
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