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ケイノト編

836.ソフィ、知見を広める

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「しかしこれは凄い町並みだな」

 ソフィがそう言いながら立ち止まると、ヌーやテアもその場で同じように足を止めて辺りを見渡す。門を潜ってからこれまで道路の頭上には提灯が飾ってあり、その提灯はこの場から見える道路の先まで途切れず続いていた。この表通りはソフィ達三人が横並びに並んで歩いていてもまだまだ横幅に余裕があり、前から歩いてくる町人たちとすれ違える程に広い。そしてそのソフィ達の通っている道路を挟んで両脇には長屋が立ち並んでいる。

 長屋と長屋の間にはひっそりと裏道へと通じる路地も見えるが、この表通りとは違いここから見えるその路地は薄暗く、あまり入りたいとは思えない場所に感じられた。

「アレルバレルとも違うし、リラリオで見てきた人間の町とも違うな」

 ソフィがそう言いながら再び通りを歩く者達を見渡す。町人の多くの者達が腰に刀を差しているのが見える。驚く事に中には女性や年端も行かぬような子も刀を差しているのである。

 勿論、町を歩く者達全員がという事では無いのだが、これまでの世界では、あまり見た事の無い光景であった。

 そして町人の中には差袴をはきながら狩衣を着ている者達もそこそこ多く見受けられた。ソフィはその町人を見て『加護の森』と呼ばれていた森で、ソフィ達が襲ってきた連中の中にもこの格好の者が居た事を思い出す。

(……こやつらもただの町人では無く、有事の際には戦闘を行える者達なのだろうか)

 ソフィはそっとすれ違った狩衣を着ている男に『漏出サーチ』を使おうと魔力回路に魔力を灯そうとした。

 ――その瞬間、ソフィに視線を送る者達が数人現れた。
 更には先程の薄暗い長屋の裏路地の方から、明確に殺意のような物が感じられた。

「おいソフィ。この場で面倒事は御免だぞ」

「すまぬ」

 ソフィはヌーに視線を向けずに言葉だけで謝罪すると、直ぐに『スタック』をしようとしていた魔力を消す。

 すると何事も無かったかのようにギラついた視線が消えて、路地の方からも何も無かったかの如く殺意は消えた。あれだけの殺意や視線を感じられたというのに、誰も騒がずそして誰もが何事も無かったかのように振る舞い、立ち止まった者達も歩き始めて行った。そのまるで異様な光景に、ソフィは眉を寄せるのだった。

「一体どう言う事なのだ? あれ程の殺意を向けてくるものが、こんなにあっさりと?」

 一悶着あっても可笑しくない程の出来事があったというのに何事も無く過ぎ去っていく、あまりの不自然な光景を前に、ソフィは驚きを隠し切れずに口に出してしまうのだった。

「考えられるのはこれが奴等の日常茶飯事という事だな。お前はあまりというものを知らないだろうが、自分の常識が通用しない世界というものは、大小含めて何処の世界にもあるものだ」

 自分の世界の常識が別世界でも同じだとは限らないと、ヌーはソフィに言いたかったようである。

「いや、しかし解せぬな。先程我らに意識を向けた者達は、今はもう完全に我達を意識の埒外に置いておる。少しも警戒する素振りも見せぬなど、そんな事が考えられるのか?」

「だからそれがだと言ってるだろ。お前が信じられないと思う事がこの世界では当たり前の出来事で、てめぇが普段当たり前に思っていることが、この世界では信じられない事だったりするんだよ」

 ソフィはヌーの言葉を受けて、信じられない物を見るような目でヌーの顔を見るのだった。

(先程まで分かり合えそうな気がしていたこやつが、今では全く別の生き物に見える)

 ソフィは内心で、なのかと、この状況に直ぐに順応し是認したヌーに驚くのであった。

「だが、気を抜くなよソフィ。何事も無い様に見せかけて実はこちらの隙を窺っているとも考えられる」

(雑魚しかいねぇ程度の低い世界ならどうでもいいと思える事だが、この世界の人間は侮る事は許されねぇ)

 既にと戦ったヌーは、この世界の人間を侮っていい事は何も無いと、そう理解を示したようであった。

「成程、別世界についてはお主の方が詳しいのは間違いない。ここは一つそういうものだと新たな認識を持つとしようか」

 ソフィは先程の経験とヌーの言葉に、新たに知見を広める事となった。
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