上 下
785 / 1,915
封印式神編

771.貴方の為に

しおりを挟む
「……」

 ソフィの話を聞いたリーネは絶句する。

 この世界に再び戻ってきたソフィの顔を見た時から、リーネはソフィが何やら悩み事を抱いているのだろうなと直ぐに察していた。そして本人は言いたい事がある様な顔をしているというのに、どこか話すのを躊躇う様子だった。だからこそリーネは、自分からソフィに話があるんじゃないのかと、話しやすいように切り出した。

 リーネは色々とソフィの話す内容を想像はしていたが、そのどれよりも違った内容であった。

 確かにソフィは『煌聖の教団こうせいきょうだん』の総帥であった『ミラ』という元人間を憎んでいた。ソフィ自身をアレルバレルから追放し、何も悪い事をしていないレアを二度も襲い傷つけようとした。更にはソフィの友人であるフルーフを拉致し、自分の願望の為に数千年間も自由を奪ったのだ。

 ――『』と認める事は何も可笑しくは無かった。

 しかし今回の出来事が起きる前、三千前のアレルバレルの世界の『人間界』にて、私欲の限りを尽くした皇帝に代わる人間界の統治者として、ミラという存在が出てきた時、ソフィはこのミラに対して強く希望を見出したのである。

『魔界』側の『ロンダギルア』と『人間界』側の皇帝が手を組み大きな戦争を起こした後、再び『人間界』は、ソフィが手を尽くさなければ自滅の一途を辿り『種』としての滅亡が待っていただろう。

 しかし『煌聖の教団こうせいきょうだん』という集団を組織して、再び人間界に希望を齎した大賢者ミラはあっという間に、人間界を正常な状態へと立ち直らせた。

 保険としてダイス王国の宰相にしていたディアトロスを通して、ミラの事を逐一調べさせたソフィは、ミラはカリスマ性に優れているという報告を聞き、他人を背負い人間界を導くに値する人物だとソフィは判断した。

 更なる報告でソフィはミラから強い敵対心を持たれていると聞かされており、何故ミラが自分に対して、目の敵にしているのか迄は存ぜぬソフィだったが、どういう思想を抱いていたとしても人間界には彼が必要だとソフィは考えていた。

 そして遂には、ソフィが干渉する事は少なくなった。ソフィは少しずつアレルバレルの世界に、真の平和が訪れるのだろうと信じられていった。

 後はこれまでのように上手くソフィ達の魔王軍の手で魔界で争いを減らしていき、最終的に人間界を治める『煌聖の教団こうせいきょうだん』の総帥であるミラと手を取り合い、アレルバレルの世界をこれまでの歴史にない平和を創る事をソフィは目指したのである。

 今度こそソフィは大魔王『ダルダオス』の時代から続く争いの歴史に終止符を打ち、自分の与えられた役目を無事に遂げ終えられると安堵さえしていた。

 ――しかし、結果は見事に裏切られてしまった。

 人間界を任せられると信じたミラのソフィに対しての負の感情は根深く、すでにソフィに対してのミラの思惑など何百年も前からディアトロス達から報告があったというのに、ソフィは世界の調停の前に、ミラの感情を軽んじて見てしまっていたのである。

 人間界をミラという若者に任せて干渉を断った結果。多くの仲間を失い友人を奪われた挙句、自らもまた別世界へと跳ばされてしまった。自分の願った理想の平和は、打ち砕かれて歪んだ形で出来上がってしまった。これであればまだ皇帝以前のソフィが干渉していた『人間界』の方が、遥かにマシだったのである。

 ミラを消し去った後にソフィは、また失望の海へと落とされてしまった。また元の木阿弥となり、一からのスタートであるがしかし、もう数十年や数百年の話ではないのだ。

 ソフィはもうこのアレルバレルの世界の平和を『ダルダオス』が現れたあの日から考え続けて歪ではありながらも、守り続けて来たのである。

 そんなソフィがミラという存在に見出した希望は、決して……決して小さいものではなかった。

 気が遠くなる程の長い年月、期待していた事が全て白紙になった絶望は、他の存在であったならば、既に心が折れてしまっていても何もおかしくはないだろう。

 ――ソフィは確かに最強の戦闘能力を持つ大魔王である。

 しかし決して勘違いしてはならない。

 大魔王ソフィの心までは――。

 幾万年という年月は最強の魔族でさえも鬱屈とさせてしまうのだった。

 少し前にソフィが『アレルバレル』の世界で見上げた空の色と同じように、漆黒の色を心に描いてしまっていた。

 …………

 ソフィの心の吐露を言葉に出させた上に聞いてしまったリーネは、どう言えばいいか分からず、絶句してしまったのであった。

 如何にソフィの味方でいようとしていてもリーネはまだ、十余年しか生きていない若い人間なのである。一万年以上世界を想い、平和に対し尽くして来た魔族を相手に軽はずみに言葉を投げ掛けていい訳がない。

 リーネは何も言う事が出来ずに、ソフィの顔を見る事しか出来ないでいた。そんなリーネの視線にソフィは薄く笑みを浮かべた。

「すまぬなリーネよ。しかし今回ばかりは、我は話を聞いて欲しかったのだ……」

 謝罪されたリーネの両目から涙が溢れて来る。最愛の夫が困っているというのに何も出来ない。

 しかしそれでもだ。自分はソフィに選ばれたのだ。こんな大事な話を自分なんかの顔を見て、聞いて欲しいとソフィは言ってくれたのだ。

 ――決して誰にでも出来る話ではない筈だ! 彼は私を選んでくれたのだ!

 そして顔を背けてベッドから降りようとするソフィをリーネは、背後から思い切り抱きしめて、そのまま再びソフィをベッドの中へ引きずり込むのだった。
しおりを挟む
感想 259

あなたにおすすめの小説

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

処理中です...