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闘技場編

514.決意の表情と紳士の応援

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 コンコンという控室の扉を叩く音が響いた。ラルフ以外に誰も居ない為、そのノックの音はとても大きく聞こえる。

「はい?」

「ラルフ様。そろそろ試合が始まります。準備の方をお願いします」

 ラルフの返事を聞いて扉を開けた男は、闘技場の係員だった。

「ええ。分かりました。直ぐに出ます」

「お願いします。それでは私が試合会場まで案内しますので、準備が出来たらお声を掛けてください」

 係員はそう告げて頭を下げた後、静かに扉を閉めて外に出ていった。

「中で待っていてくださればいいのに……」

 ラルフは忘れ物がないか最後の確認する為に、少ない時間を過ごした選手控室を見渡す。

「ああ。先程の係員の方はもしかしたら、選手が毎回こんな気持ちになるのを察していたのでしょうか」

 僅かな時間だったが何故かこの部屋を出るのが、惜しまれるような感覚をラルフは覚える。

 重要な事を考えたり決断したホテルでの『部屋』は、長年過ごした自分の部屋よりも何故か印象に残る事があるという。

 ラルフは僅かな時間過ごしたこの部屋を出るのが、とても惜しく感じたのであった。

「名残惜しいからといつまでもここに居ても始まりませんね。覚悟を決めて試合会場へ行きますか」

 やがてラルフは選手控室の扉を開けて『一歩』外へ出るのだった。

「お待たせしました、案内をお願いします」

「はい。それではご案内させていただきます」

 係員はラルフの覚悟を決めた表情を満足そうに眺めた後、ラルフに頭を下げて先導して歩き始めるのだった。

 ……
 ……
 ……

 試合会場に向かう廊下を歩くラルフは、徐々に外から歓声が聞こえてくる。どうやら試合会場がある場所が、もう近いという事だろう。

「緊張しますか?」

 前を歩く係員は前を向いたままラルフに声を掛けてきた。

「いえ、そんな事はありませんよ」

 喋りかけられると思っていなかったラルフだが、係員に対してあっさりと即答する。

「そうですか、貴方は凄い方ですね」

 そう言って係員は少しだけ歩を止めて、ラルフに笑みを向ける。

「……」

 ラルフはその笑みを無言で眺める。

「失礼しました。さて、もうすぐ会場ですよ」

 そう言って係員は表情を戻して再び歩き始める。

 ――ラルフを先導している係員の名は『シェラリク・トールス』。

『トウジン』魔国の『シチョウ』王に仕える。国のNo.5の座に居座る男であった。

 後ろをついてくるラルフが『ラルグ』魔国王『ソフィ』の直属の配下だと聞かされていた『シェラリク』は、一目ラルフの顔を見てどういう人間なのかを確かめたいと、シチョウに王に自ら申し出て闘技場の係員に扮してこの場へと姿を見せたのだった。

(これがミールガルド大陸出身の人間で、ラルグ魔国王の直属の配下に選ばれた方ですか)

 これだけの舞台。それも三大魔国の王が直々に見に来る程の大舞台で、全く緊張すら見せずに後ろをついてくるラルフに、シェラリクは感服するのだった。

 そしてその廊下を進んでいくと、その先に青空に照らされた道が見え始める。

「ここから真っすぐに進んでいかれますと試合会場である『闘技場』があります。ラルフ様。それではどうかご武運を」

 そう言って前を歩いていた係員は、ラルフに振り返り頭を恭しく下げる。

「ご案内、感謝しますよ」

 そう言ってラルフはシェラリクに一礼を返した後、闘技場のリングへと向かうのだった。

 やがて後ろ姿が小さくなるまで『ラルフ』の姿を見届けた後。シェラリクは係員の恰好から『シェラリク・トールス』の本来の姿へと戻る。

「私は貴方の応援をさせていただきます。頑張ってください、ラルフ様」

 そう言ってシェラリクは紳士然な態度を取りながら、ゆっくりと右手を左胸に当てながら、一礼をラルフに捧げるのだった。

 ……
 ……
 ……

 青空の光に包まれたその場所に辿り着いた『ラルフ』を待っていたのは、大勢の観客と既にリングの上で佇んでいたリディアだった。

「その顔を見る限り、どうやらはらが決まったようだな?」

「ええ、もちろん。覚悟は決まっておりますとも。今日私は貴方を越えさせていただく」

 リディアの言葉に間髪入れずにラルフが返すと、リディアは薄く笑みを浮かべた。

「上出来だ。ここに上がって来い『』」

 記憶にある限り目の前の男は、これまで自分の名を呼んだ事はなかったと『ラルフ』は思い返しながら、ゆっくりと足をリングまで進めていくのだった。
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