512 / 1,985
闘技場編
500.ラルフの強み
しおりを挟む
「戦い方か……。確かに少しでもダメージを与えられる相手であれば、工夫と戦闘方法で勝機を見出す事は可能だけど、その分相手はかなり有利な戦いを行える訳だし。どちらにせよ相手より戦力値が低いこの子の場合、短期決戦で勝負を決められないと厳しいでしょうね」
あの二刀を構えた人間は『金色の体現者』である事は間違いないだろう。
つまり純粋な戦力値の10倍もの上昇が可能なリディア相手に勝つためには、相手が油断してくれるという過程の上で、ラルフが速攻を用いて相手に防戦一方を強いた上で相手の急所を突いて、短い時間で勝負を決めなければならないだろう。
――勝率の低い計算になる事は、間違いがなかった。
「でもねぇユファ先輩? 私たちの世界ではたとえ1%でも勝率が残されているのなら、どんなに不利な場面でも、その1%に『命』を掛けて戦わないと生き残る事は出来ないし、むしろ1%も残されているのなら喜ぶべきではないですか?」
『アレルバレル』の世界ではいくら戦力値に差があったところで、生き残るためには工夫を重ねて敗北が濃厚であっても戦わなければならない。大魔王同士の戦いの中では、いくら余裕がある相手であっても油断はできない。
戦力値が如何に低くても力だけが特化しているものが、全力で振り切った拳一発で勝負が決まる事もある。つまり『金色の体現者』が相手であろうとそれは変わらない。
その点ではラルフに1%でも勝利が残っているのなら、諦めるにはもったいない状況ではあった。
リーシャとレアはかつてエイネにそう教えられたのである。レアもまたエイネとの模擬戦でその事を学んで強くなっていった。
「今、お兄さんと戦ってみた感想なんですけど、このお兄さんなら戦い方次第では『大魔王』が相手でも勝てる確率はあると思うんですけど、相手の人は実際にはどれくらい強いのですか?」
ユファはリーシャの『大魔王』が相手でも勝てる確率はあるという言葉を聞いて少し眉を寄せたが、言葉のあやだろうとそのまま流して口を開くのだった。
「前回戦った時は私が勝てたけど、彼もあの時のままではないでしょうし。まずあの子は『金色のオーラ』を纏っているのよね」
わざわざ絶望的な事を口にするのも良くはないと思いながらも、懸念は伝えておくべきだと判断して、リーシャにラルフの対戦相手の情報を伝える。
「そうですねぇ。金色を纏える相手でしたら、戦力値ではどう足掻いても勝てないでしょうねぇ。その相手が『魔族』じゃなければ『紅い目』は使えないと思うんですけど『金色の目』は使えるのでしょうか?」
「どうだろう……。前戦った時は使ってこなかったけど、もしかしたら使い方を知らないだけなのかもしれないわね」
『紅い目』や『金色の目』は幼少期から戦いに常に身を置いて自身より強い者と戦いながら、色々と学んでいくものである。
しかしこの世界にはそもそも身近に『魔王』すら居なかった世界である。リディアが多くの『基本研鑽演義』や『魔瞳』である『金色の目』を使えないと判断してもいいだろう。
「成程。相手が『金色の目』が使えないなら、いくらでも方法はありますよ」
にやりとそこでリーシャは笑う。
「でもこの子も『紅い目』や『金色の目』は使えないわよ?」
リーシャはその言葉に首を横に振る。
「ユファ様? このお兄さんは『金色の目』がなくても、相手を僅かな時間止める事は出来る筈ですよぉ?」
「え?」
そんな方法身につけていたかしらと、ユファは身体を横にしているラルフに視線を向ける。
「だって実際お兄さんが私に攻撃を仕掛けた時、私も一瞬だけ動きを止められたんですもの」
ユファも先程の戦いは見ていた。しかしリーシャがラルフに動きを止められたようには見えなかった。
「嘘でしょう? そんな風には見えなかったし。そんな技はこの子は持っていなかった筈……」
ラルフを弟子にしてから何度も手を合わせたユファはそう断言する。
「これまでは多分ユファ様には向けられなかったのでしょうねぇ」
「私には向けられなかった? 一体何を?」
「それは『殺意』ですよ。ユファ様」
ユファは理解は示したが納得は出来なかった。
「信じられませんか? 殺気はどんなに弱い者から向けられたとしても、向けられた方は普段通りの冷静さを保つのが難しくなるものでしょう?」
言いたい事は分かるが大魔王の上位に位置するリーシャが、ラルフの殺気でコンマ数秒程度とはいっても止められたというのが信じられなかった。
「このお兄さんの殺意は、堂に入りすぎていましたよぉ」
そう言うリーシャは、真顔で横になっているラルフを見る。
「たとえそうだとしても、たかが殺気程度で『金色の目』と、同じ効力を持たせるとは思えないけどね」
常に合理的に物事を考える傾向にある『魔』の探求者にありがちな発言に、リーシャは少しだけ悪戯心が芽生えた。
「ユファ様? ごめんなさい。先に謝っておきますねぇ?」
そう言うとリーシャは笑みを浮かべる。
「え? 一体何を言って……!?」
――次の瞬間。
リーシャが冷徹な目に変えたかと思うと、恐ろしい程の圧力がユファに襲い掛かった。そしてそれは明確な『殺意』を孕んだ視線に変わった。
「くっ!」
ユファはその視線を見た瞬間。身体が硬直して、全身から汗が噴き出した。
「動けないでしょう? 何をされるんだろうとか、怖いとかそういう感情よりも先に本能で動けなくなるものなんですよ? これが本気で相手を殺すという、意識を持った状態の『殺意』です」
淡々と解説をしてくれるリーシャだったが、ユファは比喩ではなく、本当に身体が動けなくなった。
これまで『レパート』の世界の『魔王軍』に所属して、何度も死線を潜り抜けてきたユファだったが確かに現実に動けなくさせられた。
リーシャが謝罪をしながら普段通りの視線に戻した事で、ようやくユファは動けるようになった。
「怒号を発して声を荒げたりしなくても『殺意』は、相手の行動を狂わせる事が可能なんです」
「成程ね。確かにこの子は元々殺し屋だったみたいだし、そういうのも得意だったのかもね」
ユファの言葉にリーシャは頷く。
「まぁ当然『金色の目』と比較するには値はしないでしょうけど、お兄さん程の『殺意』なら、一瞬でも向けられた方は動けなくなるかもしれませんよぉ?」
リーシャは自分の発言を自分の耳で聞きながら、ふと少し前の『アレルバレル』の世界で起きた出来事が、脳裏をよぎるのであった。
(でも確かに例外はあるわねぇ。あのシスさんは、敵の親玉の『ミラ』ってやつの『殺意』を受けても平然としてたし)
リーシャはあの時に大賢者『ミラ』の殺意の余波を受けただけで脂汗を流したが、大魔王『シス』はその殺意を笑顔で受け流し、あろうことか挑発すらする余裕を見せていた。
――しかしあれは規格外の存在だったとばかりに、リーシャは思い直すと頭を振って思考を戻す。
「そうね。殺気だか殺意もこの子の持ち技として捉えてもいいかもしれないわ」
あのリディアにまで通じるかどうかは分からないが、戦術として考えても出来ないよりは出来る方が良いだろう。
リーシャはその言葉にニコリと笑って、頷きを見せるのだった。
あの二刀を構えた人間は『金色の体現者』である事は間違いないだろう。
つまり純粋な戦力値の10倍もの上昇が可能なリディア相手に勝つためには、相手が油断してくれるという過程の上で、ラルフが速攻を用いて相手に防戦一方を強いた上で相手の急所を突いて、短い時間で勝負を決めなければならないだろう。
――勝率の低い計算になる事は、間違いがなかった。
「でもねぇユファ先輩? 私たちの世界ではたとえ1%でも勝率が残されているのなら、どんなに不利な場面でも、その1%に『命』を掛けて戦わないと生き残る事は出来ないし、むしろ1%も残されているのなら喜ぶべきではないですか?」
『アレルバレル』の世界ではいくら戦力値に差があったところで、生き残るためには工夫を重ねて敗北が濃厚であっても戦わなければならない。大魔王同士の戦いの中では、いくら余裕がある相手であっても油断はできない。
戦力値が如何に低くても力だけが特化しているものが、全力で振り切った拳一発で勝負が決まる事もある。つまり『金色の体現者』が相手であろうとそれは変わらない。
その点ではラルフに1%でも勝利が残っているのなら、諦めるにはもったいない状況ではあった。
リーシャとレアはかつてエイネにそう教えられたのである。レアもまたエイネとの模擬戦でその事を学んで強くなっていった。
「今、お兄さんと戦ってみた感想なんですけど、このお兄さんなら戦い方次第では『大魔王』が相手でも勝てる確率はあると思うんですけど、相手の人は実際にはどれくらい強いのですか?」
ユファはリーシャの『大魔王』が相手でも勝てる確率はあるという言葉を聞いて少し眉を寄せたが、言葉のあやだろうとそのまま流して口を開くのだった。
「前回戦った時は私が勝てたけど、彼もあの時のままではないでしょうし。まずあの子は『金色のオーラ』を纏っているのよね」
わざわざ絶望的な事を口にするのも良くはないと思いながらも、懸念は伝えておくべきだと判断して、リーシャにラルフの対戦相手の情報を伝える。
「そうですねぇ。金色を纏える相手でしたら、戦力値ではどう足掻いても勝てないでしょうねぇ。その相手が『魔族』じゃなければ『紅い目』は使えないと思うんですけど『金色の目』は使えるのでしょうか?」
「どうだろう……。前戦った時は使ってこなかったけど、もしかしたら使い方を知らないだけなのかもしれないわね」
『紅い目』や『金色の目』は幼少期から戦いに常に身を置いて自身より強い者と戦いながら、色々と学んでいくものである。
しかしこの世界にはそもそも身近に『魔王』すら居なかった世界である。リディアが多くの『基本研鑽演義』や『魔瞳』である『金色の目』を使えないと判断してもいいだろう。
「成程。相手が『金色の目』が使えないなら、いくらでも方法はありますよ」
にやりとそこでリーシャは笑う。
「でもこの子も『紅い目』や『金色の目』は使えないわよ?」
リーシャはその言葉に首を横に振る。
「ユファ様? このお兄さんは『金色の目』がなくても、相手を僅かな時間止める事は出来る筈ですよぉ?」
「え?」
そんな方法身につけていたかしらと、ユファは身体を横にしているラルフに視線を向ける。
「だって実際お兄さんが私に攻撃を仕掛けた時、私も一瞬だけ動きを止められたんですもの」
ユファも先程の戦いは見ていた。しかしリーシャがラルフに動きを止められたようには見えなかった。
「嘘でしょう? そんな風には見えなかったし。そんな技はこの子は持っていなかった筈……」
ラルフを弟子にしてから何度も手を合わせたユファはそう断言する。
「これまでは多分ユファ様には向けられなかったのでしょうねぇ」
「私には向けられなかった? 一体何を?」
「それは『殺意』ですよ。ユファ様」
ユファは理解は示したが納得は出来なかった。
「信じられませんか? 殺気はどんなに弱い者から向けられたとしても、向けられた方は普段通りの冷静さを保つのが難しくなるものでしょう?」
言いたい事は分かるが大魔王の上位に位置するリーシャが、ラルフの殺気でコンマ数秒程度とはいっても止められたというのが信じられなかった。
「このお兄さんの殺意は、堂に入りすぎていましたよぉ」
そう言うリーシャは、真顔で横になっているラルフを見る。
「たとえそうだとしても、たかが殺気程度で『金色の目』と、同じ効力を持たせるとは思えないけどね」
常に合理的に物事を考える傾向にある『魔』の探求者にありがちな発言に、リーシャは少しだけ悪戯心が芽生えた。
「ユファ様? ごめんなさい。先に謝っておきますねぇ?」
そう言うとリーシャは笑みを浮かべる。
「え? 一体何を言って……!?」
――次の瞬間。
リーシャが冷徹な目に変えたかと思うと、恐ろしい程の圧力がユファに襲い掛かった。そしてそれは明確な『殺意』を孕んだ視線に変わった。
「くっ!」
ユファはその視線を見た瞬間。身体が硬直して、全身から汗が噴き出した。
「動けないでしょう? 何をされるんだろうとか、怖いとかそういう感情よりも先に本能で動けなくなるものなんですよ? これが本気で相手を殺すという、意識を持った状態の『殺意』です」
淡々と解説をしてくれるリーシャだったが、ユファは比喩ではなく、本当に身体が動けなくなった。
これまで『レパート』の世界の『魔王軍』に所属して、何度も死線を潜り抜けてきたユファだったが確かに現実に動けなくさせられた。
リーシャが謝罪をしながら普段通りの視線に戻した事で、ようやくユファは動けるようになった。
「怒号を発して声を荒げたりしなくても『殺意』は、相手の行動を狂わせる事が可能なんです」
「成程ね。確かにこの子は元々殺し屋だったみたいだし、そういうのも得意だったのかもね」
ユファの言葉にリーシャは頷く。
「まぁ当然『金色の目』と比較するには値はしないでしょうけど、お兄さん程の『殺意』なら、一瞬でも向けられた方は動けなくなるかもしれませんよぉ?」
リーシャは自分の発言を自分の耳で聞きながら、ふと少し前の『アレルバレル』の世界で起きた出来事が、脳裏をよぎるのであった。
(でも確かに例外はあるわねぇ。あのシスさんは、敵の親玉の『ミラ』ってやつの『殺意』を受けても平然としてたし)
リーシャはあの時に大賢者『ミラ』の殺意の余波を受けただけで脂汗を流したが、大魔王『シス』はその殺意を笑顔で受け流し、あろうことか挑発すらする余裕を見せていた。
――しかしあれは規格外の存在だったとばかりに、リーシャは思い直すと頭を振って思考を戻す。
「そうね。殺気だか殺意もこの子の持ち技として捉えてもいいかもしれないわ」
あのリディアにまで通じるかどうかは分からないが、戦術として考えても出来ないよりは出来る方が良いだろう。
リーシャはその言葉にニコリと笑って、頷きを見せるのだった。
0
お気に入りに追加
440
あなたにおすすめの小説
あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~
深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公
じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい
…この世界でも生きていける術は用意している
責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう
という訳で異世界暮らし始めちゃいます?
※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。
3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。
そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!!
こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!!
感想やご意見楽しみにしております!
尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

こちらの異世界で頑張ります
kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で
魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。
様々の事が起こり解決していく

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる