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停滞からの脱却編

208.ラルフVSエルザ

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 レイズ魔国にある首都『シティアス』の街外れに、多くの者達が集まっていた。

 この日ばかりはギルド長の『レルバノン』や、普段建物の修復を行う為に姿を見せないレイズ魔国の女王『シス』。

 それにラルフの師匠である『ユファ』の姿もあった。

 そして冒険者ギルドに所属するレイズの者達や、シチョウやリーゼの姿も見物にきており、シティアスの周りにベアやロードたち配下が警備をしている。

 試合を行う場として、簡単なリング等々を『ユファ』が作り、その上で戦うという事になった。

 審判は『ソフィ』が務めて副審判に『ユファ』が務める。

 この試合の審判と副審判は、どちらも今回戦う両選手よりも強さを有している為に、やりすぎが生じた時などに的確に判断を下して止めたりも出来るであろう。

 ――やがてリングの上に、ラルフとエルザが上がってきた。

「よいか? リングは一応作ってはいるが別に場外負けといったものはない。そして参ったという敗北宣言があれば即座にその場で攻撃を止めよ」

 ラルフとエルザの二人は、ソフィの言葉にコクリと頷く。

「それでは、存分に力を示すがよいぞ」

 そのソフィの言葉で『大魔王』ユファが『詠唱』を口にして簡単な『結界』を張る。

 リングの中からも外からも『結界』がある限り攻撃が届くことはない。

 この結界を破れるとすればこの場に居る者では、

 ユファは準備が出来た事を、ソフィに視線で伝える。

「うむ、それでは試合を始めるがよい」

 こうしてソフィの言葉と共に、ラルフとエルザの力試しが始まるのだった。

 …………

 ラルフの周りに『淡く青い』オーラが纏われていく。

 その様子を見て練度の高さに驚かされたエルザだが、自分もまた出来る事をと『淡く紅い』オーラを纏う。

 だが驚いたのはエルザだけではなく、観客席にいるレルバノンも驚いていた。

(まさかこの短期間で本当に『エルザ』が『』になってしまうとは……!)

 改めてソフィの存在の大きさと、弛まぬ努力をしたであろうエルザに感心するのだった。

「それでは、行きますよ?」

 そう告げた瞬間に音も無くラルフは消えた。

「!!」

 目で追えなくなる事はあるかもしれないと、そう予想をしていたエルザだったが、完全に見えなくなるとは思っていなかった。

「クッ……!」

 目でも耳でも完全にラルフの姿を捉えられず、ぎゅっと大刀を握りしめて考える。

(に、人間が魔法を使わずに、こんなに完全に姿を消せるものなの!?)

 ひゅっという音が聞こえたと思ったら、エルザの首元に痛みが走った。

「あぐっ……!」

 ふらつきながらも何とか倒れる事は拒否する。

(あ、危なかった……っ! オーラで守っていなければ今ので終わりだった!)

 しかしそんな余計な事を考えている間にも、ラルフの攻撃音が聞こえてきた。

「こ、ここだ!」

 ガキィンッ!という音が響き、今度はエルザがラルフの攻撃を大刀で防いで見せた。

 完全に捉えたと思っていたラルフは、一度エルザから離れる。そこでようやく姿が見えるようになった。

「驚きましたよ。まさか二発目にしてもう私の攻撃を止められますか」

 ――エルザも今はもう『最上位魔族』である。

 間合いに入られた瞬間に姿は見えなくとも、気配を感じて即座に対応出来るだけの力はある。

 審判をしているソフィは、二人の攻守に感想を抱く。

(ふむ……。確かにラルフの動きは速いな、あれではエルザは消えているように見えるだろう。さて、今のように間合いに入れてからガードするというのは、何度も有効ではないだろう。エルザが気づけるかが焦点となりそうだ)

 ソフィはこういった対処の方法もエルザには教えてある。

 しかし教えたて、覚えたてでは実戦で使えるかどうかは怪しい。

 ソフィは自分の教え子が、どこまで自分の言葉を吸収しているかを確かめる為に、これまで以上に試合に集中するのだった。

 今の試合のやり取りで『最上位魔族』として、長く戦いに身を置いてきたシチョウやレルバノン、そしてシスもまたとる行動に気づいた。

 しかし戦っている当人である『エルザ』はまだそこに気が付けない。

 今彼女の頭の中にあるのは、先程のように聴覚を意識して、ラルフの攻撃にカウンターをお見舞いする事であった。

「次、行きますよ」

 そして先程と同じようにラルフは音もなく近づいてくる。

 ――ひゅっという音がエルザの耳に届く。

「ここだ!」

 エルザは大刀を横に振り切るが、先程とは違って手応えがない。

「残念でしたね」

 いつの間に間合いに入っていたのか、ラルフが姿を見えたと思った瞬間。

 エルザは立っていられなくなりその場に膝から崩れ落ちた。

「なっ……! い、一体何が……?」

 エルザの間合いに入った後、ラルフはわざと音を出してエルザの大刀を誘った。

 そして大刀を振り切るエルザの速度を利用して、下から救い上げる様に掌底を合わせたのだ。

 傍から見ればただのビンタに見えるが、この場に居る中でリーゼだけが目を丸くして

(確かにただの平手打ちに見えたが、あれはヴェルトマーの『技』なのでは!?)

 まさにリーゼの告げた通りであり、当時のレイズのNo.3であった『ラティオ・ビデス』に放った『掌底打ち』だった。

 徒手空拳で戦うラルフにユファが、自身の接近戦で戦う術を教えていたのである。

 それを実戦でいきなり効果的に使うラルフに、ユファは満足気に頷く。

でいきなり、相手の攻撃を誘ってのカウンターにこの技を選んで使うなんて大したものね)

 改めて自分の弟子の戦闘センスに驚かされるユファだった。

 そしてまだ試合は終わってはいない。

 何とか脳震盪を起こしているエルザが、大刀を杖代わりにして起き上がる。

 だが、今度はその震える足を狙って『淡く青い』オーラを纏った足でラルフは全力で蹴り飛ばす。

「ぐああっっ……!」

 今度こそ完全にエルザは倒れた。

 エルザを纏っているオーラも消えて息も絶え絶えである。

 そして倒れているエルザの真横にラルフは立つ。

「ヒッ……!」

 エルザの視線の先に居る人間には、一切の表情がなかった。

 ――これが試合でなければ、目の前の化け物ラルフは息を吸うように自分を殺すのではないか?

 エルザはラルフの目を見て、そう思わされたのだった。

「降参しなければ、これから貴方の両腕と両足を折ります」

 そういうラルフの顔には感情は無く無表情のままだった。

 まさに機械的にという感じである。

「はぁっはぁっ……」

 息を荒げるだけで降参の言葉を出さないエルザに、ラルフはそのままエルザの右腕を折った。

 木の枝を折った時になるような、少し高いパキッというような音が周囲にも聞こえた。

「ぐ、ぐああっ!」

 ただ折るだけではなく痛みが倍増するように腕を回して、遠心力をつけながら反対側に折った。

「次は、左腕を折ります」

 脳震盪からまだ回復していないエルザは、ぐにゃりとした視界の先にいる人間にそう宣告される。

「ひ、ひぐ……っ!」

 目から涙をポロポロと流しながらも、口を真一文字に閉じて堪える。

 ――ボキッという音が再び聞こえた。

「ッッ!」

 目を閉じて『エルザ』はこの苦痛を何とか耐える。

「次は、右足を折りますね」

「もう、降参するのだ。エルザよ……」

 主審を務めているソフィは試合が終わるまでは声を掛けるつもりはなかったが、流石に勝敗は既に決したと判断した上で、このままであれば教え子エルザは死んでも降参をしないだろうと、そう判断して声を出したのである。

「ぐっ、ぐすっ……、ま、参ったぁっ……!」

 か細い小さな女の子のような声でそう宣言する。

 悔しくて情けなくて『エルザ』は、涙で視界が見えなくなった。

 エルザの足を持ってこれから右足を折る予定だったラルフの手が、そこでようやく止まりユファに向き直る。

「ユファさん、彼女の治癒をお願いします」

「ええ。勿論、分かっているわよ」

 リングを降りてきたラルフと入れ替わりにユファがリングに上がり、エルザに治癒魔法をかける。

 周囲は誰も声を発さず、勝者であるラルフをたたえる言葉もなかった。

 ただし周りの視線だけは照らし合わせたかのように、歩いていくラルフに釘付けであった。

 ……
 ……
 ……

 【種族:人間 名前:ラルフ 年齢:23歳
 魔力値:2万 戦力値:3915万 所属:大魔王ソフィの直属の配下】。
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