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停滞からの脱却編
198.可能性
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ラルフは右手の確認をして改めて魔法の凄さを感じさせられた。握る事さえ許されなかった程の右手が、今はなんともなかったように動くのだった。
ユファは傷の確認をしていたラルフを見ながら、柔らかな笑みを浮かべていた。
「傷も治ったようだし、早速始めましょうか」
ユファはそう言いながら、左足を前に出しながら両手を顔の前に持っていく。まるで拳闘士のような構えであった。
どうやら本当に魔導士である彼女は、徒手空拳で相手をしてくれるようだった。
「分かりました、では胸をお借りします」
ラルフは今まで何人もの冒険者を屠ってきた殺し屋としての構えをとる。それだけでラルフの殺意が周りに立ち込める。
その殺意を真芯に受け止めながら、ユファは『淡く紅い』オーラを拳に纏い始めた。
――音もなくラルフは、ユファを殺すつもりで駆け出す。
ミールガルド大陸に居た時のAランクの殺し屋『微笑』とは、桁違いとなった速度で一気にユファの前に出る。
そしてユファがカウンターを狙おうと前に出たタイミングで、ラルフはフェイントを入れる。
ラルフの左手をユファの右手の僅か手前まで出した直後に手を戻す。
つられたユファは右手拳を先に出してしまう形になった。
その右手の手首をラルフは左手で掴み、撓側皮静脈と呼ばれる静脈を狙う。
血液を運ぶ為の静脈に衝撃圧をかけて、一時的に体内から血流障害を起こさせようとしたのである。
ユファは手首を掴まれてしまい、何をされるのか全く分からない不気味さを感じて、強引に左足で引き剥がそうと蹴りを入れる。
大魔王の領域にいる魔族の蹴りを放っておくわけにもいかず、ラルフは集中しながらその蹴りを躱す事に成功する。
もし数日前までの戦力値が1000万に満たなかったラルフであれば、この速度の蹴りでやられていたであろう。
自分の成長の実感を感じながら、掴んだままの手首を握る手を強める。血流障害を起こさせるには色々な手段がある。
――殺し屋としてラルフの頭の中には、あらゆる人間の弱点が入っている。
どうすれば人体が壊れるか、どうすれば人間は動けなくなるのかを根底まで知り尽くしているのである。
徐々に掴まれているユフィの右手が、痺れ始めて色濃く変わり始めてきた。
ユファは何かよく分からない事をされているというのは分かるが、それでも何をされているのかが分からない。
もしこれが魔王同士といった殺し合いであれば、即座に魔法をぶっ放して引き剥がす事も出来るが、今戦っている相手は殺す対象ではない。
ユファはどうしようかと悩み、行動手段を迷ってしまう。
ラルフはユファの手を掴んだまま、今度は右手でユファの首を掴もうとする。
「ぶ、不気味すぎるわよっ!」
ユファはこのままだとまずいと感じて拳を纏う『淡く紅い』オーラから『淡く青い』オーラに変貌させた。
たったそれだけの事でラルフが掴んでいた左手を一瞬で剥がす事に成功する。
ラルフの握力では掴んでいられなくなったのである。
そしてそのままユファはラルフから距離を取りオーラを消した。
「全く、このまま貴方を強くするとまずい気がしてきたわね」
ユファは溜息混じりにそう言った。
それはラルフにとっては大賛辞の一言である――。
戦力値という点においては、彼女がヴェルトマーの頃にレイズ魔国のNo.3であった『近接近衛兵』の『ラティオ』と今のラルフは戦力値が近しい存在であったが、あのラティオは攻撃が読みやすく、ヴェルトマーはその経験から赤子の手を捻るようにして気絶させた。
しかし目の前に居るラルフという人間は、殺し屋という特殊な職についていた事が理由であろうが、戦い方の幅があまりにも広すぎる。
今はまだユファが過剰過ぎる程に戦力値差がある為に、そのままの力の差でごり押しを行えているが、彼がユファと同格程度まで強くなったとしたら、その戦い方を活かした戦闘の能力に、大きく苦戦する事となるだろう。
ユファは掴まれていた手に異常が無い事を確認した後に、長い髪をかき上げてラルフに視線を送る。
「うーん。貴方は敵を殺すという一面においては、すでに教える事がない程ね」
「それはどうも」
「リディアって子の得物は、剣か刀だったかしら?」
ユファは思案しながらラルフにたずねる。
「ええ。普段は通常の刀のようですが、本気の時は魔法か何か詳しくは分かりませんが、オーラに包まれた刀を具現化して攻撃します」
ユファはその言葉に成程と頷く。
「因みにその武器のオーラの色は、何色か分かるかしら?」
ラルフはその言葉に頭の中で『ソフィ』と『リディア』がミールガルド大陸で戦っていた時の事を思い出し始める。
「確か、金色だったと思います」
ユファはラルフの言葉を聞いて、思わず目を丸くする。
「何ですって……?」
上位魔族から扱える『紅』のオーラと、魔王が扱う『青』のオーラがある。
しかし今ラルフが告げた『金色』というのは、魔族や人間が扱える一般的なオーラには存在しない。
ユファは青いオーラ一色だと思っていたが、どうやら『リディア』という男の纏うオーラは、ユファの想像の範疇を越えているかもしれない。
もしかすると『ユファ』が知らないだけで人間の使う技法の何かがその色のオーラを用いている可能性はある。
この世界で長く生きて来たユファだが、あくまでユファは『ヴェルマー』大陸の『レイズ』魔国の魔族として生きてきていた。
『ミールガルド』大陸の事についてはほとんど無知に近い。
だからこそユファの知らない技法が、人間の中にはあるのかもしれない。
――しかしそれ以外に金色を纏う技にユファは、心当たりが一つだけあった。
限りなく低い確率ではあるのだが、これは才ある存在が生まれながらにして纏う事を可能とする先天性の神からの贈り物――。
――『金色』のオーラである。
人間や魔族、その他の種族に拘わらず、このオーラを体現出来る者はほんの一握りであると言われている。
それは神が与えし先天性の贈り物。
如何に鍛錬や研鑽を積んだとしても、このオーラは後天的には会得する事は誰であろうとも不可能である。
ユファが見た事のあるのは過去に一度、ヌーという大魔王がソフィと戦っている時だけであった。
この金色のオーラを使いこなす事が出来るようになるならば、下手をすれば戦力値と魔力値を同時に通常の状態から、およそ10倍程にまで上昇させる事が出来るだろう。
もしリディアという子の戦力値が1000万程だとしたならば、金色の体現者であれば戦力値はその10倍である1億にまで膨れ上がる。
そして元々の戦力値が1億だとすれば10億である。
(ま、まさか……! リディアっていう子が遥か昔に存在した、大賢者エルシスのような人間だとしたら?)
酷く低い可能性ではあるが、リディアが大賢者のような存在であれば、大魔王を脅かす程の強さになる可能性がある。
そんな事になれば、この目の前に居るラルフと言う人間はおろか、災厄の大魔法使いと恐れられた彼女『大魔王ユファ』を上回る強さになるという事である。
悠長にラルフと戦わせている場合では無く、今の内に殺しておく方が後々の事を考えて良いのではないだろうか。
――ユファはそこまで考えて、何を馬鹿な事を考えているのかとばかりに笑みを浮かべた。
(あり得ないわね。私ともあろうものが、何を考えているのかしら)
「なるほどね。貴方が見たリディアって子を実際にこの目で見てみなければ分からないけれど、今の貴方が勝てないという程の強さなのだとしたら、リディアって子は『魔王』の領域に届き得る存在かもしれないわね」
魔族でいうならば『シス』の階級がこれに該当する。
――覚醒した魔王と言う存在である。
それはつまり戦力値で表せば、今後4000万を越える可能性があるということでもある。
(人間の身で4000万を越える戦力値を持つとすれば、それは確かに脅威でしょうね)
もし真なる大魔王の方であったならば、4000万どころか数億以上の可能性がある為に、ユファはそのもう一つの可能性を頭から除外する。
「そうです。ですから追いつくのが大変なのですよ」
ラルフの言葉に考え事をしていたユファは現実に戻される。
「そうね。資質がなければ、いくら修行を重ねたとしてもいずれ頭打ちになる」
しかしユファは首を横に振って優しくラルフに語り掛ける。
「でも私は貴方にも類まれなる資質を兼ね揃えていると見ている。それがリディアって子よりも上なのかどうかそこまでは分からないけど、今よりは間違いなく強くなれると思うわよ?」
そう言って『ユファ』は再び戦闘の構えを取り始める。
「私もまた、貴方の成長限界を見てみたくなったわ」
そう言ってユファは、『淡く青い』オーラを纏い始めるのであった。
ユファは傷の確認をしていたラルフを見ながら、柔らかな笑みを浮かべていた。
「傷も治ったようだし、早速始めましょうか」
ユファはそう言いながら、左足を前に出しながら両手を顔の前に持っていく。まるで拳闘士のような構えであった。
どうやら本当に魔導士である彼女は、徒手空拳で相手をしてくれるようだった。
「分かりました、では胸をお借りします」
ラルフは今まで何人もの冒険者を屠ってきた殺し屋としての構えをとる。それだけでラルフの殺意が周りに立ち込める。
その殺意を真芯に受け止めながら、ユファは『淡く紅い』オーラを拳に纏い始めた。
――音もなくラルフは、ユファを殺すつもりで駆け出す。
ミールガルド大陸に居た時のAランクの殺し屋『微笑』とは、桁違いとなった速度で一気にユファの前に出る。
そしてユファがカウンターを狙おうと前に出たタイミングで、ラルフはフェイントを入れる。
ラルフの左手をユファの右手の僅か手前まで出した直後に手を戻す。
つられたユファは右手拳を先に出してしまう形になった。
その右手の手首をラルフは左手で掴み、撓側皮静脈と呼ばれる静脈を狙う。
血液を運ぶ為の静脈に衝撃圧をかけて、一時的に体内から血流障害を起こさせようとしたのである。
ユファは手首を掴まれてしまい、何をされるのか全く分からない不気味さを感じて、強引に左足で引き剥がそうと蹴りを入れる。
大魔王の領域にいる魔族の蹴りを放っておくわけにもいかず、ラルフは集中しながらその蹴りを躱す事に成功する。
もし数日前までの戦力値が1000万に満たなかったラルフであれば、この速度の蹴りでやられていたであろう。
自分の成長の実感を感じながら、掴んだままの手首を握る手を強める。血流障害を起こさせるには色々な手段がある。
――殺し屋としてラルフの頭の中には、あらゆる人間の弱点が入っている。
どうすれば人体が壊れるか、どうすれば人間は動けなくなるのかを根底まで知り尽くしているのである。
徐々に掴まれているユフィの右手が、痺れ始めて色濃く変わり始めてきた。
ユファは何かよく分からない事をされているというのは分かるが、それでも何をされているのかが分からない。
もしこれが魔王同士といった殺し合いであれば、即座に魔法をぶっ放して引き剥がす事も出来るが、今戦っている相手は殺す対象ではない。
ユファはどうしようかと悩み、行動手段を迷ってしまう。
ラルフはユファの手を掴んだまま、今度は右手でユファの首を掴もうとする。
「ぶ、不気味すぎるわよっ!」
ユファはこのままだとまずいと感じて拳を纏う『淡く紅い』オーラから『淡く青い』オーラに変貌させた。
たったそれだけの事でラルフが掴んでいた左手を一瞬で剥がす事に成功する。
ラルフの握力では掴んでいられなくなったのである。
そしてそのままユファはラルフから距離を取りオーラを消した。
「全く、このまま貴方を強くするとまずい気がしてきたわね」
ユファは溜息混じりにそう言った。
それはラルフにとっては大賛辞の一言である――。
戦力値という点においては、彼女がヴェルトマーの頃にレイズ魔国のNo.3であった『近接近衛兵』の『ラティオ』と今のラルフは戦力値が近しい存在であったが、あのラティオは攻撃が読みやすく、ヴェルトマーはその経験から赤子の手を捻るようにして気絶させた。
しかし目の前に居るラルフという人間は、殺し屋という特殊な職についていた事が理由であろうが、戦い方の幅があまりにも広すぎる。
今はまだユファが過剰過ぎる程に戦力値差がある為に、そのままの力の差でごり押しを行えているが、彼がユファと同格程度まで強くなったとしたら、その戦い方を活かした戦闘の能力に、大きく苦戦する事となるだろう。
ユファは掴まれていた手に異常が無い事を確認した後に、長い髪をかき上げてラルフに視線を送る。
「うーん。貴方は敵を殺すという一面においては、すでに教える事がない程ね」
「それはどうも」
「リディアって子の得物は、剣か刀だったかしら?」
ユファは思案しながらラルフにたずねる。
「ええ。普段は通常の刀のようですが、本気の時は魔法か何か詳しくは分かりませんが、オーラに包まれた刀を具現化して攻撃します」
ユファはその言葉に成程と頷く。
「因みにその武器のオーラの色は、何色か分かるかしら?」
ラルフはその言葉に頭の中で『ソフィ』と『リディア』がミールガルド大陸で戦っていた時の事を思い出し始める。
「確か、金色だったと思います」
ユファはラルフの言葉を聞いて、思わず目を丸くする。
「何ですって……?」
上位魔族から扱える『紅』のオーラと、魔王が扱う『青』のオーラがある。
しかし今ラルフが告げた『金色』というのは、魔族や人間が扱える一般的なオーラには存在しない。
ユファは青いオーラ一色だと思っていたが、どうやら『リディア』という男の纏うオーラは、ユファの想像の範疇を越えているかもしれない。
もしかすると『ユファ』が知らないだけで人間の使う技法の何かがその色のオーラを用いている可能性はある。
この世界で長く生きて来たユファだが、あくまでユファは『ヴェルマー』大陸の『レイズ』魔国の魔族として生きてきていた。
『ミールガルド』大陸の事についてはほとんど無知に近い。
だからこそユファの知らない技法が、人間の中にはあるのかもしれない。
――しかしそれ以外に金色を纏う技にユファは、心当たりが一つだけあった。
限りなく低い確率ではあるのだが、これは才ある存在が生まれながらにして纏う事を可能とする先天性の神からの贈り物――。
――『金色』のオーラである。
人間や魔族、その他の種族に拘わらず、このオーラを体現出来る者はほんの一握りであると言われている。
それは神が与えし先天性の贈り物。
如何に鍛錬や研鑽を積んだとしても、このオーラは後天的には会得する事は誰であろうとも不可能である。
ユファが見た事のあるのは過去に一度、ヌーという大魔王がソフィと戦っている時だけであった。
この金色のオーラを使いこなす事が出来るようになるならば、下手をすれば戦力値と魔力値を同時に通常の状態から、およそ10倍程にまで上昇させる事が出来るだろう。
もしリディアという子の戦力値が1000万程だとしたならば、金色の体現者であれば戦力値はその10倍である1億にまで膨れ上がる。
そして元々の戦力値が1億だとすれば10億である。
(ま、まさか……! リディアっていう子が遥か昔に存在した、大賢者エルシスのような人間だとしたら?)
酷く低い可能性ではあるが、リディアが大賢者のような存在であれば、大魔王を脅かす程の強さになる可能性がある。
そんな事になれば、この目の前に居るラルフと言う人間はおろか、災厄の大魔法使いと恐れられた彼女『大魔王ユファ』を上回る強さになるという事である。
悠長にラルフと戦わせている場合では無く、今の内に殺しておく方が後々の事を考えて良いのではないだろうか。
――ユファはそこまで考えて、何を馬鹿な事を考えているのかとばかりに笑みを浮かべた。
(あり得ないわね。私ともあろうものが、何を考えているのかしら)
「なるほどね。貴方が見たリディアって子を実際にこの目で見てみなければ分からないけれど、今の貴方が勝てないという程の強さなのだとしたら、リディアって子は『魔王』の領域に届き得る存在かもしれないわね」
魔族でいうならば『シス』の階級がこれに該当する。
――覚醒した魔王と言う存在である。
それはつまり戦力値で表せば、今後4000万を越える可能性があるということでもある。
(人間の身で4000万を越える戦力値を持つとすれば、それは確かに脅威でしょうね)
もし真なる大魔王の方であったならば、4000万どころか数億以上の可能性がある為に、ユファはそのもう一つの可能性を頭から除外する。
「そうです。ですから追いつくのが大変なのですよ」
ラルフの言葉に考え事をしていたユファは現実に戻される。
「そうね。資質がなければ、いくら修行を重ねたとしてもいずれ頭打ちになる」
しかしユファは首を横に振って優しくラルフに語り掛ける。
「でも私は貴方にも類まれなる資質を兼ね揃えていると見ている。それがリディアって子よりも上なのかどうかそこまでは分からないけど、今よりは間違いなく強くなれると思うわよ?」
そう言って『ユファ』は再び戦闘の構えを取り始める。
「私もまた、貴方の成長限界を見てみたくなったわ」
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