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停滞からの脱却編

192.影忍二人

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「さて、次はお主の力も見てみようか」

 スイレンは頷きを一つ見せた後に深呼吸をする。

「俺は妹のように二つの忍術を組み合わせるような器用な事は出来ないが、その分精密性を判断して欲しい」

 スイレンはそう前置きをしながら戦闘態勢に入り構え始める。

「良かろう。まずはやれることを全てやってみるがよいぞ? それではシチョウ頼む」

「ああ」

 シチョウもまたスイレンに対して構えを取り始める。

 ――忍術、『体動至影たいどうしえい』。

「むっ!」

 シチョウはスイレンの忍術が、リーネのように姿を消してくると思っていた為にそのまま忍術が直撃してしまい、影を縛られてシチョウは動けなくなる。

 そしてその後に先程のリーネと同じように、スイレンの姿が音もなく消えた。

(なるほどな。確かに技の使い方がリーネよりうまい)

 ソフィは今の一連の流れでそう判断した。

 リーネも戦闘経験はある方だが、スイレンは確実に相手を仕留める動きであった。

 まず自分が消えて相手の油断を誘い攻撃を開始するリーネと違い、スイレンはまず相手の動きを封じて混乱に陥った状態の相手が、冷静さを欠如させた状態で姿を消して近づく。

 まさに暗殺の極意を見せたのだった。

 これで対戦相手が人間であれば、確かに為す術なく『スイレン』に命を奪われるだろう。

 だがしかし『魔族』の最高峰に位置するシチョウには、取れる選択肢が多種多様にある。

 その一つが『漏出サーチ』。

 姿が見えなくとも魔力の奔流で位置を把握できる。

 そして影が縛られて動けなくても視る事は出来る。

 更に二つ目の対処法が魔瞳の『紅い目スカーレット・アイ』である。

 キィィインという甲高い音と共に、位置が割れているスイレンに命令を下す。

「『止まれ』」。

「ぐっ……」

 今度はスイレンがその動きを止められる。

 最上位魔族に位置するシチョウの『紅い目スカーレット・アイ』に対しては流石に逆らえず、『体動至影たいどうしえい』の影響も掻き消えて、無防備な状態のスイレンに手刀で首元を軽く叩いた。

「うむ、そこまでだな」

 スイレンは悔しそうな表情を浮かべるが、シチョウもソフィも感心したように頷いた。

「スイレンと言ったか? 悔しがる必要は無いと思うぞ。俺が魔族でなければ最初の影を縛られた時点で負けは確定していただろうしな」

「うむ。流石に忍者の首領というだけの事はある。単なる人間であれば勝負はスイレンの勝ちだったろう」

 理解の及ばない力を持つ大魔王と『トウジン』魔国という国の最上位魔族が口を揃えて褒めるのだから、その言葉に間違いはないのだろう。

 スイレンは少し顔に緩みを見せたのだった。

「だが、これから先この大陸で冒険者をする以上は、その差を埋めなくてはならぬな」

 ソフィはクックックと不気味な笑いを浮かべた。その笑いを見たスイレンとリーネは、これから恐ろしい地獄が待っているのだろうなと予測を立てたのだった。

「そうだな。ひとまず二人には基礎となる戦力値の向上を目指してもらうとするか」

 現在の二人の戦力値はこうなっている。

 【種族:人間 名前:スイレン 戦力値:52万】。
 【種族:人間 名前:リーネ  戦力値:4万】。

 二人とも出会った頃よりは多少強くはなっているが、ヴェルマー大陸の魔族と敵対した場合、一対一ではあっさりとやられてしまうだろう。

「そ、そうよね、私じゃきついだろうなぁ」

 リーネは多少修行をしてもらった所でどうしようもないだろうなと、なかば諦めながらそういった。だがそんなリーネの泣き言を聞いたシチョウが否定する。

「戦力値を上げる事はそこまで難しい事ではないぞ? むしろ特殊な技を持つお主達の方が優位性を持っているぞ」

 シチョウがそう言うとソフィが言葉を継ぐように口を開いた。

「戦力値は鍛え方次第で誰でも上げることが出来るが、持って生まれた魔力や、お主達のような忍術は誰でも覚えられると言うわけにはいかぬからな。焦る必要はないぞ」

 戦力値をすぐに1000万とかにしたいとかいうのであれば別だが、魔族と出会ったとしても即座に殺されなくする所までは鍛えられるとソフィは告げる。

「そうだな……。スイレン、お主は我が決める期限までに戦力値を200万まで上げてもらうとするか」

 スイレンはその言葉に目を丸くして驚く。

「リーネ、お主にはまず戦力値10万を目指してもらう」

 リーネはスイレンより幅が少なく感じられて、少しほっとした表情を浮かべた。

 ――しかし、スイレンよりは楽に感じられるが、実はこれはスイレンよりもリーネのほうが厳しい。

 元々の戦力値が高いスイレンはその分基礎値があり、数値を伸ばすだけであるのに対してリーネの現在の戦力値は4万。

 まずは基本となる戦力値を作る所からの作業が待っているからである。

 よかったと喜んでいるリーネが、そのカラクリに気づくのはまだまだ先の事であった。

 シチョウは腕を組んで、先程のリーネとスイレンの動きを思い出していた。

(スイレンの方は、戦力値が200万程度であればすぐに到達するだろう。暗殺としての動きも悪くはなかったし基本は出来ていると思う)

 スイレンと戦った時の印象で、すぐに強くなるだろうとシチョウは結論づけた。

(そして妹の方のリーネと言ったか。下手をすると彼女は大化けするかもしれんな)

 完全に姿を消した後に魔力を分散させて、分身を作りながら攻撃をするという馬鹿げたスキルは、
 戦力値が高くなればなるほど、シチョウを以てしても脅威と思わざるを得なかった。

 万が一であるが『中位魔族』を屠る程の戦力値に到達した後に、魔力感知や魔力探知、それに『漏出サーチ』といった探知を無効化した挙句に姿を消されたらと思うと、ほとんどの恐怖を感じない『トウジン』の魔族である筈のシチョウが、ほんの少しだけ恐怖を感じるのだった。
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