生ける魔導書は人間になりたい。

しゃむしぇる

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第2話 迷子

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 気持ちが大分落ち着き始めると目から溢れて来た熱い水は止まった。ぐしぐしと手で目頭にたまったそれを拭い、くしゃくしゃになった手紙に再び目を通すとあの文章にはまだ続きがあった。

「私が死んだ後‥机の上から3番目の引き出しに入っているカードを持って街のギルドへ向かうといい。古いエルフの友人が助けになってくれるはずだ。」

 その文章で手紙は終わっている。手紙に書いてある通り書斎にある机の上から3番目の引き出しを開けると、中には一枚のカードが入っていた。

「これは‥なんじゃ?カールの名前が書いてあるが‥身分証明書のようなものかの?‥‥取りあえずしまっておくとしよう。宝庫 アイテムボックス。」

 アイテムボックスと唱えると目の前の空間にチャックが現れた。そのチャックを開けてそのカードをしまい、チャックを閉じるとチャックは消えていく。

「これでよし、やはり便利じゃのアイテムボックスは。」

 流石はカールと研究をした末に完成させた魔法じゃの。好きなときに好きなものを取り出せる万能な魔法じゃ。ま、今となっては儂しか使えぬが‥‥そういえばカールがこの中にしまっていた物も取り出せるのかの?後で試してみるとしよう。

「さて、カールの遺体をそのままに街に行くわけにもいくまい。先ずはしっかりとあの世に送ってやらねばの。」

 カールの遺言に従う前に、ちゃんとした‥‥とは言えないかもしれぬが儂なりに彼の体もあの世に送ってやろう。
 再びカールの寝室に戻り、ベッドに横たわるカールの横に立った。

「カール、お主は勘違いしておるようじゃが、儂はお主と過ごしてきた時間は幸せじゃったぞ?‥‥本当に‥本当に‥のぉ。」

 カールの前に立つと自然と先ほど止まったはずの熱い水が目から溢れて止まらなくなってしまう。

「ふっ‥ぐすっ‥‥どうしてかの、お主を見てると目から熱い水が溢れて止まらぬ。」

 ベッドにポタポタと熱い水が滴り落ち、染みを作る。本当はいつまでだってこうしてカールの側にいたい。が、それは彼の残した願いに背くもの‥強引に手で目を擦り溢れ出ていた水を塞き止め、改めてカールの顔を真っ直ぐに見た。

「‥‥またの、カール。」

 カールとの死別をしっかりと受け止めた儂は、彼の遺体を共に研究した魔法の炎で焼き、灰を共に過ごした家の庭に埋めた。

「これが儂にできる弔いじゃ‥これでお主があの世で喜んでくれればよいが」

 さて、いつまでもここにいるとまたあの水が溢れてきそうじゃからな。儂はもう行く‥お主に言われた通りにギルドとやらへな。
 今まで過ごした家、そしてカールに別れを告げ街へと出発するのだった。





 街へ向かっている途中‥森の中にて

「そういえば街ってどっちにあるんじゃ?」

 今思えば出歩くときはいつもカールの懐に入っていたから街への道のりなんぞわからない。
 ほとほと困り果てていると‥

「グルルル‥‥」

「おっ?」

 木陰からなにやら四足歩行の魔物が姿を現した。それは喉をならし口元からポタポタとよだれを垂らしながらじっとこちらを見ている。

「な、なんじゃ?儂は食っても美味しくないぞ?何せ本じゃか‥‥ら。」

 そ、そういえば今は幼い人間の姿をしておったの‥一歩後ずさるとその魔物も一歩こちらににじり寄ってくる。

「な、何か盛大に勘違いをしておるようじゃのっ!?わ、儂はこう見えても本なのじゃ!!食べたら口を怪我してしまうぞ!?」

 その必死の説得が魔物相手に届くはずもなく、飢えた様子のその魔物はわしに向かって勢いよく飛びついてきた。

「グラアァァァッ!!」

 そしてその牙が首筋に届こうとした刹那‥

「防壁 ブレイズシールド」

 即座に魔法を展開し、飛びついてきた魔物を魔力で構成した剣で串刺しにする。そして魔法を解除すると魔物を串刺しにしていた剣が消え、ずるりとその魔物が地面に力なく崩れ落ちた。

「言わんこっちゃないのぉ、本は食べ物ではないのじゃ。わかったかの?‥‥ってもう聞いてはおらんか。さてさて、ではお主の記憶を見させてもらおうかの。こやつなら街への道も知っておるかもしれんしな。」

 死んだ魔物の額に手を当てて詠唱を開始する。まぁ詠唱といっても魔法の名前を唱えるだけじゃがな。

「吸収 メモリアロード」

 額に当てた手から魔物の記憶が頭の中に流れ込んでくる。
 むぅ、この魔物何人もの人間を食い殺しておったようじゃな。真っ先に流れ込んできたのは何人もの人間の首筋に噛みつき、食いちぎっている光景。正直見ていて気分が良いものではない。それにわしが見たいのはもっと違う記憶じゃ。
 そして記憶をのぞいているとようやく求めていた記憶を発見することができた。

「‥なるほどのぉ?どうやらここからまっすぐに進めば街が見えてきそうじゃ。そうと決まればさっさと行くとしよう。」

 ぱんぱんと手をたたき、街への道のりを再び歩み始めるのだった。
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