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第二章 平和の使者

第132話

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 手紙を見て強張った表情を浮かべたアベルは、ぐしゃりとその手紙を握りつぶしてしまった。
 それから察するに……あんまり良いことが書いてあったって訳ではなさそうだな。

「……何が書いてあった?」

「…………。我々は断固として魔族には屈しない。平和を手にするのは我々人間のみで充分だ。……だってさ。」

 なるほど……な。あっちは戦うのを止めるつもりはないってことか。

「まぁ……わかってた返事だけどね。でもやっぱり……ちょっと悲しいや。」

 くしゃくしゃになった手紙にアベルの涙がポツポツと落ちていく。いくらわかっていた返事とはいえ、悲しかったのだろう。

 しかし、この返事はいったい誰の意見を書いて送ってきたのだろう?それが気になった私はアベルに問いかけてみることにした。

「……差出人は誰と書いてある?」

「え?さ、差出人?ご、ごめん……ちょっと見てなかったや。今見るね。」

 くしゃくしゃになった手紙を再び広げて差出人のところを確認してみると……。

「えと、国王代理シルヴェスターって書いてあるね。」

「ふむ……。」

 国王代理……か。なぜ敢えて国王代理が手紙を寄越すんだ?こういうのは国王が自ら筆を執ったほうが説得力があるというものだが……。

 国王には手紙を書かせられない、もしくは見せられない理由があるのか?下手したら人間の国王にアベルの手紙の存在が伝わっていない可能性だって十分にあり得る。

 だとすれば……この手紙が人間の総意であると信じるにはまだ早すぎる。

「アベル、落ち込むにはまだ早いかもしれないぞ?」

「え?だ、だって……でも。」

 私は今自分が思ったことを全てアベルに話した。すると、彼女は納得したように一つ頷き、瞳の縁にたまった涙を拭った。

「確かに……そうかもしれない。」

「な?次手紙を送るときは……難しいかもしれないが、人間の国王に直接手渡すか、もしくは勇者……この二人に渡したほうが良いだろう。」

「う~……難しいなぁ。第一にボクの手紙が国王にまで届くか心配だし、勇者に至ってはどこにいるのかすらわからないんだよ?」

 確かに……難しいことに変わりはないが、やらないことにはなにも始まらない。

「でも、やってみないと何も始まらないだろ?」

「そうだけど~……う~わかった。やってみるよ。でもどうしようかな……。」

 う~んと思い悩むアベルに私は、ある提案をしてみた。

「なぁ、今一番人間と交流が深いのは獣人族だろ?」

「うん。」

「ならジュンコだったら、国王へのつてとか、勇者がどこにいるのか知ってるんじゃないか?」

「っ!!その発想はなかったよ!!でもどうやって聞き出すの?」

「それについては私に考えがある……。ちょうど試したいこともあったしな。」

 ニヤリと笑って見せると、その場にいたアベル、泣きわめいていたカミル、そしてヴェルまでもが背筋をぶるりと震わせた。

「うわ……ミノルが完全に悪役の顔してるよ。」

「あの顔のミノルは恐ろしいことしか考えておらんのじゃ。……うぅっ、この後の獣人族の女王の身を考えるだけで背筋が凍りそうになるのじゃ。」

「あっちもあっちで、を人質にとられちゃってるからね……。御愁傷様……って感じだわ。」

 と、口々に彼女たちは言った。

「なに……ジュンコはそろそろ我慢の限界に近いだろうからな。少~しを吸わせてやろうと思っただけさ。」

 飢えたジュンコの胃袋に甘い……甘~い汁を吸わせてやろうじゃないか。

 もちろん甘い汁を吸わせたあとには……地獄のの時間が待ってるんだけどな。

「さぁ、そうと決まれば……さっさと準備をして獣人族の国に行こうか。」

 私はジュンコに吸わせる甘い汁の準備をして、アベルの魔法で獣人族の国へと向かったのだった。












「はぁ~……今日の料理も美味しくないでありんすねぇ~。」

 美味しくないと口にしていても、なんとか吐かずに食べられるようになったジュンコ。
 あれから数日経つが、未だに料理会への招待は来ない。

 美味しくない料理を食べさせられる苦痛とストレスに苛まれていた彼女の前に、ビシリと音を立てて空間にヒビが入った。

「っ!!」

 それが何を意味するのかわかっていた彼女は喜びにうち震え、ガタリと椅子から勢い良く立ち上がった。
 ようやく迎えが来る!!……と喜びを隠せずにいた彼女の前に、思わぬ人物が二人……現れた。

「やぁジュンコ、元気してた?」

「な……え?あ、アベル殿?と、その料理人……な、何事でありんす?」

「今日は聞きたいことがあって来たんだ~。あ、もちろん彼を連れてきたのにはちゃんと理由があるから安心してね?」

「聞きたいこと……でありんす?何でありんすか?」

「一つ、人間の国王と直接交流をする方法。二つ、人間の勇者が今どこにいるのかを聞きたいんだ~。」

「っ!!そ、それは無理な話でありんす!!」

 ブンブンと首を横に振ったジュンコの反応を見て、アベルはにんまりと表情を歪めた。

「ふぅん?じゃくてなんだ?」

「うっ……。」

 痛いところを突かれたといった苦悶の表情を浮かべるジュンコ。どうやらアベルの言った通りらしいな。

 そんなジュンコの耳元でアベルは悪魔の囁きを始める。

「ねぇ~ジュンコ?何もタダで教えてもらおうって訳じゃないんだよ。実は~彼にと~っても美味しい料理を作ってきてもらったんだ。ボクも食べたいことがないやつを……ね。」

 そう囁いた瞬間にジュンコが生唾を飲み込む音が聞こえる。

「大丈夫……誰もジュンコが言ったなんて言わないし、だから安心だよ?……ねっ?」

「ほ、本当に大丈夫でありんすか?」

「うん、ボクが保証する。」

 ジュンコが堕ちたと確信したアベルは本当に悪魔のような笑みを浮かべていた。
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