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第一章 転生そして成長

第36話 ロレットの頼み事①

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 ロレットの日常はこうだ。起床→朝食→魔法の稽古→剣術の稽古→おやつ→剣術の稽古→お風呂→就寝。

 これを見るだけでロレットが自分にかなりストイックなのが見てとれるだろう。
 いつも淡々とこのルーティーンを繰り返している生活なのだが……ここ最近、ある変化が現れ始めた。

「くっ……。」

 今日もいつも通り剣術の稽古に励むロレットだったが、何か様子がおかしい。いつもならあっさりと勝ってしまうのだが、今日は珍しく苦戦している。

「………っ!!ハァッ!!」

 ドッペルゲンガーの剣激を受け止め、流しつつ何とか勝利を納めたロレット。しかし、いつも以上に疲弊しているようだ。
 そんな彼女のもとへルアがタオルを持って駆けつけた。

「ロレットさん?だ、大丈夫ですか?」

「はぁ……はぁ……あ、あぁ大丈夫だ。ありがとう。」

 肩で息をしながらも、にこりと笑ったロレットは滝のように流れる汗をタオルで拭う。

「ふぅ……さっきのドッペルゲンガーは妙に強かった。だが、ドッペルゲンガーが強くなっている……ということは、我も強くなっているという証だ。」

 顔と首を伝っていた汗を拭い、ロレットは首にタオルを回した。

「さて、今日のお菓子はなんだ?とびっきり甘いやつがいいな。」





 しかし次の日……事件は起きた。

「くあっ!!」

 カンッ!!と剣同士がぶつかり合うと、ロレットの剣が後方へと弾き飛ばされる。
 そして丸腰になったロレットへと向かってドッペルゲンガーが、不気味な笑みを浮かべながら剣を振り下ろす。

 ロレットの頭上に剣が迫ってきたその時……。
 
「そこまで……じゃ。」

「…………っ!?」

 尻尾を5本まで生やした由良が、ロレットのドッペルゲンガーの剣を素手で受け止めた。

「お主は、ちと焦りすぎじゃ。」

 ドッペルゲンガーの剣へと由良が魔力を流し込むと、剣を握っていたドッペルゲンガーが消し炭になり、霧散した。

「ははは……不甲斐ないな。」

 片膝をついていたロレットは、ゆっくりと立ち上がると由良にお礼を言った。

「すまない、助かった。」

「お主が無事だったのじゃ、今はそれで良い。して、先のドッペルゲンガー……明らかに今のお主より強くはなかったか?」

「あぁ……間違いない、我よりも強かった。いままでこんなことは無かったのだが……。」

「うむ、これはルアのドッペルゲンガーを作り出すために研究をしていてわかったことなのじゃが……どうやらドッペルゲンガーは倒す度に、僅かに主人の魔力を保持して消えていくようなのじゃ。」

 由良はドッペルゲンガーを生み出す魔法について研修をしているうちに、わかったことをロレットに話した。

「うん?つまり……どういうことだ?」

「つまり、少しずつ本体オリジナルよりも魔力量が増えていき、より強くなる……ということじゃ。」

 由良の説明を聞いたロレットは納得したように頷く。

「なるほど、どおりで我よりも力も魔力も強かったわけだ。納得がいった。」

 納得したのも束の間、ロレットは困った表情を浮かべた。

「ふむぅ……ではこれからどういう風に剣を磨いたものか。ドッペルゲンガーを生み出す魔法は使わない方が良いだろう?」

「まぁしばらくはやめた方が良いじゃろう。」

「うむむ…………。」

 悩むロレットに、由良はある提案を投げ掛けた。

「実力が近い者と戦いたいのであれば……ルアにお願いしてみてはどうじゃ?」

「なっ……ルアにかっ!?」

「うむ、ルアの使うメタモルフォーゼとやらならば、お主と同じ種族にも変身できるじゃろう。それならば事故も起こらんじゃろうしな。……じゃがくれぐれも、ルアに怪我はさせないようにな?」

「うむ………。」

「ではわしは研究にもどるでの~。…………くふふふっ。」

 くつくつと笑いながら由良は城の中へと戻っていく。そして一人取り残されたロレットは、空を見ながらポツリと呟く。

「ルアにお願い……か。果たして受けてくれるだろうか…………。」

 一縷の不安を抱えながら、ロレットはルアがお菓子を作っている厨房へと向かった。
 すると、その道中……厨房が近づいてくるにつれて、バターの焼ける香ばしい香りと小麦粉の甘い香りが鼻腔を刺激してくる。

 その甘い香りに誘われるように、ロレットが厨房に顔を出すと……ちょうどルアと目があった。

「あっ!!ロレットさん、もう剣の稽古は終わりですか?」

「あ、あぁ……。」

「ごめんなさい、今日はちょっと手が離せないお菓子を作ってて……見に行けませんでした。で、でもとっても上手にできたので、ぜひ食べてみてくださいっ!」

 そう言うと、ルアはロレットの前にドーナツのように中央にぽっかりと穴が開いたお菓子を差し出した。

「これは……ドーナツ?」

「えへへ、惜しいですけどハズレです。これはバームクーヘンってお菓子なんですよ。」

「バームクーヘン……か。ふっ……また我の知らないお菓子だな。どれ、早速いただくとしよう。」

 ロレットはバームクーヘンをフォークで切り分け、それを一つ口に運んだ。すると、何層にも重ねて焼かれたしっとりとした生地が口のなかで甘くほどけていく。

「んっ!!これもうまいっ!!」

「喜んでくれて何よりです。」

 ペロリとルアが焼いたバームクーヘンを食べ終えたロレットは、いよいよ彼に本題を切り出すことにした。

「あ、あのだな……ルア一つ頼みがあるんだ。」

「…………??ボクに頼みですか?」

「あぁ、?」

 そしてロレットは、遂にルアに頼み事を打ち明けたのだった。
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