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第10章 三つ巴

第325話 アルマとナナシ

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 元の体に戻ったその日から、俺の日常にある変化が起こっていた。

 日課の食材の買い出しに行くときも……。

「カオル!!どこ行くの?」

「今から食材の買い出しに……。」

「アルマも一緒に行くよ!!」

 ギルドの依頼を受けに行くときも……。

「カオル、今からギルド行くんでしょ?アルマも手伝うよ!!」

「あ、ありがとうございます。」

 果てには夜寝るときまでも……。

「ふぁ……そろそろ寝るか。明日も早いしな。」

 そうしてベッドに横になろうとしたとき、部屋の扉がコツコツとノックされる。
 そして少し扉を開けて枕を抱きしめたアルマ様がひょっこりと顔を出す。

「カオル?まだ起きてる?」

「起きてますよアルマ様。」

「ちょっと一人で寝るのが寂しくて……一緒に寝てもいい?」

 上目遣いでおずおずとした感じでそう頼まれては、俺は断ることなんてできなかった。

「狭いかもしれないですけど……それでもよかったら。」

「全然大丈夫!!ありがと!!」

 ぱぁっと表情を明るくしたアルマ様はスルリと俺のベッドに入り込んでくる。

 当然成長したアルマ様と二人で寝るにはベッドの横幅が足りず、意図せずともお互いに密着する形になってしまう。
 それだけでも心臓の鼓動が早くなるというのに、アルマ様はそれに更に追撃をかけるように俺の背中にキュッと抱きついてきたのだ。

「えへへ、カオルはあったかいね。」
 
 背中に感じるアルマ様の感触に自然と心臓の鼓動が早くなる。くっついているアルマ様の心臓の鼓動も伝わってくる。
 最初こそ俺と同じように早鐘が打っていたが、眠りに落ちていくにつれて落ち着いていく。

「んん……。」

 そして少しして伝わってくる心臓の鼓動がゆったりと安定すると、俺の横でアルマ様は安らかに寝息を立てていた。

「ふぅ……ここのところ毎日だな。」

 こんな感じの夜がここ最近……というか俺が元の体へと戻ってから毎日続いている。

 アルマ様は俺がここに来たときのような子供ではない。体はすっかり大きくなって、大人の女性としての風貌も感じられる。
 恋愛経験の未熟な俺には今の状況は緊張が絶えないのだ。

 アルマ様を起こさないようにベッドから抜け出し、椅子に腰掛けて一つため息を吐くとナナシがクツクツと笑いながら魔力で体を作り出して飛び出してきた。

「くくく、随分懐かれているようだな主よ。」

「懐かれてる……ねぇ。」

「我としては、今の状況は二度と訪れることのない機会チャンスだ。」

「……どういう意味だ?」

「今の主とそこの魔王が交わりを交わせば、今代までの全て種を凌駕する最強の龍が誕生する。そうなれば龍が支配する時代が来る筈、まさに我が望む野望の形だ。」

「やめてくれ。俺はアルマ様の従者だ。主人であるアルマ様とそういう関係を築いて良い訳がないだろ。それに…………。」

「んん……カオル~……………。」

 ナナシと話している途中でアルマ様が寝返りをうち、寝言で俺の名を呼んだ。。

「……ふぅ、寝言か。」

「寝言でも主の名を呼ぶあたり、我にはあやつは主にその気があると思うのだがなぁ。」

「冗談はよしてく…………ぐっ!!」

 ナナシの軽口に文句を言おうとしたとき、俺の意志に反してビキビキと両手が勝手に激しい龍化を始める、

「ぐぅ、またか。」

 この現象はあの日……元の体へと戻ってから毎日のように起きている。ナナシ曰く、これは大きな進化が続いている状態なのだとか。

「この暴走はいつ終わるんだ……。」

「体が完全に進化し終えれば終わるだろう。今は主の体を根本的に作り変えている最中なのだ。」

「おいおい、それは聞いてなかったぞ?根本的に作り変えるって……また体が変化したりしないだろうな!?」

「それはない。もう主の体は我の干渉をほぼ外れているからな。あのように姿が交わるようなことはない。」

「ならいいんだが。」

 それから少しすると、腕の龍化が収まりもとに戻る。そして気が付けば時計が朝の4時を指し示していた。

「もうこんな時間か……ちょっと早いけど朝食の準備でもしとくか。」

 椅子から立ち上がり、俺は身支度を整える。

「んじゃ行ってくる。」

「少しぐらい寝たらどうだ?ここのところ全く寝ていないのだろう?」

「問題ない。」

 ナナシのその言葉を断り、俺は部屋を出た。ナナシは後で勝手に戻ってくるだろうと……そう思って。




 そして部屋を出ていったカオルの姿を見送ったナナシは一つため息を吐いて言った。

「まったく、主の鈍感さにはつくづくため息が止まらんな。そうは思わんか?魔の王よ。」

 そうナナシが問いかけるとゆっくりとカオルのベッドからアルマが体を起こす。

「何が目的でカオルに引っ付いてるの?カオルの体が変わっちゃったのもお前のせいなんでしょ?」

 怒りのこもった鋭い眼光をアルマはナナシへと向ける。そんな眼光を受けて尚ナナシはクスリと笑う。

「確かに主の体を変えたのは我だ。だが、それは魔の王……お前のためでもあるのだぞ?」

「……どういうことさ。」

「聞いていたのだろう?我の言葉を……我の目的は更に強い龍を生み出し時代を築くこと。そのために主を強くしている。それは同時に魔の王に相応しい婚姻相手を作っていることと同義ではないか?」

 ナナシの言葉を聞いたアルマは黙る。

「魔の王よ、お前も更に強い子孫を残すため優秀な者と子を成さなければならない責務はわかっているはずだ。ならばこのまま主をお前の相手に相応しい者とするために動いている我を憎むのはお門違いだとは思わぬか?我は自分自身の為に動いている、それと同時にお前の恋を実らせるために動いているのだ。」

「…………。」

「わかったようだな。ならば、精々勇者やあの幻獣に負けぬように強くなるのだな。我の気が変わらんように……な。」

 そう言ってナナシはニヤリと笑うと消えていく。

「カナンとメアより……強く。」

 アルマは自分の手を見つめるとギュッと握りしめた。

「わかったよ。」

 何かを決意し、ゆっくりと顔を上げたアルマの瞳は明かりのついていない部屋の中に紅くキラリと光るのだった。
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