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第9章 新たな生活
第323話 クリスタとトウカ
しおりを挟む移動魔法でクリスタの屋敷へと転移してくると、目の前で彼女が待っていた。
「おかえりなさい、怪我はないですか?」
「ウチは問題なけどカオルが……。」
不安そうな表情を浮かべるトウカ、そんな彼女の言葉を聞いてこちらに視線を向けてくるクリスタ。そんな彼女に向かって俺は言った。
「俺は大丈夫です。トウカさんの方がスライムに溶かされかけてたりしたので、クリスタさんは彼女の方を看てやってください。」
「なるほど、服がここを出て行った時と違うのはそういうことでしたか。では少々診察をしましょうか。あなたはどうしますか?」
「俺は目的のものも手に入ったので魔王城に戻ります。」
「そうですか。」
そう言って彼女はこちらの眼の奥をじっと覗き込むように視線を送ってくる、そして一つ頷くと、にこやかに笑顔を浮かべた。
「わかりました、トウカのことは任せてください。」
「お願いします。それじゃあ。」
ぺこりと一礼すると、カオルは二人の前から移動魔法で姿を消した。カオルが姿を消した後、クリスタの屋敷にて体の診察を受けているトウカがクリスタに向かって問いかけた。
「なぁクリスタ?」
「どうしましたか?」
「あの……カオルは本当に人間なのか?」
「さぁ、どうでしょうか。私にもそれはわかりかねますね。ですが彼……コホン、彼女は自分を人間だと強く自負しているみたいですよ?」
「ウチが見た限りあれは人間というよりも魔族……いや、魔族をも超えた存在に見えた。」
「恐怖心でも抱きましたか?」
「そんなわけない!!カニバルにたどり着く前にも助けられて、ヤツとの戦闘が始まってからは彼女はずっとウチを守りながら戦ってくれたんだ。もはや憧れを抱いたよ。」
「フフフ、そうですか。」
クスリとクリスタは笑うと、トウカにかけていた魔法を解いた。
「はい、診察は終わりです。体にこれといった異常はありませんよ。」
「ん、ありがとう。」
診察のために下着姿になっていたトウカは、カオルに貰った服を大事そうに身につける。
それを見てクリスタが問いかけた。
「その服はカオルにもらったのですか?」
「あぁ、服を失ったウチにくれたんだ。」
その服に手を当ててトウカはそう答える。
「フフフ、似合っていますよ?ダークエルフの古典的な服装も良いですが、そういう服も貴女には似合いますね。」
「……そうかな。」
そうクリスタが褒めると、トウカは少し顔を赤くして俯く。
しかし、次の瞬間には何かを決意した表情で立ち上がると、クリスタへと向かって彼女は言った。
「クリスタ、ウチはもっと強くならなきゃだめだ。守られるような存在じゃいけない。強くなって……強くなって彼女を守れるようにならないと。そうすれば……きっと!!」
そう強い決意を込めて言い放った彼女はすぐにクリスタの屋敷を飛び出そうとするが、足元が覚束ず、コテンと尻もちをついてしまう。
「いけませんよ、トウカ。カオルの強さを目の当たりにして感化される気持ちはわかりますが、まずはしっかりと準備をしなくては……ね?」
「いたたた、準備って言ったって何を準備するんだよ?」
「まずはこれでしょう?」
クリスタは躊躇いもなく破壊された殺生木の弓を手に取った。
「な、何やってんのクリスタ!?それは触っちゃ…………。」
「フフフ、問題ありませんよ。どうやら強大な魔力に当てられて殺生木の効果が無くなってしまっているようですから。その証拠に……ほら。」
クリスタはその弓を持ったまま片手で簡単な魔法を使ってみせた。
「え……な、なんで?どうなってるの?」
「恐らくは、カオルの持つ巨大な魔力に当てられて効果が消失したのでしょう。本来ならそんなことはないはずですが……トウカ、貴女この弓がいつ作られたものなのか知っていますか?」
「え、知らない。だって代々受け継がれてきたものだし……。」
「私達がこの世に産まれる前から神獣を殺す弓として使われてきたのです。殺生木が持つ効果も無限ではありませんから、月日が経つにつれて少しずつ弱くなっていたのでしょうね。」
そう言ってクリスタは壊された弓を置くと、両手に分厚い手袋をはめた。
「先代のこの集落の長はそのことをわかっていたのでしょう、私が長となった時にこれを渡されたのです。」
すると、クリスタは壁に飾ってあった黒色の弓を手に取った。
「それ……もしかして!?」
「はい、第二の殺生木の弓です。先代から貴女の持っていたこれが壊れたときに渡せ……と預かっていたのです。受け取ってくれますね?」
差し出されたその殺生木の弓をトウカは手にすると、少し驚いた表情を浮かべる。
「重い……ウチが使ってたのよりもずっと。」
「扱えますか?」
クリスタのその問いかけにトウカはニコリと笑って答える。
「もちろん!!」
そしてそれを受け取って威勢よく再びクリスタの屋敷を飛び出して行こうとした彼女だったが、ドアノブに手をかけると、それがまったく回らないことに気が付く。
「あ、あれ?クリスタ、鍵…………ひぇっ!?」
後ろを振り向いた彼女の視線の先には、大量の歴史などが記された本とともににこやかな笑顔を浮かべているクリスタだった。
「べべ、勉強はな、無しじゃなかったっけ?」
「えぇ、本当は無しにするつもりでした。ですが……随分カオルに興味を抱いているようなので、これから彼……コホン、彼女に会いに魔王の城下町を訪れたときに何かがあっては困りますから。」
「い、いやぁ……大丈夫。あれだけ勉強したし……だから帰……。」
「帰らせませんよ?」
くるりと踵を返し、再びドアの方を向いたトウカの目の前にはいつの間にか満面の笑みのクリスタが立っていた。
「強くなるには知識も大切ですからね、さぁ……大人しく席についてください?」
「うぅぅぅぅ……勉強は嫌いだぁぁぁぁぁぁっ!!」
その日、夜遅くまでクリスタ屋敷には明かりが灯っていた。
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